第40話 言質

 ツッコミを入れたくなるが、今がどんな状況かわかってるのか? こいつは。


「……」

「うーん……そうだ! 星がまたたくこの夜空の下で愛し合うというのはいかがでしょうか? アオカ――」


 俺は前方の施設の裏口を指差す。


「ほれ、ついたぞ」

「あ! あの施設の中でまぐあうのもまた――」


 俺は急いで愛瑠メルの口を塞ぐ。前方に人影が見えたからだ。そのまましゃがみ込み、建物の影へと隠れる。


 幸い見つからずには済んだ。


愛瑠メル! 生体探知をサボってたな」


 軽く叱る。こんなところで敵に囲まれたら逃げられなくなる。


「……ごめんなさい」

「帰ったらかわいがってやるから、今は作戦に集中してくれ。頼むよ」

「わかりました。けど、約束ですよ」

「何が?」

「かわいがってくれるって言ったじゃないですか」


 言質を取られたようだが、これは仕方ないだろう。今までずっと愛瑠メルとの関係をごまかしてきたのだから。


「ああ、わかったよ。魔力を注ぐってのは約束してやる」

「ありがとうございます。では、あの施設を攻略しましょう」

愛瑠メル。打ち合わせした通りの消失魔法ロスマジックを使おう」


 消失魔法ロスマジックは特定の物質を言葉通り消失させる魔法だ。あまり大きな物はできない。愛瑠メルの掌で掴めるものが限界の大きさらしい。


 消された物質は彼女の闇魔法で、その名の通り消失する。愛瑠メルが安全に運用できるギリギリの魔法とも言えた。


「親愛なる闇の精霊ちゃん。あのシリンダーを消して!」


 彼女のその呪文で、扉の錠前のシリンダー部が消える。これで面倒な解錠作業は省くことができるわけだ。


 内部に侵入すると、コアのある場所を目指す。何人かの警備兵を眠らせて進んでいくと、途中の部屋で恐ろしいものを見かけた。


「これ……小鬼ゴブリンですよね」


 水槽のようなものに小鬼の遺体が何体も漬けられていた。匂いから察するにホルマリンか。


「ここは研究施設のようだな。研究者にとっては魔物はちょうどいい研究対象だろう。兵装アイテムから湧き出た魔物の有効活用とでも思ってそうだな」


 さらに進むと今度はエルフらしき女性の遺体があった。肌は黒いので、いわゆるダークエルフだろう。


 ダークエルフとはいえ、ほぼ知能は人間と変わらないはず。そんな魔物さえもキアサージは研究対象としているのか。というか、こんな知能の高い魔物も湧き出るのか、そう考えるとゾッとする。


「ハ、ハルナオさん、あれ……」


 愛瑠メルが恐ろしい物を見たかのように口に手をあてて、前方を指差す。


 そこにあったのは上半身だけの人間の遺体。顔つきは白人というより俺たちのように黄色人種に近い。何かの装置に繋げられている。その装置の隣には台座に乗せられたわずかに青く光るキューブ上のもの。


「……してくれ」


 遺体が喋った。いや、死んでないのか?


「おまえは何者だ? なぜ下半身がないのに生きていける」


 俺は思わずそう質問してしまう。まさかこいつも魔物なのか? と一瞬思ってしまったからだ。


「貴殿が同胞であるなら、自分をこ、殺してくれ……自分は龍譲帝国特務部隊のサトウ少尉である」

「龍譲帝国? まさかここに潜入して捕まったのか?」

「ああ、失敗してこのざまだ。貴殿は……自分と同胞なのだろう? だったらせめて情けをかけてくれ」


 こんな状態で生きているのは、あの光るキューブが原因か? もしかして……。


愛瑠メル、あそこにあるのが兵装コアだな?」

「はい、そうです。けど、あれを取り除いたらこの人は……」


 死んでしまうと言いたいのだろう。


「舞彩に、ここまで来てもらって治癒魔法をかけてもらえば助かるか?」

「ううん……これは舞彩姉さまでも助けられません。だって、あのコアがこの人の心臓のようなものですから。あれとの接続を切った時点でこの人は死にます。ううん、本当はもうこの人は死んでいるんです。ただ、あのコアの力で一時的に甦っただけ」


 愛瑠メルの言葉を聞いて背筋がぞくりとする。俺の勘が正しければ……。


「まさか……」

「そうです。ハルナオさまが設定したから知ってると思いますけど、これと似たような魔法をメルは使えますよ」


 屍傀儡リモートデッド。死者を蘇らせて配下にする。この世界には魔法がないが、兵装コアから溢れる魔力のおかげで超常的な力を再現することも可能になるのか。


「サトウさん。あなたの願いは受け入れるよ。何か逝く前に言うことはあるか? 伝言があれば伝えておいてやるよ」

「ありがとう……そうだな。那由多さまに会えたら伝えてもらえぬか? 那由多さまの願いを叶えられなくて申し訳なかった。でも那由多さまの願いは必ず叶うはずだ、と」


 那由多ってのは龍譲帝国のみかどか。まあ、この世界にいればいつか会えるはずだ。その時にこのサトウさんの伝言を伝えればいい。


「ああ、たしかに約束する」

「……ありがとう」


 彼の言葉を聞くと、台座にあったキューブを取り除いた。


 無言の屍と化すサトウ。


 戦時中だからな、どこも似たような実験を行っているのだろう。そう思うとやるせなくなってくる。


 キューブは十センチ四方ほどの立方体だ。材質は鉄のようだが……それぞれの面を確認していると、女神のシルエットが描かれている部分が見えた。


「これは戦艦のものと同じだな」


 そう独り言を呟いて絵に触れた途端、ソレ自体が青白く光り始める。まるで、俺の身体から電源をとった電球のように輝いていた。


 しばらくすると空間が歪むようにぐにゃりとキューブが変形する。そして手には黄金色のカードが現れた。


 俺は魔法使いではない。なのに、触れるだけで封印と同じ効果があるのか? そういや、魔法のペンからも魔物が生成されなくなったもんな……。


 もしかして俺自身にも何か秘密があるのかもしれない。


 まさか、三十歳まで童貞だったから、それで魔法使い扱いされるとかいうオチはないだろうと思うけど。


 舞彩から通信が入る。


――「ご主人さま。舞彩です。島からの高射砲による攻撃が止まりましたが、兵装は回収できたのでしょうか?」


「ああ、たった今回収した。すぐに戻るから島の近くまで来てくれ」


――「了解しました」


恵留エルと亜琉弓はどうした? まだ戦ってるか?」


――「はい、まだ戦っています。あの二人は、けっこう良いコンビじゃないですかね。連携魔法の息もぴったりあってますよ」


「そうか。帰ったら褒めてやらないとな」


 恵留エルと亜琉弓の組み合わせは成功だった。まあ、前衛と後衛だから、それぞれの役割をきっちりこなしたってことかな。どっちも真面目な性格だし。


「舞彩姉さまからですね。メルたちも戻りましょう」

「そうだな。帰りのルートに問題はないか?」

「はい。このままなら三十分もあれば高速艇の場所まで戻れ……待って下さい」

「どうした」


 愛瑠メルが何か焦ったように探知魔法と解析魔法を使う。


「空港に輸送機二機が着陸しようとしています」

「輸送機?」

「兵員輸送機ですね。中には小隊規模の兵がいます」

「まずいな。空港を迂回するか」

「そうですね。時間はかかりますが、それが安全かと」


 そうして俺たちは、やや遠回りながらも港の方に迂回して高速艇の場所へと向かおうとする。


 が、今度は港の艦船にいる兵たちが借り出されたのか、ものすごい人数の兵が島を巡回し始めた。いや、巡回というよりは俺たちを捜し回ってるのか。


「一体何があったんだ? 考えられるのは、あの二人組の警備兵か?」


 たしか眠らせてバレないように縛って閉じ込めておいたけど、定時連絡が無いとか、持ち場から離れてるってことで、俺たちの侵入がバレたのか。いや、あいつらはまだ見つかってないはずだが


「えっと……その、あの二人はまだ見つかってません。持ち場を離れたってことで不審に思われていますが、ここではそういうことは日常茶飯事のようです」

「じゃあ、原因はなんなんだ?」

「あ、あの……とても言いにくいことなんですけど……」


 愛瑠メルにしては歯切れの悪い言葉。何か隠しているのか?


「どうしたんだ?」

「ごめんなさい! さっき生体探知を忘れてた時に、原始的な断線トラップにひっかかったみたいです。ちょっと浮かれてて注意散漫になってたんでしょう」

「もしかして、線が切れると侵入を知らせる原始的な装置か?」


 でも警報は鳴らなかった……いや、戦艦が近づいた事で、すでに警報は鳴っていた。だから俺たちの侵入に気付くのに時間がかかったのか。


「本当に申し訳ありません」


 愛瑠メルが滅多に見ない焦ったような表情を見せ、俺に対して深々と頭を下げる。


 一度ならず二度までもポカをやらかしているのだから、そりゃあ焦るわな。


「まあ、逃げることを最優先で考えよう」

「あの……メルを怒らないのですか?」


 泣く寸前のような潤んだ愛瑠メルの瞳。さすがにこういう時まで、あざとい態度でいるとは思えない。


「この状況で説教しても仕方ないだろ? 時間がないから逃げる方が先。ほら、探知魔法で生体反応を調べてくれ。警備の薄い所から逃げ出すぞ」

「はい。ありがとうございます」


 愛瑠メルにしてはめずらしく抱きついてくるのではなく、控えめに俺のベスト部分をぎゅっと握る。


 今はこの島からの脱出が最優先だ。

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