第41話 まいくろぶらっくほーる

 島から脱出するのに、かなり苦戦を強いられた。


 なにせ、島内の数百人が俺たちのことを探し回っているのだから一筋縄ではいかない。


 何度かの銃撃戦のあと、逃げ場を失った俺たちは司令部を逆に奪取することにした。まさか、逃げた奴らがその中枢である司令部まで戻ってくるとは思うまい。しかも俺たちは二人だけなのだからな。


 ある意味、時間稼ぎのようなものである


 その間に恵留エル亜琉弓アルキュウに港を制圧してもらえば少しは形勢が有利になるだろう。


 メルにも銃を持たせて二人で正面から突入する。


 俺は戦闘服のおかげで銃弾を受けても平気だし、愛瑠メルは使い魔なので、戦闘モードなら弾は跳ね返すのだ。


 着ている戦闘服は耐久力のようなものがあり、ヘルメットのゴーグル部分にその数値が表示される。銃弾一発で【1000】あった表示が【999】に減ったので、一千発くらいの銃弾を受けられる仕様だろう。


 現在の残り耐久力は【756】である。


 なるべく殺生は避けつつ、建物内へと侵入。愛瑠メルの解析魔法で、司令部の間取りを調べて司令室へと直行。


 長官のマビット中将とその部下たちを捕縛して司令室に立てこもった。いかにも軍の幹部と思われる白人の中老のおっさんである。禿げ上がった頭が特徴だった。


 兵装と実験施設の件を聞きたかったので、最高責任者を確保できたのは丁度いい。


 だが、こちらが質問する前に、マビット中将の方から問いかけてくる、


「おまえらは何者なんだ? 見た目は龍譲の民のようだが、なぜ少女を連れている? おまえの娘なのか?」


 やっぱそうだよなぁ。三十過ぎの男と見た目が十三歳の使い魔なんて、親子にしか見えないだろう。


「そんなことはどうでもいい。教えてくれないか? この島に設置していた高射砲はどうやって手に入れたのだ?」

「言えるわけがない。あれは軍の秘密兵器だ」

「秘密兵器なわけないだろ。あれはまったく違う世界で作られた物だ。おまえらが開発できるわけがない」

「……」


 マビット中将は黙り込んでしまう。


「それとも知らされてないのか?」

「……」

「それからもう一つ。隣の研究施設では何を研究していたんだ?」

「……」

「非人道的な研究をしてたんじゃないのか?」


 男は黙秘を続ける。中将まで上りつめた男だ。そう簡単には秘密をもらさないだろう。


愛瑠メル。この司令部にある情報を全部入手しろ。できるか?」

「ええ、これだけ近ければ根こそぎぶっこ抜くのも余裕ですよ」


 ニヒヒと笑いながら愛瑠メルは舌舐めずりをする。情報特化の魔法使いさまさまだな。


 さて、しばらくはここで時間を潰すか。


 司令室の扉は分厚いので、他の兵たちはそう簡単に入って来られない。立て籠もるのには最適だった。


 とはいえ、逃走ルートは確保しないとな。


 俺はマビット中将に拳銃を突きつける。


「ここから部下たちに放送しろ。武装解除しておとなしくしろと」

「そんなことは言えない。私も軍人なのだからな」


 脅しを前に屈しないというのは、軍人らしいな。俺は部下へと銃口を向ける。


「おまえの部下たちの命がかかっても、同じか?」

「……ふふ、キミはわかってないな。すでに本国からの指示がでてるだろう。この基地の機能は凍結されて、指揮権はそちらにある。私が放送したところで、従う者などいないだろう」


 しくじったかな。こっちは無敵モードだからと、強引に司令部を占拠したのがマズかったか。


「無駄な争いは避けたいんだよ。こっちは」

「私は軍人だ。おまえらの要求には応えられない。軍の上層部は、私を切り捨てることも考えるだろう。そうなったら、おまえらは私ごと始末されるのだぞ」


 なるほど、そうきたか。


「ハルナオさま。どうします? この人、秘密を喋りそうもないですよ」

「そうだな。人選を間違えたよ。もう少し位の低い人間を見つけておくんだった」


 といっても、その部下たちのことではない。


 軍の責任者より、現場でこの高射砲をカードから封印を解いたという研究者を見つければよかった。そいつならたぶん、自分の命が危険に晒されれば秘密も暴露するだろう。


 今となっては悔やんでも仕方がない。


 いちおう舞彩マイに連絡をとってみる。あのプレイオネがこちらの島に近づければ、まだ勝機はあった。


――「ご主人さま。今全速力でそちらに向かっています。あと三十分ほどで着きますので、それまでなんとかお凌ぎ下さい」


 舞彩には事情は話してあるので、俺たちが逃げ回っていることも知っている。だから、いざという時、俺たちが足止めされた時の作戦も教えてあった。


「わかった。何とか持ちこたえるよ」


 俺がそう答えると、再び愛瑠メルがシュンとした顔になる。自分のポカで俺を危険な目に合わせたことをまだ気にしているのだろう。


「本当にごめんなさい。愛瑠メルは調子に乗ってました」

「いいよ。気にするなって。無事に帰れてからそういうことは考えようぜ」


 ポンと愛瑠メルの頭に手を載せて、優しく撫でてやる。こいつを責めても仕方が無い。そもそも彼女たちは俺の命令を忠実に守るのだ。


 命令していないことまで求めてはいけない。今回のこいつのポカだって、俺が原因でもある。もう少し緊張感を持つべきだった。予測を誤った俺にも責任はあるだろう。


「キミたちの関係はなんだ? 親子でないのか? それともキミは少……」


 うるさいのでマビット中将以下全員には麻酔銃を使っておく。少女性愛者ロリコンとか呼ばれるのは心外である。


「さて、どうするかな……」


 司令室の分厚い扉の前には精鋭部隊が集まっているだろうし、この建物自体を数百人の兵士が囲んでいる。


 戦艦が港まで着たとしても、ここを出ない限り艦には戻れない。ここを出たとしても、どうやって精鋭部隊を倒し、数百人に囲われたこの建物を脱出するのか。


 普通に考えれば恵留エルたちの到着を待つしかないだろう。そんな風に考えていると、愛瑠メル焦ったように声を上げる。


「ハルナオさま。空港から爆撃機が飛び立ちました。Uターンしてこちらに戻ってきます!」

「まさか、本当にこの建物ごと俺たちを葬ろうと?」

「わかりません。けど可能性が高いかと」

「そんなことをしたら司令部が使い物にならなくなるぞ」

「もしかしたら、研究施設ごと処分しようとしているのでは?」

「処分?」

「キアサージ側としては兵装カードさえ奪い返せれば、それ以外の事はどうでもいいはずです。むしろ、研究所を壊せば非人道的な実験を行った事実を隠蔽できますし」

「そんなことをしたらカードまで破壊され……そうか、このカードの頑丈さを知っているわけだな」

「証拠が残らないほど念入りに破壊してもカードは無傷で残ります。侵入者は処分、研究施設も破壊できて向こうとしては万々歳じゃないですか?」


 なるほど、だからこそ強攻策に出るのか。


「マズいな」


 ここで舞彩たちの到着を待つはずだったのだが時間がない。


 さすがに爆撃されたんじゃ、この戦闘服の耐久力がかなり減る。というかゼロになった時、俺は生身でその衝撃を受けなければならない。


 俺たちが頑丈な装備を持っているというのは、奴らとの銃撃戦で知られているはずだ。そうなったら、徹底的に爆撃するだろう。それこそ、念には念を入れて。


「あと七分でこちらに到達しますね。建物内の兵士たちに退去命令が出されました」


 強行突破しかないのか? とはいえ、数百人規模の武装している相手を突破していくとなると、この戦闘服の耐久力では足りない。数千発の弾丸を浴びて無事でいられる可能性は低い。


 万事休すとはこのことか。


「メル、いいこと考えましたよ」


 愛瑠メルがいつもの口調で、緊張感もなくそう告げる。


「何をだ?」

「ここを脱出する方法ですよ。いいですか、切り札を使うんですよ。ここ以外のどこで使うっていうんですか?」

「切り札」


 はて? そんな切り札なんて用意してたっけ?


「メルの究極の闇魔法ですよ。【まいくろぶらっくほーる】」

「おまえ、下手すりゃ。この惑星も影響受けるんだぞ」

「だいじょうぶですよ。メルにっていうか、闇の精霊ちゃんにはちゃんと制御ができますから」

「ほんとか?」

「はい。けど、その代わりにメルの魔力をほとんど使っちゃうかもしれませんが……」

「……」


 思わず言葉に詰まる。それってイコール愛瑠メルが消える可能性が高いってことじゃないか。


「大丈夫です。ワンコイン分の質量に抑えた【まいくろぶらっくほーる】を放ちますから」

「それだけでも威力はかなりなものだぞ」


 背筋がゾクリとする。


 マイクロブラックホールが発生したからといって、まわりのものをすべて吸い込むわけではない。発生したとしてもそれだけ小さな質量だとすぐに消えてしまう。それは一秒以下の時間でだ。


 では、何が脅威なのか。


 たった五グラムの質量のブラックホールが発生した場合、ホーキング放射による消滅時のエネルギーは四百五十兆ジュール。エネルギー量だけなら核兵器クラスだ。


 まあ、愛瑠メルの魔法がどこまで物理法則に則っているのかわからないから、ブラックホールという名も別物かもしれないが。


 このまま待っていても俺が死ぬだけ。その場合でも愛瑠メルたちは消失する。だったら、こいつに賭けてみるか?


 殺生はなるべく避ける方向だったが、これだけの非人道的な研究を続けさせないためにも兵装カードは渡すわけにはいかない……。


「……」


 本当にそれでいいのか? 俺は自問する。


 愛瑠メルに虐殺をさせるってのは気が進まない。それは彼女たちが人間になった時、心に傷を残すはずだ。だからこそ、俺は考えなければならない。


 それを避けて、俺たちが脱出できる道はあるのではないかと。


 ない頭を搾って悪知恵という名のアイデアを出す。この方法でいくしかない。


「メルが道を切り開きますので、ハルナオさまは後に続いて下さい」


 彼女はにっこり笑ってそう言った。でも、その笑顔には裏があることに俺は気付いている。


 俺は愛瑠メルを後ろから抱き締めた。せめて少しでも魔力供給ができれば、という気持ちの問題だ。


 本当は体液摂取がいいんだろうが、今の状況でそんなことができる余裕もない。時間もない。


愛瑠メル。あまり無理はするな」

「わかってますよ。メル、今日こそはハルナオさまに夜這いをかけてもらうんですから」


 緊張感のない台詞に聞こえるが愛瑠メルの身体は震えていた。こいつなりの強がりなのだろう。


「おまえの覚悟はわかった。けど、それは本当に切り札としてとっておけ。俺がここから脱出する方法を今から教える。それに従ってくれ」


 俺はざっくりとそれを説明する。それはただの詐欺師のやり方だ。もちろん愛瑠メルあっての作戦である。


「えー、せっかくメルはりきってたのに」

「この方法はイヤか?」

「いえ、安全に逃げられるのなら、それで構いません。ハルナオさまさえ無事なら本当は方法なんてどうでもいいんですよ」


 愛瑠メルがめずらしく、自然な柔らかな笑みを浮かべる。そこにはけして、あざとさなどなく、彼女の本心が見えるようだった。


 俺は愛瑠メルと手を繋ぐように隣に立つ。


「さあ、行こうぜ!」

「ええ、行きましょう!」

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