第59話 勇気をください

 結婚式は明後日に執り行うということだった。


 イシアカ総督は逮捕され、現在は副総督が執政を行っている。強硬派としても、早いところウチデラ中将を総督の地位に付けたいのだろう。そのためにも、元王女との結婚は必要不可欠。


 だからこそ、こんなにも早く式が組まれたのかもしれない。そもそも、婚約披露パーティーを執り行うくらいだから、前々から準備はしていたのだとは思う。


 俺たちは一度プレイオネに戻る事にした。舞彩マイは臨安新報というところで臨時に雇ってもらえたので現地に残らせる。


 不審がられないように安宿も借りて、彼女にはそこを拠点とさせることにした。もちろん招待状の偽造も完了し、あとはXデーを待つのみだ。


 久々にプレイオネに戻ると、愛瑠メルが待ってましたと言わんばかりに空中フライング胴絞めボディシザース落としドロップを喰らわしてくる。


「おっかえりなさーい! ハルナオさま」


 俺はその勢いで後ろへとひっくり返るが、中に戦闘服を着たままだったので大事には至らなかった。


愛瑠メル! ハルナオに何してるのよ!」


 ぱこんと、愛瑠メルの後頭部を叩く恵留エル


「だってぇ、ハルナオさまと会うの三日ぶりなんですよ」

「もうちょっと自重しなよ。ケガしたらどうするの!」

恵留エル姉さまは毎日甘えられたからいいかもしれないけど、メルはずっと独りだったんだよ」

「それは同情するけど、でもやりすぎだって。もうちょっと落ち着きなよ愛瑠メルは」

「メルは落ち着いてますよ。落ち着いてなかったら、ハルナオさんの下半身にしゃぶりついてますって」


 またもや恵留エルに、ぱこんと叩かれる。


「そういうのは冗談でも言わないの!」

「冗談だから言えるんですよ。実際にやってたら洒落になんないんじゃないですか」


 二人の仲良くケンカする様子を、どう仲裁しようかとおろおろしている亜琉弓。こいつも苦労性なところはあるからな。


「えっと、喧嘩はよくないよ。ほら、もうすぐ夕飯の時間だし、恵留エル姉さま、わたし手伝いますから、なんでも言ってください」

「まあいいや。うん、亜琉弓ありがとね。じゃあ、持ってきた食材あるから、冷蔵庫に入れるの手伝って」


 そう言って二人で食道の方へと去って行くのを、俺はほっとした顔で見送る。


 俺の上にのっかったままの愛瑠メルは、少し反省したかのように俯いていた。


「ハルナオさま……ごめんなさい。少しはしゃぎ過ぎました」


 俺は彼女の両脇を抱えると、とりあえず横にどけて起き上がる。


「まあ、これくらいならいいさ。ただ、戦闘服着てなかったら背中痛めてたかもな」

「ごめんなさい」

「いいって、愛瑠メルも俺が下に戦闘服着てたの気付いてただろうし……あー、そうだ、お土産あるぞ」

「お土産?」

「本場のチャイナ服だ。いや、チャイナって国はないから、なんだろう。民族服?」

「どっちでもいいです。ありがとうございます。ハルナオさま」

「お礼はいいよ。俺の指示に従って艦に残ってくれた愛瑠メルへのご褒美だよ」

「これ着たら、メルもせくしぃになれます?」

「たぶんな」

「たぶんですか! 悔しいのでメルは目一杯おめかしして大人の魅力を醸し出します!」


 こいつは負けず嫌いなところがあるからな。あまり変な方向に無理させるのは良くない。


愛瑠メル。言い方悪かったよ。愛瑠メルは今のままでも十分かわいいから、あんまり化粧とかするなよ」

「うふふ。では、メルはハルナオさまの中に眠るロリコンを目覚めさせるように頑張ります」


 目覚めさせるなって!



**



 夕飯の後は、覚悟を決めて愛瑠メルの部屋に行く。


 また裸にリボンとか巻いてたら退散するけど、今日はお土産に買った民族服着てるだろう。


 絵描きとしては着替えた愛瑠メルをスケッチしたいという衝動に駆られる。


 元々絵で描いて実体化したものを再び二次元に落とすというのも不思議な感覚ではあるが。


 というわけで、魔法のペンではなく、鉛筆とスケッチブックを持って彼女の部屋を尋ねることにした。


 これらは、かなり前に舞彩に魔法で創ってもらったものだ。魔法ペンでこれらを描いても一日で消えてしまうからな。


愛瑠メルいるか?」


 扉をノックすると中から元気そうな彼女の声が聞こえてくる。


「はーい、いますよ」


 扉を開けると、中にはベッドの上でモデルのようなポーズをとる愛瑠メルの姿が見えた。


 両手を頭の後ろで組み、腰をグラインドさせてこちらに向けてウインクをする。


「やり直し!」


 俺は即座にダメ出しを喰らわす。美的感覚に於いては妥協を許さない。


「えー、メルせくしぃーじゃないのぉ?」

「そういう問題じゃない。おまえのかわいさに似合った仕草ってのがあるだろうが」


 つうか、ロリコンに目覚めさせるんじゃなかったのかよ?


「あ、今、ハルナオさま、かわいいって言った?」

「言ったぞ」

「わーい」

「かわいいんだから、そこに直れ」

「え? メルかわいいのになんで叱られてるの?」


 かわいいんだから、その可愛さを無駄遣いするなっての!


「せっかくチャイナ服もどきの民族衣装着てるんだから、それなりのポーズというものがあるだろう」

「え? どんなポーズ?」

「そうだな、拳を握りしめて胸辺りまで持っていって、左足を軸に右足で蹴り上げるような」

「それ、格ゲーのコスプレじゃん」

「まあいいや、そこの椅子におとなしく座れ。おまえをモデルにスケッチしてやるから」


 俺はペン先をベッド脇の椅子に向ける。こいつは無駄口叩かないでおとなしくしてればそれなりに映えるタイプなんだよな。


「え? ハルナオさまがメルを描いてくださるのですか?」

「ああ、せっかくお土産に買ってきたんだしな」

「わーい、メル初めてです。モデルになるのなんて」

「そりゃそうだろう。おまえら姉妹たちの中ではメルが最初だからな」

「え……そんな光栄なことをハルナオさまに」


 愛瑠メルは両手を胸の前で組んで瞳をうるうるとさせる。わざとらしいというか、あざといというか、まあ愛瑠メルなら許せてしまえるのは、俺の女性不信が治ってないせいなのかもしれない。


「ある程度アタリがとれるまで動かないでくれよ」

「わっかりました」


 と、しばらくはおとなしかった愛瑠メルだが、飽きてきたのか俺に向かって話しかけてくる。

「ハルナオさまぁ」

「なんだ?」

「臨安はどうでした?」

「ああ、久々の人の多い街だったからな、なんか人酔いした感じだ。俺はやっぱ独りの方が好きだなって再確認したよ」

「そうじゃなくて、もうちょっといろいろと教えて下さいよ。愛瑠メルお留守番だったんですから」

「けど、愛瑠メルの探知魔法で街の様子は拾えていたんだろ?」

「生で見たり聞いたりするのと感覚が違いますって」

「そうか?」

「メルはハルナオさまのお話が聞きたいんです。ハルナオさまには景色がどう見えたのか、そこで遭った人たちをどんな風に感じたのか」


 めずらしく切々とした感情が込められているような言葉だ。こいつは、いつも上っ面の軽いことしか言わないから、少しドキリとする。


 と同時に、愛瑠メルが感じていた寂しさのようなものも読み取れる。


「そうだな……まあ書きながらだから、ちょっと要領得ないかもしれないけど」

「それでもいいです。お話聞かせて下さい」


 それからメルを描きながら、俺は臨安で観た風景を、出来事を、俺が感じたまま話していく。


 そして三時間後、愛瑠メルの目蓋は閉じ、寝息が聞こえてきていた。


「留守番だったはいえ、こいつはここで能力全開で働いてたんだよな。そりゃ疲れるのも無理はない」


 前回の強制魔力注入から七日経ってる。無理に起こして魔力消費を余計にさせるのもよくないな。


 まあ今日の所は保留にしておくか。


 時計を見るともう二十四時近くだ。俺はそっと部屋を出ると部屋に戻ってスケッチブックを置く。


 絵を描くのに頭をフル回転させたものだから、少し興奮していてすぐに眠れそうにもない。


 頭を冷やす為にも甲板に行ってみるかな。夜の海を見ていれば気分も落ち着いてくるだろう。


 兵員区画にあるエレベータに乗って船体上部の甲板に出ると、俺は舷墻ブルワークの切れ目の低い箇所に寄りかかりしばらく海を眺める。


 今日は満月のようで、月灯りは眩しいほどだった。その幻想的な風景は、この戦艦を含めた世界がまるで夢であるかのような錯覚をしてしまう。


「ハルナオさん、ここにいらしたんですか?」


 背後から柔らかな声が聞こえる。これは亜琉弓か。


 振り返らずにそのままでいると、彼女は横に並んできたので俺はこう聞いた。


「眠れないのか?」

「ええ、ちょっと」

「魔力消費を抑えるために休んでおけよ。おまえの場合、実体化して九日目だしな」

「そうですね」


 彼女は苦笑いしたまま俯いてしまう。


「大丈夫か?」

「身体は大丈夫ですよ。ただ、臨安ではいろいろあったし、これからモンファを助けなければいけないし、墳墓の扉を開いて魔物を一掃しなきゃならないし……やること多すぎですよ」

「悪いな。苦労かけるよ」

「ち、違うんです。ハルナオさんを別に責めたわけじゃなくて、わたし、いっぱいいっぱいになっちゃうとパニクっちゃうから、その……いまのうちに頭の中を整理して覚悟しておこうと思って」

「そうか。まあ、気張るなよ。俺も含めてまわりの奴らがサポートしてやれるから」

「はい。ご迷惑をおかけします」

「迷惑かけてもいいからさ。おまえに余裕があった時は他の姉妹を助けてやれ」

「そうですね。善処します」


 しばらく無言で二人で海を眺める。


 夜風に当たって頭も冷えてきた。そろそろ部屋に戻るかな。


「俺は戻るから、亜琉弓も明後日に備えて睡眠だけはとっておけよ。いざという時に力が出せないんじゃ意味ないからさ。助けたいんだろ? モンファを」


 俺のその言葉に、亜琉弓は少し考えるように下を向く。そして、俺の袖を引っ張るように両手で掴んで、何か覚悟を決めたように俺を見上げるようにこう言った。


「ハルナオさん……わたしに勇気と力をください。わたしの魔力はたぶん半分以下です。このままだとみんなの足を引っ張るばかりか、モンファを助けられないかもしれません。だから……」


 彼女は目蓋を閉じ、俺の顔を引き寄せるように唇を寄せる。


 そのまま固まったように息を止めてのキス。俺も不意をつかれて、呆然としてしまう。


「あ、亜琉弓?」

「わたしは愛瑠メルちゃんみたいに誘うのは得意ではありません。舞彩お姉ちゃんみたいな包容力もありません。恵留エルお姉ちゃんみたいに、ハルナオさんとの信頼関係を築けているわけではありません。でも、わたしにはハルナオさんが必要なんです」


 純粋な亜琉弓の想いが伝わってくる。口べたとかそんなのは関係ない。言葉なんかなくても彼女の気持ちは痛いほどわかる。


「いいんだな?」

「はい。わたしに魔力と、そしてあなたの愛をください」


**************************************


次回 愛瑠の後悔


彼女の心の葛藤 そして一歩踏み出すオトナへの階段


※5/21に投稿予定

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