第46話 お茶会

 そんなことより亜琉弓アルキュウの姿が見えない。完全にはぐれたか? いや、ここは一本道だ。進んでいけば追いつくはず。


 樹海は方向感覚を見失わせるというが、これだけ木が密集していると道を間違えるなんてことはないだろう。


 トンネルを走っていくと奥の方にぼんやりと光が見える。出口か?


 そこまで一気に駆け抜けていくと、視界に入ったのは巨大樹。その幹は大人四人くらいで手を伸ばしても少し届かないくらいの太さのある大木だった。


「これはクスノキか?」

「そのようですね。この大きさですと樹齢は千年を超えるのではないかと」


 俺の記憶を補完するように舞彩が答える。


 辺りが明るいのは日が差しているのではなく、木の幹が光を発しているからであった。


 それはとても神秘的な光景。オレンジ色に暖かく輝く幹は、なんだか優しい感じもする。


「あははは……待ってよ」

「うふふふ……お姉ちゃんこっちだよ」


 そんな中で追いかけっこをする二人の少女。


「えっと……あれ、亜琉弓だよな」

「ええ……そのようですね」


 木の幹の周りを楽しそうに走り回るのは、例の少女と亜琉弓だった。


「心配して損したわ」


 俺はどかりと地面に座り込む。亜琉弓が無事であればまあ、それ以上は望むまい。


「お茶にでもします?」

「ああ、頼む」


 舞彩マイが魔法でテーブルと椅子と、そしてカップを例の創造魔法で作り出した。


 即席のポットでお茶を入れる彼女は、ふんふんと鼻唄を歌っている。それは俺も大好きなアニソンだった。まあ、俺の記憶を取り入れているのだから当たり前か。


「その歌好きなのか?」

「ええ、ご主人さまの記憶にあった歌の中で一番のわたくしのお気に入りですね」


 それはたしか魔法少女ものの主題歌だったか。カードを集める少女の物語。なんだか、俺の境遇に似ているな……。


「……」


 俺は舞彩の作ってくれた椅子に座ると、テーブルの上に出されたカップに手を付けてのんびりとお茶を飲んだ。


 その座っている場所に例の少女がやってくる。そして、優雅にお茶を飲んでいる俺たちを不思議そうに眺めていた。


「はぁはぁ……待ってよ」


 亜琉弓も追いついてくる。息を切らせながら肩を上下させている。基本的に使い魔は体力バカなところがあるのだが、それ以上に少女の方が体力が勝っていたということなのだろう。


「おまえら友達だったのか?」

「え? う、うん、さっき友達になったみたい」


 亜琉弓が人ごとのようにそう答える。


「みたいって……」


 と、俺は呆れるが、亜琉弓はまんざらでもないようだ。にこりと隣の少女へと笑いかける。


「……」


 少女が俺のカップをじーっと見ていた。これに興味を示したのか?


「飲みたいのか?」


 うんうんと言いたげに、少女は何度も頷く。


「舞彩、こいつにも入れてやれ」

「わかりました。ご主人さま」

「で、お前の名前は何て言うんだ?」

「……」


 喋れないのか? こいつ。けど、亜琉弓となんか喋ってたよな?


「亜琉弓、こいつの言葉を通訳できるか?」

「通訳? え、普通に喋ってますよ」


 俺と舞彩が顔を見合わせる。


「聞こえないんだが……舞彩は聞こえるか?」

「わたくしも聞こえませんが」

「え、え? わ、わたしだけなの? この子の声を聞けるのは」

「……」


 少女がにこやかに笑う。そして、亜琉弓に向かって口を動かす。


「おい、なんて言ったんだ?」

「えっと、“これがお茶会なのか?”って」


 亜琉弓のその通訳? に舞彩がスカートの裾を掴んで少女に挨拶をした。


「こんにちは、わたくしたちはあなたのことを歓迎するわ」


 俺は舞彩の言葉を聞いて立ち上がると、新たに作られた椅子の背を引いて、そこに座るように少女を促す。


「きみはここに座ってくれ」


 少女はにこにこしながら、楽しそうにそこに座った。人懐っこそうな子だなぁ。


「亜琉弓、この子の名前を聞いてくれないか?」


 このままだとこの子を呼ぶのに不便である。いちおう、こちらの言葉は理解しているみたいだからな。


「えっと……“ドリュアス”だって」


 ああ、なるほど。木の聖霊の『ドライアド』か。


 俺としてはこちらの名の方が馴染み深いが、亜琉弓の元となったアルキュオーネは同じギリシャ神話が原典なので『ドリュアス』の方が親和性は高いかな。


 それで合点がいく。樹齢千年以上ともなれば、魂だって宿るだろう。それが兵装の魔力に影響されて実体化したのか。こいつか実体化の為に漏れ出した魔力を使っているから、他の魔物が涌き出ていないのか


 付喪神つくもがみの実体化なんて御伽噺おとぎばなしの中ではめずらしいことじゃない。いや、現実でさえ付喪神をまつる習わしは存在するんだ。


「ドリュアス。俺は冴木春直だ。こっちは舞彩」


 魔物と勘違いして悪かったな。と心の中で謝っておく。


「……」

「“よろしくだって”あと“お話を聞かせて”だって。ずっとここに居たから外の話が聞きたいみたい」


 亜琉弓がそう通訳をする。まあ、話くらいならいいか。


 そうしてお茶会は盛り上がっていった。



**



 ドリュアスが立ち上がる。


「もういいのか?」


 彼女はコクンを頷いた。そして何かを差し出す。それは黄金色のカードだった。


 受け取ってそれを確認すると、飛行機のような図柄が描いてある。これは戦艦の兵装アイテムか? 数字は【10】と記載してあった。


「ん?」


 いやでも、飛行機? 兵装じゃないのか? それとも飛行機を落とせるような武器? 高角機銃はすでにあるし、まさか対空ミサイルなのか?


 そして、さらにもう一枚渡される。それは金で縁取りされた透明なカードだった。表面にうっすらと【0】と書いてある。透明というか、スケルトンってとこか。


 こっちは謎のカードだな。そもそもここの△印は一つだけだったはず。もしかしてあの地図は完全じゃないのか? そういえばあれだって南半球の地図みだいたし……。


「ハルナオさん。ドリュアスがバイバイだって」

「ああ、またな」


 俺がそう答えると彼女は悲しそうな顔をする。え? なんか気に障るようなことを言ったっけ?


「ドリュアスどうしたの?」


 亜琉弓が彼女の肩に手を触れる。すると泣き出してしまうドリュアス。亜琉弓はそんな彼女を抱き締めてなぐさめていた。


 俺たちと別れるのがつらいのかな? そんなことを思っていたが、亜琉弓が眉を寄せて切羽詰まったような顔になる。


「どうした? 亜琉弓」

「わかんない。ドリュアスが逃げろって」

「逃げろ? どういうことだ」

「危ないからここを離れろって……どういうことなの? ドリュアス」


 ドリュアスは握っていた亜琉弓の腕を振りほどき走り去る。そして大木の中へと消えた。


「待ってドリュアス!」


 その時、地響きのようなものが聞こえてきた。同時にドッカーンという、ベタな爆発音が聞こえてくる。


――「ハルナオさま。火弾島内の南西部にある深山岳が噴火しました。大丈夫ですか? すぐに避難してください」


 愛瑠メルからの通信魔法を聞いた俺は、駆け出そうとする亜琉弓の腕を掴む。


「待て、亜琉弓。いくらおまえが頑丈でも溶岩に飲み込まれたら助けられねえよ。魔力切れでおまえは消えちまう」


 噴火があれば何日も近づけなくなる。捜索に時間がかかって、タイムオーバーだ。


「けど、ドリュアスが」


 おまえの気持ちはわかるよ。せっかく友達になった彼女を置いていくわけにはいかないって。


 だが……俺は彼女に告げられないのかもしれない。ドリュアスが辿るこの後の運命を。

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