第42話 緊急事態

 扉を開けて出口へと進む。建物内には人影は全くなかった。ここが爆撃されるのも本当の事なのだろう。


 建物の周囲一キロほどには司令室の人質以外の生体反応はなかった。兵士たちは、ここの爆撃の巻き添えを避けて離れているのだろう。


 正面玄関手前まで来ると愛瑠メルが探知魔法の呪文を唱え、辺りをスキャンする。


「いっぱいいるだろ?」

「そうですね。正面一キロ先にに歩兵が百五十三人。機関砲六門、戦車四台。それ以外にも多数の車両と兵士がこちらに集まっています」

「その中を突っ切るのは無理だな」

「蜂の巣ですね」


 打ち合わせ通り、愛瑠メルへと指示を出す。


愛瑠メル屍傀儡リモートデッドを」

「了解しました。我が敬愛する闇の精霊よ。無の屍を操り、我がしもべと化せ」


 愛瑠メルが片方だけの口元を上げニヤリと笑う。おいおい、フレンドリーな呪文はどこいった? おまえ敵キャラかよ。


 まあいいや。これで、研究施設にあった小鬼とダークエルフの死体が俺たちのフリをしてここから逃げ出すという状況を作れる。


 これにキアサージの奴らが騙されれば、兵たちはそれを追いかけてここから移動するだろうし、建物が爆破されることもないはずだ。


「うまくいきますかね?」

愛瑠メル、探知を続けろ。それで答えが出るよ」

「うわー、みんな騙されてわらわらと釣られていきましたよ」

「銃撃されても、元がゾンビだからな。ある程度は時間稼ぎができる」

「あとは、恵留エル姉さまたちの到着を待つだけですね」

「そうだな――」


 そう返答した瞬間、建物の後方から爆発音が聞こえてくる。


「ハルナオさま! 爆撃機が引き返しません。ここをまだ攻撃するようです」


 研究施設を破壊するってのは俺たちに関係なく絶対命令だったのか? まさか、本来の目的は証拠隠滅か?


 戦艦からの攻撃をこの島への侵攻と勘違いして、奪われることを前提に施設の破壊を命じたのか?


「やむを得ない! ここから退去して港へ向かうぞ」

「はい!」


 俺たちは建物を出ると、全速力で目的地へ向かって走る。陽動作戦のおかげで歩兵たちがいないのはいいが、爆撃機から視認されたのだろうか、俺たちに向けて爆弾やら機銃を向けてくる。


 夜間だというのに居場所が完全にバレてる。まさか、俺の持っているこの兵装カードに反応する機械でも作られているのか?


 爆撃で多少の衝撃を受けたが、耐久の数値を見ると【456】とある、まだまだいけそうだった。


「このまま一気に駆け抜けるぞ!」

「はい、メルはぜんぜん平気ですから」


 そういえば島で四つめのペンを探す時に、自分は虚弱体質だから長距離は歩けませんってな感じで嘘ついて俺の背中に乗ろうとしてたよな。


 あの時はわりと平和だった。


「あ、ハルナオさま!」


 愛瑠メルが声を上げた瞬間、爆弾が目の前に投下されて爆発した。その直撃をまともに受けて吹っ飛ばされる俺たち。


 一瞬だが、三途の川が見えそうになる。


 数分、いや数十秒だろうか意識を失っていたのは。


「……さま……ハルナオさまぁ!」


 メルが涙を浮かべてこちらを見ている。あれ? 俺どうしたんだっけ?


 戦闘服の耐久値を見ると【0】となっていた。左腕が少し痛いな。あと、胸あたりもズキズキする。肋骨でも折れたかな。


 なんだか身体が重い。耳もキーンとして、周りの音どころか、愛瑠メルの声もよく聞こえない。


 空には再び旋回してきた爆撃機の編隊がやってくる。


「ハルナオさま。ごめんなさい。あなたの許可なく使わせて頂きます」


 愛瑠メルが何か呪文を唱えた。


「敬愛する闇の精霊よ。我が上空に暗黒の闇を創り、その力を解放させたまえ」


 愛瑠メルの手から黒い塊が空へと向けて飛んでいく。そしてすぐにそれは破裂するように大きな光を放つ。


「大丈夫です。愛瑠メルに触れていれば、この攻撃の影響は受けません」


 彼女が優しく俺の右手に触れると、それまで騒がしかった音がいっさい消える。これは自分の魔法の影響を受けないためのバリアみたいなものか。


 ところが愛瑠メルの右手からはだんだんと力が抜けていく。


愛瑠メル?」


 俺の呼びかけにも応じず、頭をふらふらさせたかと思うと、そのままばったりと俺の胸へと倒れ込んだ。


 痛!


 激痛が肋骨から脳へと突き抜ける。おかげで精神がだいぶクリアとなった。


愛瑠メル!」


 俺は痛みをこらえて上半身だけ起き上がると愛瑠メルを揺さぶる。


「……さまぁ」


 口をわずかに動かすが、言葉にならないようだ。


「おい?!」

「お逃げ……ください」

「どうした?」

「魔力が……もうダメです」


 マイクロブラックホールの魔法はかなり魔力を消費すると聞いていたが、こんなにも影響があるのか。まさか、消えたりしないよな?


 そんな不安がわき上がってくる。


 俺は無理矢理立ち上がると、痛みをこらえながら愛瑠メルを背負った。そして、夢中で港へ向けて歩みを進めた。痛みなんか気にしている場合じゃない。


 愛瑠メルの魔法のおかげでここらの敵は一掃できたようで、上空を飛んでいる航空機は確認できない。途中、倒れている兵士たちを見かけたが彼らは死んでいなかった。


 なぜなら、上空五千メートルくらいでマイクロブラックホールを発生させたので、地上には壊滅的な被害はなかったようだ。航空機はすべて撃墜、地上兵器も衝撃波による影響で使い物にならなくなっているものが多い。兵士たちも一時的に気を失っているだけだろう。


 さすがに愛瑠メルも、虐殺になるような至近距離での魔法は避けたか。


 痛みをこらえて歩き続けて、ようやく港が見える。本来灯りがあるはずの港が真っ暗だ。わずかにプレイオネらしき戦艦の姿も見えた。


――「ご主人さま、ご無事ですか?」


 舞彩マイからの通信が入る。


「ああ、俺は大丈夫だ。けど、愛瑠メルが多分、魔力切れを起こしている」


――「まあ、愛瑠メルがですか。まだ実体化は解けてないんですよね」


「そうだ。今背負ってる状態だ」


――「もしかしたら急激な魔力消費によって貧血のような症状を起こしているかもしれません。恵留エル亜琉弓アルキュウの迎えに行かせましたので、お待ち下さい」


「ああ、ありがとう舞彩。あと、高速艇の方には戻れないから回収をお願いできるか」


――「承知しました。リモートで艦に戻るよう設定しておきます」


 ほっと安堵する。歩みを緩めて、空を見上げる。東の空はわずかに赤く染まっていた。夕焼けのような朝焼けだ。


 そんなほっとした状態で気が緩んでいたのだろう。


 遠くの方で敵戦車がこちらに砲塔を向けているのに気付かなかった。


 発射音を聞いたときはもう手遅れだということはわかっていた。このまま俺の命も尽きるのかと思ったところで、こちらに向かってきたであろう砲弾が跳ね返される。


 目の前には俺の愛しい使い魔がいた。


恵留エル!」

「遅くなってゴメン」


 俺らを庇うように立つ彼女は、魔法剣を構えて戦車砲の第二射をも跳ね返してくれた。頼りになる存在だ。


「ありがとな。それより愛瑠メルが大変なんだ、プレイオネまですぐに戻れるか?」

「どうしたの?」

「急激な魔力消費で倒れたんだ」

「わかった。亜琉弓! 援護お願い」


 そう恵留エルが声を上げると、遠くの方から「はーい」と返事が聞こえて、それと同時に緑色の光る矢が数百本、前方の方へと射られていく。


 矢が地面に刺さるとにょきにょきと木が生えてアーチ状になり、戦艦までの通路を作った。


「この中を」


 恵留エルが俺の手を引っ張る。


「痛!」


 左手に激痛が走った。爆弾の直撃を受けた時に負傷した場所だろう。


「あ、ごめん」

「いいよ。急ごう。俺のケガは舞彩に治してもらえばそれで済む」

「うん……わかった。せめて、愛瑠メルを運ぶの変わるよ」


 俺は背負っていた愛瑠メル恵留エルの背中へと預けると、気力を振り絞って走り出した。

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