第49話 スバル

 もしかしたら、俺は舞彩マイのことをかなり追い込んでいたのかもしれない。


 彼女たちは人間の心を持っている。俺がそう願ったからこそ彼女たちに心を宿らせてしまった。


 人間の心を持つならば、その理不尽さをも背負うことになる。


 彼女たちが人形なら苦しむことのなかった、その負の感情を。


 それに苦しんで仮面を作り上げてしまったことに、彼女自身は気付いているだろうか?


 俺にとって女性の仮面は畏怖の対象だ。


 女性不信に陥らせた要因の一つ。それは彼女たちのかぶる仮面がもたらす効果。


 けして本心を晒さない。ゆえに自分は傷つくことはない。


 俺はずっとそんな風に思っていた。


 けど、舞彩の仮面の本当の意味を知って、それが揺らいでくる。


 心の弱さを隠す為に仮面をつけたのだと。


 過去に俺を罵ったり馬鹿にする子たちだって、本当は誰かから攻撃されて、平気でいられるほど強くなかったのかもしれない。ゆえに仮面をかぶる。


 舞彩は本当は弱いのに、俺が人間らしさを願ってたゆえに苦悩している。しっかりしなければならない。みんなに甘えられる存在になるべきだと、思い込んでいる。


「舞彩、おまえはさ。俺が甘えたいと言ったら甘えさせてくれるよな?」

「ええ、いつもであなたを受け入れますよ」

「妹たちにも同様だよな?」

「ええ、長女ですもの。あの子たちを受け入れないでどうするのです」

「じゃあ、お前は誰に甘えるんだ? おまえが弱っているときに誰が勇気づけるんだ?」

 俺のその言葉が舞彩の表情を揺さぶった。


「そ、それは……」


 仮面が剥がれ落ちる。そこにあるのは、不安を抱えた一人の女性。


 別に俺は彼女をおとしめたいわけではない。


「俺はおまえに、おまえたちに責任をとらなくてはならないと思っている」

「責任……ですか?」

「おまえたちを生み出した責任。それから、人間らしさを願った責任だ」


 彼女はハッとなって口を開き、何か言おうとするが、言葉にならない。


「……」

「魂ってのは生まれるのではなく宿るものだってのが俺の見解だ。これは間違っているかもしれない。でも、それが百パーセント間違っているという根拠にも出会えていない。まあ、魂自体がただの妄想って可能性もあるけどな」

「……」

「でも、おまえたちが人の心を持ってしまったのは俺が原因であるんだよ。俺が願って魂を宿らせてしまった……だから責任がある」


 そうなるように祈り、愛情を注いだのだから。


「……そんな、ご主人さまが原因なんて……わたくしたちはわたくしたちの意志を持って行動しているのであって、ご主人さまのせいではありません」

「俺は俺自身の幸せを願うとともに、舞彩、おまえの幸せも願うんだよ」


 何か憑き物が落ちたかのように、舞彩の表情から不安が消えていく。


「……もったいないお言葉です。ご主人さま」

「覚えてるか? あの魔導師の日記の破れてなくなった手前のページにあった記述を」

「ええ。アリシアという使い魔を人間にする方法と見つけたということですか?」

「俺はもし、この旅の果てに安住の地を見つけたのなら、そこでおまえたちを人間にしてやりたい。使い魔という呪縛から解き放ってやりたい」

「けど……そうなった場合、わたくしはあなたをあるじとする誓約からも解き放たれてしまいます」

「そうだな。その時に、おまえがおまえ自身の意志で俺の側にいてくれることを願うよ。いや、そうなるように俺は努力する」


 この絆は、鎖で強制的に繋がれたものでないということを俺が証明しなくてはならない。俺は舞彩に愛想を尽かされないように、最大限の愛情を注ぐべきなのである。


「……ご主人さま」

「だからさ、俺が弱っているときはおまえに甘えさせてくれ。けど、お前が弱っているときは俺に存分に甘えればいい。人間ってのはそうやってお互いに支え合うものだ」


 舞彩が俺の身体に抱きついてくる。それは、いつものように俺を包み込んでくれるような感じではなく、彼女から甘えるようにだ。


「……うふふ、甘えるって、心地良いものなんですね」


 バニラの芳しい香りに包まれる。それはとても優しい匂いだ。


「ああ、甘えるのは愛瑠メルの専売特許じゃないぞ」

「最近は恵留エルも甘え上手になりましたよね」

「そうやって人間は変わっていくんだ。俺が人間らしさを願ったおまえが変われないわけがない」

「ええ、ご主人さま。わたくしはあなたに実体化してもらえて幸せです」


 舞彩の方から唇を寄せてくる。


 それはとても情熱的なものだった。


「なあ、今日はお前の部屋に行っていいか?」


 前に舞彩に魔力を注入してから、もう一週間は経つ。ここらで補充を……ってのはただの言い訳だな。俺は純粋に彼女を愛したいだけだ。


「ええ、わたくしを可愛がってくださいね」



**



 次の日は朝食後に後部甲板へと行く。


 多目的輸送機スバルとのご対面だ。


「メルもワクワクします」


 と、呼んでもいないのに愛瑠メルが付いてきた。まあ、こいつは好奇心の塊だからな。仕方ないと言えば仕方ない。


 後部甲板にも砲塔がないものだからかなりスッキリとしている。そのおかげで、艦橋下の出口を出た所で、遠くの方に飛行機らしきものが見えた。


 青い塗料で塗られたものだった。


 近づくと、その翼にはあの例の女神のシルエットが描かれているのが見える。


「こいつもあの魔導師が造ったのか……」

「うわー、見て下さいよ。これ垂直離着陸機VTOLですよ」


 V-22オスプレイというより、XC-142って感じのレトロな形だな。


 ティルトウィング式垂直離着陸機。つまり主翼をエンジンポットごと傾ける方式だ。世界初の四発垂直離着陸機に似せて作るとは、設計者もかなりのこだわりがあると見られる。


 零式水上機のようなものを想像していただけに、良い意味で裏切られたな。


 機体の全長は十七メートルほどで、太くて短い胴体が特徴的な機体でもある。


「乗ってみるぞ」

「メルも乗りまーす!」


 俺は飛行機のタラップを上ると、ハッチへと触れる。と、それは消え去るようになくなった。


 この入り口は魔法的な何かで出来ているらしい。


 操縦席に乗り込むと、操縦桿に、真横についている出力レバーと足元のフットレバーを確認する。計器類は動力が無い状態ではまったく表示されていない。たぶん、前面パネルに集約して表示されるのだろう。


 俺は前もってヘルプで見ていた機能を試す。それはシミュレーションモードだ。


 実際に飛ばせなくても、ゲーム感覚で練習できるというものだった。


 メインスイッチをオンにし、スバルのシステムを起動させる。


【魔導機関を始動しますか?】


 モニタに現れたその表示の後に【はい、始動します】と【シミュレーションモードに移行】の選択肢が出る。


 今回は練習なのでシミュレーションモードを選択した。


 すると周りの景色が変わる。戦艦の甲板上で海に囲まれていたはずが、周りには何もない飛行場という設定になっている。


 これは初期設定なので、シミュレーションしたいステージはいくつか選べるようだ。



「ハルナオさまぁ。ここは高度ゼロメートルの平地で、現在無風状態です。設定を変えますか?」


 隣の席に座った愛瑠メルが、パネルをいじりながらこちらに聞いてくる。


「いや、まずはこのまま飛んでみよう」


 俺は予めヘルプで頭の中に入っていたマニュアルを思い出し、その通りに操作する。といっても、俺はわりとフライトシミュレーションゲームは好きだったので、この手の操作には慣れていた。


 こいつは垂直離着陸機VTOLなので、滑走して飛び上がるわけではないので難易度はわりと高い。バランスを保たなければならないので微妙な操作加減が必要だった。


 その点は手先が器用なこともあり得意なのである。


 ふわりと浮かび上がる。景色だけでなく、飛行機そのものが体感シアターのようになっていた。


 高度三十メートルくらいまで浮かび上がると主翼を傾けながら静かに前進、徐々にスピードを上げていく。


「高い高ーい!」


 愛瑠メルがはしゃいでいる。これ、ヴァーチャル映像なんだけどな。


 シミュレーションなので、少し無理をして速度をかなり上げてみるか。


愛瑠メル、速度計を読み上げてくれ」

「わかりました。只今、五十ノット、百、百五十、二百、二百五十、二百七十」

「計器に異常は無いか?」

「いえ、ありません」

「続けてくれ」

「三百、三百二十、三百三十、三百四十」


 振動がだんだん激しくなる。


「これ以上はダメか?」

「速度三百四十七ノット。これ以上は上がりませんね」


 なるほど、最高速度は毎時六百キロ超え。マッハに換算するとどれくらいだっけ? まあ、いっか。音速の場合は気温にも影響してくるし、この世界の物理法則がどこまで俺の知る世界と酷似しているかもわからない。


 俺は速度を落とすと愛瑠メルに次の指示を出す。


「標的を出してくれ」

「わかりました。そのまま西にいったところに固定標的、その先は飛行標的となります」


 このスバルには魔力を弾丸として撃ち出すガトリング砲のようなものがついている。魔導ガンというそうだ。そもそも輸送機なので戦闘用には作られていないが、非常時はこれで対応しろということなのだろう。


 この世界であれば、攻撃機を撃ち落とすくらいなら可能なはずだ。


「よし、いくぞ!」


 そこからはほとんどゲームと変わらなかった。風船のような固定標的と、円盤のような浮遊して飛んでくる標的を魔導ガンで撃ち落としていく。


 なんとなくコツは掴めてきた。高速艇もそうだったけど、乗り物の運転ってのは結構好きなのかもしれない。まあ、ゲーム感覚でできるってのが主にだろうけど。


 今はこれくらいにしておくかな。午後にでも改めて実戦訓練といくか。


愛瑠メル、近場に飛行場を設定してくれ」

「了解。北西に作りましたのでそこに着陸してください」

「サンキュ」


 俺は操縦桿を操ってその仮の飛行場へと着陸させた。着陸も、昔遊んだヘリのシミュレーターに比べれば簡単だといえるだろう。それでも、コツを掴むのに少し苦労したが。


 着陸して完全に停止すると画面に表示が現れる。


【シミュレーションモードを続けますか】に続き、【はい】【いいえ】が出たので【いいえ】を押して練習を終わらせた。


 午後からは実際に空を飛んでみるかな。

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