第4話 膝枕
目の前にいる
だからこそ、女性不信の俺が多少ぎごちないとはいえ、会話をすることもできる。
本物の女性だったら、きっと俺は逃げ出しているに違いない。もしくは、挙動不審な動きや言葉を発しているだろう。
結局、俺は
だけど、言い訳をするのであれば俺はこう主張する。
女性不信であっても女性の身体に触れるのが嫌なわけではない。頭の中でさまざまな思考がぐるぐると巡り、どうしても手が出せなかったのだ。慣れてないのだから仕方がないと。
絶対に彼女を見捨てたりしない。消失までにまだ二週間はある。
俺の心の整理がつくまで後延ばしにしただけだ。まあ、俺童貞だし、どうしたらいいかわからないってのもあるけどさ。
「わたくしはご主人さまの命に従います。魔力が枯渇して消えてしまったとしても、ご主人さまを恨みませんのでご安心下さい」
使い魔ということもあるのだろう。メイドというよりは忠実に使える
「外を探索したい。手伝ってくれるか? 食糧を調達したいんだ」
「はい、よろこんで」
屈託のない笑み。そこには純粋に俺への忠誠心が窺える。使い魔としての特性が表れているのかもしれない。
玉座の間から出ると廊下があり、その先には階段が見える。壁はぼろぼろで所々に穴が空いているので外からの日差しが入って明かりを付ける必要がなかった。ただし、夜は真っ暗になるだろう。
三階ほど下に降りたところで左手に行く通路があり、その先にはバルコニーのような手すりが付いた広間に出た。そこから左右へと下る階段がある。
見下ろすと円形の玄関ホールのような場所だった。その床には天井に吊されていたであろうシャンデリアらしきものが落ちて潰れていた。
その玄関ホールの出入り口には、高さ三メートルはある木製の大扉があったようだが、破壊されて内側に倒れ込んでいる。何者かが攻めてきた時に壊されたのだろう。
外に出ると心地の良い風が頬を撫でる。空には青空が広がり、太陽も高い位置にあった。
周りを見渡すと左右が海、そして城の後ろ側に回ってみても海が見える。ということは、この場所は岬ということか。
その海を覗き込もうと端の方へと行くが、ほぼ垂直の断崖絶壁に恐怖する。海面まで五、六メートルはあるだろう。
これじゃ魚を獲るのも大変か。
魔法のペンを使って釣り竿でも描こうと思ったのだが、ここまで海面までの距離が遠いとそれも難しい。もっと楽な食糧確保を考えよう。
俺たちは岬から陸地の奥の方へと進んでいく。
「あ、ご主人さま。あの
舞彩が指さす方向には、ユリノキのような落葉樹っぽい高木に赤い林檎のような果実が実っている。実を採るには五メートルほど上らなければならないだろう。
「食べられるのかな?」
思わずそんな言葉がこぼれてしまう。ここは異界の地であり、俺自身の常識がどこまで通用するかもわからない。
そもそも林檎ならば高木ではない。もう少し低い樹木であるはずだ。
「わたくしが採ってきますので、ご主人さまはここでお待ちください」
え? 木登りするの? と、俺がバカなことを考えていると、舞彩は木に近づき目を閉じて呪文と唱え始める。
「聖なる橙の大地の精霊よ。土より作りし
すると土がニョキニョキと盛り上がり、そこには果実がなる場所へと上る階段が出来上がった。
これは俺が設定した建設魔法か。土属性だからと、土木建築に関する魔法を書き込んだからな。
その階段を舞彩は悠々と上がっていく。赤い実を何個かもぎ取ると再び俺の元へと戻ってくる。
「形は林檎だな」
見た目はとても馴染み深いもの。だが、林檎とは言い切れないだろう。下手をすると毒がある可能性も否定できない。
「では毒味させていただきます」
そう言って舞彩はがぶりと果実を囓る。俺が止める暇もなかった。
「おい、待て!」
「これは美味しいですね。毒はないようですよ」
舞彩は平然としている。そういや舞彩は治癒魔法が使えるし、万が一毒に当たっても平気ということか? いや、治癒魔法の使い手が毒に犯されたらヤバイだろうが。
「舞彩、あまり無茶なマネはやめてくれ、心臓に悪いよ。俺は実体化したばかりのおまえに死んでほしくない」
「ご心配いただき恐縮なのですが、わたくしの体は毒の影響は受けません」
「え?」
「わたくしには死という概念はありません。魔力切れで消失することこそが、死のようなものですから」
そういえば日記にも書いてあったな。
生み出された使い魔は物理的に損壊することはなく、病気になることもない。人間と同じ構造でありながら、蓄えられた魔力が欠損や機能障害を自動修復していくのだと。
だからこそ魔力の注入こそが重要なのだろう。
あの魔導師も二体目だかの使い魔をちょっとしたミスで魔力を注げずに消失させてしまったというエピソードがあったな。
「はい、ご主人さま。お召し上がりください」
そう言ってもう一つの実を俺の方へと手渡すように向ける。
「あ、ああ……ありがとう」
そう言って受け取り囓ってみる。
口の中に広がるのは、甘い果実の汁。それは、林檎の風味とは少し違っていた。どちらかというと洋梨に近いのかな。
とはいえ、空腹になりかけた胃には染み渡る食べものだ。俺は夢中でそれを頬張っていく。
「ご主人さま、口の周りがよごれてしまっていますよ」
そう言って綿のハンカチのようなもので、舞彩が俺の口の周りを拭いてくれる。なんか照れてしまうな。これでは俺が子供みたいじゃないか。
それでも悪い気はしなかった。女性からは虐げられるような記憶しか持ち得ていないだけに、彼女からの対応はむず痒いような感じがしてくる。
リアルの女性でないということが、俺の心の安定を保っているのだろう。女性不信の気があるとはいえ、イラストの中の女の子はまた別物なのだから。
その後、ある程度お腹もふくれてきたので探索を再開する。
岬から内陸の方へと進むには、目の前の森を抜けなければいけない。森を歩くには、かなりの体力を消耗するだろう。それにどんな危険が待ち構えているかわからないのだ。
覚悟を決めて森に入ろうとした時、その奥からなんともいえない邪悪な視線を感じる。それも複数のものだ。
「どうかされました?」
「誰かがこちらを見ているような気がしたんだが……」
獣の類なのだろうか?
「どこからですか?」
「そこの森の奥の方だ」
「深い森のようですし、入るにはもう少し準備を整えてからの方がいいかもしれませんね」
俺は舞彩の忠告を素直に受け止め、城の周囲とその内部の探索にとどめておく。だが、行ける範囲でのめぼしい成果は得られなかった。
その後、城の中庭部分に行き、疲れもあったので休息をとることにする。
「ご主人さま。お疲れでしょうから、横になってはいかがですか?」
「ああ」
中庭にはシロツメクサに似た多年草がいっぱいに広がっている。天然の布団のように寝転がっても痛くはないだろう。
俺は思いきってゴロンと横になる。久々に歩き通しだったので足がパンパンに張っていた。
「ご主人さま。こちらを枕にしてください」
舞彩が俺の頭の側へと正座をし、ぽんぽんと自分の太ももを叩くようにそう告げる。
「へ? もしかして膝枕ってやつ?」
「はい。膝枕ですよ」
童貞なら誰しも夢を見るシチュエーション。
「いいのか?」
「いいもなにも、たいしたことじゃないですよ」
俺は恐る恐るその太ももに頭を載せた。
「どうですか?」
舞彩が俺を見下ろすように話しかける。こちらからは彼女の優しげな表情とたわわな胸が視界に入った。
「ああ、悪くない」
わずかな違和感を抱きながら、俺はその状況を受け入れる。
柔らかな太腿の感触が後頭部を優しく包み込む。そして、甘いバニラの香りが俺の身体をリラックスさせ、眠りに落ちるのに時間はかからなかった。
**
「……さま……ご主人さま」
日も暮れてきて気温が下がってくる。それを心配して
「ああ、寒くなってきたな。中に入ろうか」
「はい。参りましょうか」
とはいっても、
城の中に戻ると、行ける箇所に限定して探索を行う。が、一階のホールから奥へと続く入り口はどちらも崩落していて進めない。
「明日になったら本格的に探索をしてみよう」
「はい、お供いたします」
階段を上って、二階の謁見の間へと向かう。城の奥の方が暖かいからな。今日はそこを寝床としよう。そう思っていたら、その奥へと向かう入り口を見つけた。
いわゆる控えの間というやつかな?
「舞彩、修復魔法でこの入り口を直せるのか?」
「ええ、材料はここにすべてありますし、足りない何かを調達する必要もないですから簡単です」
彼女の魔法は人間の癒しの他に、建物の修復や創造といったものがある。だが、修復にしても創造にしても材料がなければ行えない。
魔法のペンと違い、無から物を生み出せないという制限があるからだ。
「聖なる橙の大地の精霊よ。崩れし入り口を元に戻したまえ」
舞彩の魔法で奥の間へと入れるようになる。
その控えの間は、五メートル四方ほどの広さだった。腕のある職人が作りだしたであろう椅子やテーブル、タンスなどの家具、その当時の最高峰の芸術家が描いたと思われる絵画がいくつも並んでいる。
正面奥には暖炉があったが、舞彩が調べると煙突が上の方で崩れて詰まっているとの話だった。そのまま使えば一酸化炭素中毒で俺が死ぬ。修復魔法を使うには近くに行かなくてはならないが、暗くなってきたので場所の特定は難しいとのこと。
壁に穴は空いていないので外や謁見の間に比べれば暖かいのだが、このまま寝ると風邪をひきそうだった。
「そうですね。あの机とあのタンスと、長いすを材料に使えばベッドが構築できるかもしれません」
そう言って舞彩はさっそく魔法を行使する。それは修復魔法を応用した
舞彩の魔法で再構築されたのはセミダブルのベッド。そして、カーテンを再利用した薄い掛け布団。毛布でないのが悔やまれるが、毛布に変わるような毛皮もなければ、材料となりうる化繊のものもなかった。
「まあ、ないよりマシか。ありがとう、舞彩」
「申し訳ありません。材料が足りなくて満足のいくものを用意できず」
「いいんだって。とりあえず、疲れたから寝るよ。今日はいろいろありすぎたし……」
いきなり見知らぬ場所へと転移させられたと思ったら、魔法のペンで食べものばかりかかわいい女の子まで実体化できたりと、夢のような出来事が夢じゃなかったということで、俺はかなり混乱していた。
ベッドに横になると、薄い掛け布団をかける。ちょっと寒いな。まあ、昔の人間はこんな環境でも暮らしていたのだから、俺も多少は我慢するしかないんだろう。
「お寒いのですか?」
俺の身体は少しが震えているのだろうか? 舞彩がそんな風に声をかけてくる。
「スキマ風がビュービューだからな」
と戯けてみせるものの、それで寒さが誤魔化されるものでもなかった。
舞彩の方に背を向けているので、彼女がどんな表情をしているのかわからない。そういや、彼女は睡眠をとるのだろうか? 魔法のペンから生まれた使い魔とはいえ、姿は人間なんだけどなぁ……そんなことを考えていると、衣擦れのような音が聞こえてくる。
そして掛け布団が少し捲られ、舞彩が寝床に入ってきた。
「……ひぁ」
思わず変な声が出てしまう。何しろ背中から抱きつかれ、その背中には柔らかいものが当たるのだから。
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