第48話 仮面

 メインモニターにこれから向かう場所の地図が表示される。それは特殊な形状をした大きな島だった。


「そこはたしかタカノ大将の話では臨安帝国という場所で、龍譲帝国のみかどを皇帝として立てている同君連合の一つという話を聞きました」


 舞彩マイがそう皆にも説明する。というか、本当はその話をすっかり忘れていた俺に対して改めて教えてくれていると言った方がいいだろう。俺、記憶力が悪いしな。


 同君連合というのは、いわゆる第二次世界大戦時のインドみたいな感じだ。あの当時のインド帝国は英国の王がインド皇帝として即位していた歴史がある。


「複雑な事情がありそうですね」


 その場にはいなかった愛瑠メルが苦笑いをした。


「まあ、その帝でさえ、軍部の傀儡と化しているようだがな」


 俺は舞彩の言葉で、タカノ大将からの話を思い出す。龍譲の帝はまだ十代の少女。そういう複雑な事情がこの戦争の裏には絡み合っている。


 どの国にも属さない俺たちは、できればそんな国々とは距離を置きたかった。いくらタカノ大将がいい人でも、彼の母国の龍譲帝国には進んで関わりたいとは思わない。


「臨安帝国の北西にある夏王国は、臨安に攻め入ってきているらしいとの話ですよね? さらに、そのバックにはインフレキシブル帝国の影が見え隠れするとタカノ大将は仰ってました」

「となると、ここでの戦闘にはインフレキシブルの連中も絡んでくる可能性が高いわけだよな」


 各国の思惑が交差する危険な場所でもある。


「どうされますか? ご主人さま」


 俺は地図と睨めっこしながら、頭の中で考えをまとめる。


「そうだな。一旦南下して、しばらく様子を見よう。アトラ大陸と同じ轍は踏みたくないからな」

「どこまで南下するの?」


 操舵手でもある恵留エルがそう問いかけてくる。


「一度始まりの島に戻ろうか」

「始まりの島?」


 亜琉弓アルキュウが首を傾げる。それは当たり前か。これは俺の頭の中で名付けた名前だ。たしかあの島に正式名称はなかったような気がする。


 彼女以外の三人は、その始まりの島での生活を身をもって体験しているので、俺が何を言いたいのかわかっているようであった。


「亜琉弓。ご主人さまが最初にこの世界に転移した場所よ。そこでわたくしと恵留エル愛瑠メルが実体化されたの」

「ああ、なるほど。だから、始まりの島なんですね」

「けど、ハルナオ。あの島は無人島とはいえ、このおっきな船はレーダーに察知されやすいんでしょ? 近くまで軍艦が来たら」

「いや、それは大丈夫なはずだ。なぁ、愛瑠メル


 俺は愛瑠メルに声をかけ、確認をとる。彼女が一番この戦艦のことを理解しているからな。


「ステルスですね」

「ステルス?」


 恵留エルが首を傾げる。ステルスという言葉を知らないのではなく、いつの間にそんな機能が付いたのだ? との疑問だろう。


 なので俺が補足する。


「この前持ち帰ったカードに兵装とは違うカードがあった。これは戦艦に隠密機能を持たせるらしい」

「隠密機能って、忍者みたいだね」

「忍者って、恵留エル姉さま古臭いよ。だからステルスって言ったのに」

「どっちも変わらないんじゃないの?」

「全然違うでしょ」

「違わないよ」

恵留エル姉さまは間違ってる!」

「間違ってるのはあんたの幼い頭よ!」


 恵留エル愛瑠メルの間には亜琉弓の席があるため、彼女は二人の間で頭を抱えている。仲裁しようにも二人の強気な態度に圧倒されていた。


恵留エル愛瑠メル。くだらないことでケンカはやめなさい。その口げんかに勝ったところで得られるものはあるの?」


 舞彩が穏やかに、そして辛辣に彼女たちを責める。


「ご、ごめん舞彩姉……」

「ぶー……わかりました。以後気をつけます」


 二人ともおとなしくなるが、舞彩の厳しさは少し刺々しくなってきたような気もした。気のせいであればいいのだが……。


愛瑠メル、とりあえず始まりの島の座標を恵留エルに送ってやってくれ。恵留エルもそれを目標として航行すること。おけ?」


 場の空気が張り詰めかけたのを、ちょっとしたおちゃらけで崩していく。


「おけです」

「うん。わかった」


 さて、戦闘は一息吐いたが、艦内の状況を正常化するのも俺の役目かな。



**



 艦は始まりの島へと着く。日も暮れているので補給は次の日にすることにした。といっても食糧くらいだけどな。


 現在、艦は隠密機能を作動させている。


 この機能は作動させると速度が半分以下になるので、年がら年中隠密機能を作動させているわけにもいかない。


 現在は停泊しているので、他からのレーダー波を反射する隠密機能だけでなく、他者から視認できない状態を作り出していた。いわゆる光学迷彩。透明状態ともいえる。


 この機能も、艦を動かしている時には使えず停止時のみ有効なのだ。


 現在は二十時過ぎ。


 女の子たちは各々、寝る準備に入っているだろう。俺は食後の運動をかねてトレーニングジムへと向かう。


 この戦艦はなぜか福利厚生施設が充実していた。まるで、長期間の航行を想定しているかのように。


 ジムの扉を開ける。広さは二十畳ほどだが、そこには人の姿はない。この戦艦でそのトレーニングジムを使うような者は俺ぐらいだろう。


 最近はハードな戦闘も多いので、なるべく女の子たちに負担をかけないようにと、密かにトレーニングを始めたのだ。といっても、二日目だけどな。三日坊主にならないように気をつけないと。


 戦闘服があるとはいえ、命に直結するような危険が多いから備えは必要である。女の子たちに守られるばかりではダメなんだ。俺の命が尽きることイコール彼女たちも消え去ってしまうのだから。


 まあ、あまり俺が気張っても仕方がない。


 その日も一通りスケジュールをこなしてシャワーを浴びると部屋を出る。


 この戦艦は、海水を脱塩して真水にできるシステムを持っているので、水は浴びるほど飲めるし使えた。だが、シャワーの後は冷たいフルーツ牛乳が飲みたくなる。


 この世界でも牛に似たような生物がいるみたいだし、今度恵留エルに頼んで作ってもらうかな。そんなことを考えながら部屋に向かおうとすると、通路の角から話し声が聞こえてくる。


「亜琉弓は優しい子ね。きっとドリュアスも喜んでいると思うわ」

「……そうかなぁ」

「だからね。その種は大事にしなさい。もし、ご主人さまが旅を終えて安住の地を見つけて居を構えるようなことがあったら、その庭に埋めるといいわ」

「うん、そうする」


 舞彩と亜琉弓の声だった。どうもタイミングを逃して出そびれてしまう。ま、いっか。俺が亜琉弓に言ってやれることなんて、今のところないもんな。


 舞彩はよくやってくれてるよ。姉として妹たちの面倒を見てくれている。


 でも……それは彼女の負担にならないのか?


 妹とはいえ、実体化した時間はほんの数日の差でしかない。もし仮に、舞彩が最後に実体化したとしても、彼女は長女としての責務を負わなければならなかったのだろう。


 人間だとしたら理不尽。けど、彼女は使い魔だ。そんなことなど理解していたはず。


 舞彩は身体に刻み込まれたといいながら、妹たちを見る目は優しい。


 包容力のある彼女だからこそ、この理不尽な設定を受け入れているのだろう。だから、大丈夫だと思いたい。


 少しどこかで時間を潰してから部屋へと戻ることにした。


 兵員区の廊下で再び舞彩を見かける。


 彼女はまた廊下を掃除している。そんなに綺麗にしなくてもいいだろうに。


 今日の彼女は失敗などしていない。何が彼女を追い込んでいるんだ?


 放っておくわけにはいかなかった。


「舞彩、時間はあるか?」

「ええ、なんでしょうご主人さま」

「また、マッサージをお願いできるか? ちょっと筋肉痛でな」

「あらまあ、トレーニングのやり過ぎではありませんか?」


 あれ? バレてたの? ま、いっか。


「ああ、舞彩にはバレてたか。密かにトレーニングして格好いいとこを見せようと思ったんだがな」

「全部わかってますよ。ご主人さまたちがわたくしたちの負担にならないようにって鍛えてなさることを」

「……」


 舞彩は心が読めるのか?


「今、心が読めるのか? ってお思いになったでしょう?」

「あ、ああ」

「ご主人さまは昔同じようなことをしていたのを覚えていらっしゃいませんか?」

「昔……ぅああぁああ!!」


 思わず黒歴史を思い出してしまう。


 ヒーローに憧れていた小学校の頃の俺は、秘密の特訓とかそういうのに憧れて無茶したんだよなぁ。


「うふふふ。ご主人さまはヒーローに憧れていたとおっしゃってましたけど、本当は女の子たちを助けるためだったんでしょ? やり方は稚拙だったかもしれませんが、誰かを助けたいという気持ちは尊敬に値します。ご主人さまはもっとそのことを誇るべきです」


 誇るといったって、やってることは子供じみていたからな。ヒーローのお面を被ったり、必殺技を叫んだり、今思い出すだけで恥ずかしくて死にそうだよ。


「ただの馬鹿なガキだよ。その助けようとした女の子たちから、ドン引きされたこともあったんだぜ。ほんと、周りが見えないって怖いよな」

「けど、わたくしはドン引きなんかしませんよ。ご主人さまをわらうこともありません。だからこそ、わたくしは全力であなたをお守りしたいのです」

「なあ、舞彩。前も行ったけど、そんなに気張るなって」

「ですが、それがわたくし長姉としての役割かと」

「そのことだけどさ、姉妹なんてケンカするのが当たり前だし、姉だからって頼りになるわけじゃない。時には妹たちに頼ってもいいんだぞ」

「いえ、わたくしにはあの子たちを導く義務があります」

「……」


 思考がガチガチに固まってしまっている。最初の頃の舞彩は、もうちょっと冗談を言ったりと、柔らかい感じだったんだけどなぁ。


「だからご主人さまもわたくしに存分に甘えてくれていいんですよ。それがわたくしの役割なのですから」


 彼女の表情には一点の曇りがない。いや、曇りがなさすぎる。俺は知っている。その表情の本当の名前を。


 仮面だ。

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