第44話 時間稼ぎ

「ハルナオさん。四時の方角、軽巡クラスが来ます」


 亜琉弓の報告を受けて、右から回り込んできた軽巡に向けてジェットアンカーを発射する。クリーブランド級に似ているが気のせいだろう。昔やっていたゲームの影響で、艦影を見るとそれと似た艦を頭の中で思い浮かべてしまう。


 グシャンと、軽巡の船尾が潰れていく。これで航行不能なはずだ。それに怖じ気づいたのか、他の巡洋艦たちが少しだけこの戦艦から距離をとる。


 とはいえ、その突っ込んできた軽巡は、魚雷を何本か発射していきやがった。おかげでバリヤに負荷がかかる。


 魔導防壁の運用限界までの時間がさらに短くなっていった。


愛瑠メル。かなり前に駆逐艦のデータをとっただろ? あの始まりの島で城に砲撃してきたやつだ」

「ああ、あの艦ですか。ええ、ありますけど」

「あの艦から龍譲帝側の通常通信の周波数がわかるはずだ。龍譲へ向けてキアサージが来たことを知らせてやれ。平文でいいから」

「わっかりました。龍譲を誘い出して、こっちのキアサージの相手をさせるのですね」

「そうだ。よろしく頼む」

「はい。おまかせあれ」


 これで後は、どれだけキアサージの艦隊を引きつけられるかだな。


「亜琉弓。現在の敵の配置は?」

「はい、中型艦が七隻、後方一千五百メートルを付いてきています。その後ろに大型艦八隻と小型艦十六隻の塊が見えますね。さらに後方に主力艦隊と思える大型艦二、中型艦四、小型艦八が確認できます」

「しばらく監視して、また千メートル以内に入ってきそうな艦があったら教えてくれ?」

「らじゃです」


 しばらくは膠着状態が続く。砲弾は遠くから飛んでくるがそうそう当たるものじゃない。後ろの巡洋艦はたまに魚雷を撃ってくるが、それも余裕で躱せる距離だった。まあ、多少当たっても魔導防壁でなんとかなる。とはいえ、こちらも手出しはできない。


 そんな状態で、そろそろデッドラインに近づく。バリヤがあと三十分ほどで使えなくなるところだ。だが、計算ではそろそろ龍譲艦隊がこちらを目視できる距離まで来ているだろう。


愛瑠メル。キアサージの旗艦の解析を頼む。たぶん、最後方にいる艦隊だ」

「今、解析します。お待ち下さい」

「頼む」


 じっと愛瑠メルの解析結果を待つ。その間も敵の攻撃は続いていく。


「ハルナオさま。敵旗艦がわかりました。戦艦オウランプです。位置は東北東に距離二十八キロメートル」

「艦の分析は?」

「終わってます」

「よし、座標とデーターを送ってくれ」

「はい、これです」


 愛瑠メルから送られてきたデータを火器管制システムに入れ込む。そして、対空機銃を全自動から一斉射に切り替え、敵旗艦を照準に捉える。


「ハルナオ。いくら超技術の機銃でもこんな長距離で戦艦を倒せるわけないんじゃないの?」


 恵留エルの疑問に俺は簡潔に答える。


「別に船を沈める必要はないよ。ようは、一時的にでも指揮系統が混乱すればいい」


 俺は続けて恵留エルに指示を出した。


恵留エル、少しだけ面舵だ。一時的に右側面を東北東方向に向けてくれ」

「うん、わかった」


 光学照準がターゲットをロックする。俺は安全装置を解除して、火器制御のトリガーを引いた。


 対空機銃の水平掃射時の射程は五十キロメートル。航空機ならまだしも戦艦の分厚い装甲は貫けない。だが、片側十門ある機銃をすべて敵旗艦の艦橋に向けたらどうなるだろう? この機銃はかなり精度が高い。さすがにスナイパーライフル並とはいえないが、誤差は一メートル以内になるはず。


「なるほど、機銃で第一艦橋メインブリッジ部分を狙うのですね。船は沈められなくても指揮所はかなりの被害を受けるでしょう」


 舞彩が落ち着いた口調で俺の考えを口にする。ようは艦橋の装甲の隙間を狙えばいいのだ。それで指揮所にダメージは通る。


「だが、もう一押し必要だ」


 軍艦というのは艦橋にある指揮所の他に装甲の固い内部に副指揮所がある。艦橋がやられてもここがすぐに引き継ぐだろう。


「ど、どうするんですか?」


 亜琉弓がそう問いかけてきた。


「アンテナを破壊する。この世界の軍艦なら外部アンテナの役割はかなり重要なはずだ。装甲は貫けなくてもアンテナ部分にはなんらかの被害をもたらすことができる。一時的にでも指揮艦からの通信を途絶させればいい」


 愛瑠メルから送られた解析データを元に戦艦オウランプのアンテナ及び通信線を破壊していく。


 通信途絶で他の艦に指揮権が移譲するまで時間がかかるだろう。旗艦が撃沈されていないというのもポイントだ。ゆえに司令官の生死の確認には連絡艇が用いられる。時間は十分稼げるはずだ。


「龍譲艦隊、西南西方向に見えました」

「よし、仲良くケンカさせてやれ。恵留エル、面舵いっぱい! 北上しろ!」


 戦闘時でなかったのなら「おもぉぉかぁじぃ!!」と、なりきってたかもしれないが、今はそんな余裕はない。


 その時、砲撃の音が聞こえる。この艦を狙ったものだろうが、その着水地点はキアサージの巡洋艦のすぐ近くであった。


 指揮系統が混乱している今、それぞれの艦が独自に判断をおこなっているはず。戻れという指示が出るまで時間がかかる。そして、その間に龍譲帝国とキアサージはなし崩し的に交戦状態となる。


 実際、キアサージの艦が反撃を試みていた。


「付いてくる艦はあるか?」

「水上艦はすべて龍譲の艦と交戦を始めていますね。ただし、潜水艇が深度三十メートルにて追尾してきています」

「国籍は?」

「龍譲帝国です」

「じゃあ、振り切れるな恵留エル

「うん、まかせて!」


 この世界の潜水艇なら速度は三十ノットも出ないはず。こちらとしても燃料をケチケチする必要がないので、現時点での最高速を維持するのみだ。


 数十分後、潜水艇を引き剥がし、キアサージと龍譲の艦隊同士の混戦状況から抜け出す。


「肝が冷えたな」

「もうダメかと思いましたよ」


 亜琉弓が大きなため息を吐く。


「だよねー、メルも艦隊が集まってきた時にはダメかと思ったもん」


 それとは正反対に、愛瑠メルが余裕の笑みを浮かべている。ほんと、緊張感ないな、こいつは。


「ハルナオの機転のおかげでなんとか逃げられたけど、けっこう大変だったよ」


 恵留エルが苦笑しながらこちらに顔を向けた。一番苦労かけたのは彼女だからな、あとで労ってやらないと。


 そして舞彩は、ほっと小さな吐息を吐く。そんな彼女に俺は言ってやった。


「失敗してもなんとかなるだろ?」

「ええ、そうですね。大事なのは結果ですか」


 舞彩は笑顔で答える。俺の言葉の真意が伝わったかどうかはあやしかった。普段は気遣いできる彼女だが、こういうところは頑固だからな。


 さて、今後の方針をどうするかだな。アトラ大陸方面はキアサージの大艦隊が控えていて侵入するのは難しい。


 龍譲方面に△印があるし、ここからも近い。ついでだから回収したいが、どうするかだな。


「亜琉弓。龍譲方面の△印のある島に駐留艦隊は確認できるか?」

「艦隊規模のものはありませんが、駆逐艦や巡洋艦クラスの艦が三隻ほど停泊していますね」

愛瑠メル。解析範囲内に入ったら目標の島を解析してくれ。島内に駐留部隊があればその数も報告しろ」

「わっかりました」


 ここら辺までくると龍譲帝国の北西にあるロスチスラフ帝国の動きも気になる。タカノ大将の話では中立国家ということだが、地政学的にも黙ってこの戦争を見ているとも思えない。彼も参戦してくるだろうと予想していた。警戒は必要である。


 となると、この戦艦であの島まで乗り付けるって方法はキツいな。


 現状で俺を含めて五名。二名を艦に残して、アイテム回収には三名としたいところ。


 愛瑠メルには悪いが、この状況では艦に慣れている彼女に任せるのがいいだろう。恵留エルも操舵を覚えてきてるし、いざとなったら助けに来てもらうか。


 その案でいくなら、俺を補佐してもらうのは舞彩と亜琉弓か。


 舞彩は防御と治癒、そして亜琉弓には攻撃を担当してもらえればバランスのとれたチームとなる。


 土と木。属性的にも相性はいいような気もした。


「よし、作戦会議だ」

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