第43話 魔力注入

 救護室で眠っていた愛瑠メルが突然ガバッと起き上がった。


「ハルナオさまは?!」


 愛瑠メルが焦ったように辺りをキョロキョロと見回す。そして、俺を見つけて抱きついてきた。


「よかったぁ。ハルナオさま無事だったんだぁ」

「舞彩と恵留エルと亜琉弓にお礼言っておけよ」


 ベッドの周りには舞彩と恵留エルがいた。亜琉弓だけは艦を動かすために第一艦橋メインブリッジに残っている。


「舞彩姉さま、それから恵留エル姉さま……そのありがとうございます。ハルナオさまを助けてくれて」

愛瑠メル。そうじゃない。おまえの魔力を注入するために舞彩と恵留エルが手伝ってくれたんだ」

「へ? もしかして4ピ――」


 恵留エル愛瑠メルの後頭部をはたく。


愛瑠メル。あんたは、かなり危険な状態だったのよ」

「うん、それは自覚してた」


 愛瑠メルががっくり項垂れる。


「だからね。わたくしたちの介在でご主人さまの魔力を愛瑠メルに注いだの」


 舞彩の言葉に愛瑠メルが首を傾げる。「どうやって?」とでも言いたげな顔だ。


「こうやって、あなたのお腹に左手をあてて、右手はご主人さまの手を握ったの。恵留エルも同様に」

「舞彩と恵留エルがポンプ代わりになって、強制的におまえに魔力を注入したんだよ。五時間くらいかかったかな。かなり俺も体力を消耗したよ。今でもフラフラだ」

「え?」


 愛瑠メルの顔が固まる。何か信じられないことを聞いたかのように。


愛瑠メルがなかなか目覚めないから、ハルナオとかすごい心配してたんだよ」

「あ、あの……ハルナオさま。メルとエッチなことしたんじゃなくて?」

「そんなことできるかよ! おまえ瀕死の状態だったじゃん」

「いやぁあああああ。メルたのしみにしてたのにぃぃぃ」


 メルが狂ったように叫び出す。その姿を見てため息を吐く恵留エルと、優しく見守る舞彩。


「元気そうだね。あたし、艦橋戻るわ」

「そうね。愛瑠メルも元気になったみたいだから、わたくしも戻ります」


 そう言って二人は救護室を後にする。


 残されたのは俺と愛瑠メル。なんだか気まずい……というか、愛瑠メルは助かったんだから喜べよ。


「しかしまあ、あんな方法もあったとはな。魔力注入」

「そりゃ、抱き合うよりは早いですけど、体液の方がもっと効率がいいですよ」


 愛瑠メルは落ち込んだように顔を俯かせている。


「舞彩がな、本人の受け入れ意志がない状態での体液注入は危険だって言ってたんだ。受け取る側で魔力吸入の調整ができなくなるから、最悪の場合過剰摂取で我を失うって」

「うん、知ってる……あー!!! なんでメル、気を失っちゃったかなぁ」


 頭を抱えて苦悩するように髪をかき乱す愛瑠メル


「まあ、しかたないよ。緊急事態だったんだからさ」

「そうですけどぉ……ま、いっか。消えなかったんだから、まだチャンスはありますよね」


 項垂れた顔を首だけこちらに向けて、愛瑠メルは口元を少し緩める。


「そのうち、かわいがってやるから待ってろって。それより、あんまり無理すんな」

「じゃ、じゃあ、今晩、ハルナオさまの寝室に行っていいですか?」

「バカ、おまえ今魔力満タンだろうが。これ以上俺から搾り取る気か?」

「いえ、そういうことじゃなくて……えーと、そうですね。スポーツみたいにですねぇ……」


 まあ、そういうエッチの楽しみ方もあるみたいだが、今はどうでもいいや。いつものように愛瑠メルの言葉を受け流す。


「それよりさ。おまえの魔法、かなりの威力があったよな。地上で使われなくて助かったよ」

「そりゃ、ハルナオさまに虐殺はやめろって止められていましたからね」

「だから空で魔法を生成したのか」

「そうです。爆撃機をギリギリで撃墜できる高度を計算して、大変だったんですから」

「でもな、あれだけの威力があるなら高高度爆発を試してみてもよかったかもな」


 ホーキング放射で放出させるガンマ線は、大気中の分子に作用して電磁パルスとなり地上に降り注ぐ。そうすれば地上の兵器が使い物にならなくなった可能性もある。


「ああ、そんな方法もありましたね。けど、確実に影響を起こせるかわかりません。この世界の機械だと、わりとアナログなものが多いですから」

「そうだったな」


 愛瑠メルの言う通りである。俺が危機的な状況で、そんな効果がわからないものを実験するなどありえないだろう。それにあの時の愛瑠メルは、俺の「究極魔法を使うな」との命令にも背こうとしていた。


 彼女は命令に従うだけの人形なんかじゃない。人間と変わらない自我を持っている。


「今度実験してみます?」

「大変だからいいよ。愛瑠メルのマイクロブラックホールはやっぱり封印な。危険すぎて使えねえよ」

「大丈夫です。またハルナオさまに魔力を注いでもらえばいいんですから?」

「いいのか?」


 また舞彩に手伝ってもらって五時間ほどかけてゆっくりと魔力を注ぐ。けど、それは彼女が望む方法じゃないだろう。


「あ……やっぱダメです。魔力注入はメルが目覚めている時にしてください」

「だったら、あの魔法は封印だな」

「そうですね……封印ですね」


 愛瑠メルが苦笑いを向ける。


 俺は立ち上がると愛瑠メルに向かってこう告げた。


「俺も第一艦橋メインブリッジに戻るから、おまえはしばらく休んでろ」

「わかりましたよ……ぶー」


 愛瑠メルが不満そうな顔でそうこぼすが、俺が去ろうとすると穏やかな声で呼び止める。


「ハルナオさま」

「ん? なんだ」

「ありがとうございます。メルを消させないでくれて」


 そんなの当たり前だって。


 俺は無言で手を振り救護室を後にした。



**



 第一艦橋に戻ると、俺はエクニル島の状況をモニターに表示されたデータで見る。舞彩マイはもう脅威にはなりませんと言っていたが、いちおう念のために確認するだけだ。


 高射砲……もとい、戦艦の兵装である対空機銃が消失したのと、司令部の建物が壊滅したってのは知っているがそれ以外がどうなっているのかが気になった。


 そう思って周辺を含めたキアサージ軍の損害状況表を見る。


 駆逐艦十二、巡洋艦八、戦艦二、航空母艦三、すべて行動不能にしているのか。


 これって、恵留エル亜琉弓アルキュウがやったんだよなぁ……えげつないほどの戦果だなぁ。あのコンビは思った以上に相性いいみたいだ。


 なんだよ。戦艦の主砲なんかなくても、うちら無敵だな。この分だと、魔法のペンはすぐに揃うんじゃね?


 俺TUEEE!!!!!!!


 ――そんな風に考えていたのは三時間前の話。


「撤退だ! 龍譲帝国方面に逃げろ!」

「あははは……さすがに敵多すぎだね」


 恵留エルが苦笑しながら舵を思い切り左にとってUターンするように艦の向きを変える。


 というのも、次の目的地であるキアサージへと向かおうとしたところで、海岸沿いに配備されていた艦隊と交戦することになったのだ。


 最初は一艦隊だけだった。


 航空母艦一隻を中心とする中規模の艦隊を相手にしていればよかったのだが、増援を呼ばれたらしくその数はどんどん膨れあがっていく。


 二十門ある対空機銃のおかげで航空部隊は退けることができたが、艦砲射撃を集中され、魚雷を撃たれまくり、仕方なくキアサージにある×印への進路を諦めることになった。


「追いつかれます」


 亜琉弓アルキュウが声を上げる。こちらの最大速力は三十ノット。敵巡洋艦にすら追いつかれる遅さだ。


「千メートル以内に入ってきたら、ジェットアンカーで各個撃破する。亜琉弓、左舷のジェットアンカーの制御を頼む。今、火器管制補助をおまえの席に移譲するから」

「わ、わかりました。おまかせください」


 しばらくはそれでウザい巡洋艦を牽制していく。駆逐艦に関しては、対空機銃を水平掃射して銃弾を撃ち込むだけだ。


 装甲の薄い艦ならこれで航行不能まで追い込める。これで近距離で魚雷を発射されることはない。


「舞彩、魔導防壁はあとどれくらい持ちそうか?」

「あと三時間が限度でしょう。かなり被弾していますからね。その後、防壁コアの冷却に一時間ほどかかりますよ」


 俺は現在位置の地図を出して、余裕を持って一時間後の位置を割り出す。よし、なんとかギリギリで龍譲の海軍基地のあるレーダーの範囲内に入れるな。


 これで龍譲の艦隊を誘いだして、漁夫の利を得るという作戦もとれる。ただ、今のままだと、今度は龍譲の艦隊と交戦しなくてはならない。


 この作戦の成功率を上げるためにはもう一手間必要だ。

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