第45話 森ガール

「風が気持ちいいですね」


 舞彩マイが髪を靡かせながらゆったりと空を仰いでいる。


 今は高速艇で次の目的地である△印のある島、火弾島へ向かう最中だ。


 そこには軍の大規模な基地はない。というのも、この島には活発な活動を続ける火山があるようだ。過去に何度も噴火を繰り返しているらしい。


 ここ数十年は大きな噴火もなく、住み着いている住人もそれなりにいるようだ。ただ、軍事基地としては火山の噴火を考慮して、大規模な基地を置いていない。


 それでも、わずかにいる軍人と住人のために飛行場と港は作られている。


 龍譲帝国の本島よりは潜入しやすい場所なので、ここに△印があったことは幸運ともいえよう。いや、ここにあったからこそ、龍譲帝国に兵装を奪われなかったのかもしれない。


 愛瑠メルの話ではこの島では魔物が発生していないようだ。他の兵装があった場所と何が違うのかわからないが、この島の住民に危険はない。


 というか、噴火の危険性の方が高いからな。俺としてはそっちが心配だ。


「もうすぐ着きますね。ご主人さま」


 舞彩が前方の断崖を指し示す。


 やはり潜入方法としては、こういう人が出入り出来ない場所になってしまうのだろう。こちらとしても、島の住人にも兵士にも会いたくない。


 余計な戦闘は避けるべきだと、俺は一貫して思っているのだから。


 今回は舞彩がいるので、建設魔法で即席の階段を作ってもらって上陸する。いちおうワイヤーアンカー銃も持ってきたのだが、使う機会はないかな。


 △印を目指して、舞彩と亜琉弓アルキュウと共に歩いて行く。ここからだと南西に五キロ先だ。


 森の中を進んでいく。これならば住人に会うこともないだろう。


 ほぼ手の加えられていない自然。濃い緑が心を落ち着かせ、潮風のような生臭さもなく空気にも濁りがない。わずかな誤差かもしれないが酸素濃度は少し高いような気もする。


 それもあってか、亜琉弓が上機嫌でいた。


「いいですね。ここ。ずっとここにいたい気分です」


 舞彩はそんな彼女を見て、柔らかく笑みを浮かべる。


「亜琉弓はご機嫌ね」


 すーはーと、亜琉弓は深呼吸まですると「この森のパルファンに包まれるのがわたしのボヌール」と言い放つ。


 おまえは森ガールかよ。とのツッコミはせずに舞彩に話を振る。


「こういう土の多い場所だと、舞彩の気分も高揚するのか?」

「魔法を使うのには適していますが、特に気分の高揚はありませんね」

「あー、ひどいですよ。舞彩お姉ちゃん。同意してくれると思ったのにぃ」


 亜琉弓が甘えるように舞彩の腕を掴む。その距離感は本当の姉妹のようにも感じた。


「わたくしの場合はね、亜琉弓。土というより大地という意味合いの方が大きいのよ。だから陸地であればそれが砂漠であっても変わらないの」

「そうなんだぁ」

「亜琉弓は周りの植物の状態を機敏に感じるのでしょう。だから、自然に恵まれた土地では、あなたは生き生きとするのかもしれない」

「じゃ、じゃあ、わたしのこの感覚は間違ってないんだよね」

「ええ、そうよ」


 和やかな会話である。森ガールとかツッコまなくて良かった。こいつは愛瑠メルと違って、メンタル強そうじゃないからなぁ。


 俺は念のため戦闘服を着てきたので、舞彩のゴーレムを使う事なく歩いて行く。


 隊列としては俺を先頭に、後ろを舞彩と亜琉弓が並ぶ。


 もともと亜琉弓は後衛であるので、そういう配置にした。かといって、俺に近接攻撃ができるわけでもないが、まあ、いざという時のために武器はいろいろ描いてきている。


 その中でも高周波ソードというのを考案してみた。これは、剣の刃の部分に高周波カッターを付けた近接武器である。軽さを八十七グラム程度にしたので某ゲームコントローラーと同じ重さである。


 使う機会はない方がいいが、最低限の戦闘であれば覚悟はできている。この間のエクニル島の一件以来、わりと肝は据えてきたと思う。


『ウフフフフ』


 なんだか背筋にぞくりと来るような気色の悪い笑い方が後ろから聞こえてきた。


「亜琉弓。いくら、森の中が嬉しいからって、そんなホラーじみた笑い方するなよ」


 俺の問いに彼女の表情が固まる。


「わ、わ、わたし笑ってなんかいませんよぉ」


 俺は舞彩の顔を見る。子供っぽい笑いだから彼女のはずはないのだが。


「いいえ、わたくしも笑ってはいません」


 え? 空耳か?


『ウフフフフ』


 それは女の子の笑うような声だった。


「確かに聞こえますね」


 舞彩が耳に手を当てる。


「やだ。幽霊?」


 と怖がる亜琉弓だが、使い魔のくせになんで霊的存在を怖がるんだよ。


「どこから聞こえるんだ?」


 俺は辺りを見渡す。こういう時に愛瑠メルを連れてこれないのは悔やまれるな。あいつの探知と解析能力なら、未確認飛行物体だろうが、その正体を確かめられるっていうのに。


「あれ? え? なに?」


 亜琉弓が急に誰かと会話しているような声を出す。それを心配そうな顔で見る舞彩。


「亜琉弓?」

「そっちにいるの? え? 違うよぉ。迷子なんかじゃないよ」

「おい、亜琉弓。おまえ誰と話しているんだ?」


 俺が彼女の肩を掴む。それで亜琉弓は我に返ったようだ。


「あれ? ハルナオさん」

「おまえ今どうしたんだ? 誰かと話してなかったか? 愛瑠メルの通信魔法か?」

「いえ、わたし……誰と話していたんでしょうね?」


 彼女は頬に手をあてて、少し呆けているような感じだ。


「おい、しっかりしろよ。もしかして緑が濃すぎて酔ったのか?」


 こいつも精霊と対話する立場だし、あまり濃い大気は影響を受けるのだろうか?


「うーん……どうなんでしょう?」

「ご主人さま、少し休憩をしませんか?」


 舞彩がそう提案してくる。亜琉弓の様子がおかしいので、気を遣ったのだろう。


「そうだな。少し休むか」

「では、テーブルと椅子を作りましょう。茶葉を持ってきましたのでティータイムといきますか?」


 舞彩がそんな洒落たことを言う。まあ、彼女にかかればこの森からテーブルや椅子やカップを作り出すのもわけがないのだろう。


『ウフフフフ』


 その少女は突然俺たちの前に現れた。


 年の頃は十歳くらい。髪の長い少女だった。グリーンの鮮やかなワンピースを着ている。


「なんだ? 現地の子か? マズいな、親に俺たちのこと話されたら……って、亜琉弓。どうしたんだ?」


 その少女に誘われるように亜琉弓が歩き出す。その歩みはまるで夢遊病のようにフラフラとしていた。


「おい、待てって」


 呼びかけるとようやく我に返ったようで、「え?」とこちらを向く。


「どうしたんだよ、おまえ」

「#&$%が呼んでるの」


 ん? よく聞き取れない。誰の名前を呼んだんだ?


「待って#&$%」


 少女を追って亜琉弓が駆け出す。何が起きているんだ?


「ご主人さま、わたくし、亜琉弓を連れ戻して参ります」

「いや、俺も行くよ。あいつがどこに行くのか気になる」

「申し訳ありません。妹が勝手な行動を」

「そうはいっても、あれは尋常じゃない様子だ。何か訳ありか、誰かに操られているかだ」

「使い魔のわたくしたちがですか?」

「それはわからん。とりあえずあいつを追いかけよう」


 二人で亜琉弓の後を追う。その彼女はあの少女を追いかけているのだろうか? そもそもあの少女はこの島の住民なのか?


『ウフフフフ』


 森の中に少女の笑い声だけが響き渡る。これ、一人で森の中にいたらしょんべんチビってたな。


「なぁ、舞彩。思ったんだけど、これって魔物じゃないよな?」

「そうですね。可能性はあります。ここには戦艦の兵装がありますし、魔力が漏れ出しているとしたら魔物が溢れ出していても不思議ではないでしょう」

「となると、少女の姿で植物系の魔物か……思いつくのはアルラウネか」

「人を誘惑して、その精を喰らうと言われている魔物ですね」

「ゲームの中だとメジャーでもないけど、そこそこ出番の多いモンスターだよな」

「ですけど、なぜ亜琉弓が狙われたのでしょう」

「あいつ、実体化して間もないし、この中じゃ一番魔力が多いんじゃないか?」

「それはありません。魔力だけでしたらご主人さまの方が多いですし、なにより誘惑するなら男性をターゲットとするはずです」


 たしかに、舞彩の意見には説得力がある。だとしたら、なぜ亜琉弓が狙われたのだ? いや、それ以前にあの少女は本当に魔物なのか?


 段々と木々の間が狭くなっていく、まるで路地裏を歩いているような感覚だ。


「亜琉弓! ちくしょう見失っちまうぞ」

「まだそれほど距離は離れていないはずです」


 そこからの先は木々が互いに絡み合い、見事なアーチのような状態となっている。光もだいぶ遮られて暗くなってきた。


「なんだこれ?」

「人工物じゃないですね。自然に形成されたみたいです」


 さらに進むと、それはまるで芸術品のように人の手が加わったようなトンネルのようになっている。


 これが自然に出来ただと?

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