第37話 杏の香り

 村に戻ると村人達から歓声があがる。歓喜の表情で俺たちを迎えてくれた。


 気象兵器の暴走は止まり人工の低気圧は消え去ったようだ。この島に閉じ込められていた人たちも解放されることになるだろう。


「まさか……本当に装置の暴走を止めてくれるとは。貴殿には感謝してもしきれない」


 タカノ大将が、何か信じられないものを見たような顔でこちらに近づいてくる。そして、その瞳には嬉し涙が潤んでいた。


「言ったじゃないですか。大丈夫ですって」

「装置は壊したのか?」

「いえ、無事ですよ。ただ、あの装置はかなりのエネルギーを必要とするので、もう稼働することもないでしょう。それこそ永久機関でもない限り、あのようなことはもう起きませんよ」


 ペンは回収したんだから、大丈夫だろう。


「貴殿らには龍譲帝国の民として感謝をする。なにか礼ができればいいのだが、なにぶん、この島には食糧すら厳しい状況だ」

「こちらは捜し物が見つかったので、目的は達することができました。お礼などはいりません。あなたがたの協力あってのことです」

「そうか……それはすまない。このタカノリキ、貴殿のことを一生忘れぬ。もしどこかで再会できたときは、貴殿の力になれるように尽力しよう」

「ありがとうございます。それで十分ですよ」


 俺とタカノ大将はそこで握手を交わす。この世界において、頼みを聞いてくれそうな知り合いを作っておくのは悪くはないだろう。


「もう行くのか?」

「ええ、ここに留まる理由もないですからね」

「食糧事情は厳しいが、嵐の壁から解放されたのだ。今日くらいは宴会のようなものを開くことができる。主賓として参加していただくことはできぬか?」


 俺は首を振る。もともと人付き合いは苦手だからな。


「まだ捜し物の途中なんですよ。タカノ大将、またどこかでお目にかかれるのを楽しみにしています」

「そうか……」


 俺が戦艦の方へと向かうのを、タカノ大将とその部下たちは再び敬礼をして見送ってくれた。


 世界を旅するのだから、またこの人とも会うことになるだろう。海軍大将とか言ってたし、その時、敵として出遭わないことを願っている。


 俺は、どこの国にも肩入れしないという立場を貫くつもりだ。下手をすると、すべての国を敵に回すという状況もあるだろう。できれば彼とは戦いたくなかった。


 途中、子供たちが「ありがとうお兄ちゃん」と大量にまとわりついてきたが、それは適当にあしらっていく。俺はそれほど子供好きじゃないしな。


 というより俺の頭の中は、これから描く使い魔のことでいっぱいだった。


 緑、そして杏の香り。


「緑のペンの属性はなんだっけ?」

「木属性ですね。植物全般だと思われます。たぶん、わたくしと相性が良いですね。ご主人さま」


 舞彩マイが楽しそうにそう答える。そういや、舞彩は土属性だからな、植物となると関連性があるのか。ということは、連携技とか使えるのかな?


「ナンバーは五だから、あたしの妹だね。愛瑠メルみたいなうっとおしい子じゃないといいな」


 と、恵留エルがさりげなく毒を吐く。こいつらは仲が良いんだか悪いんだかわからないな。


「木属性だと、魔法攻撃とかどんなのがあったっけ?」


 俺は舞彩にそう聞く。


「そうですね。蔦のような植物で相手を捕まえたり鞭のように攻撃したり、あとは毒とか麻痺系も木属性となるそうですよ」

恵留エルはなんか思いつくか?」

「えっと木属性ってなると、森の賢者とか……そうそうシャーウッドの森の首領かな?」「なるほどロビンフッドか。それならば弓が得意って設定もアリだな。おまえが格闘特化だから、支援攻撃が必要だろ?」

「うんうん。弓の支援はありがたいかも」


 恵留エルも楽しそうに反応する。こいつらは基本妹が出来るのを喜んでいるようだ。そこらへんが、既存のハーレムと違って和気あいあいとした雰囲気になる要因か。


 姉妹全員をハーレムか……あれ? 昔、そんなゲームなかったっけ? シスタープ……。いや、原作にハーレムエンドはなかったか。


「ご主人さま、イメージは出来上がっているのですか?」

「まあ、だいたいはな。杏の香りから逆算してイメージしてる。性格はどうなるかわからないけど、基本的には人懐っこい感じかな」

愛瑠メルみたいな?」


 恵留エルがちょっと顔を歪ませて嫌そうな顔をする。


愛瑠メルのは人懐っこいというより、物怖じしないマセガキだな」


 これは悪口ではない。最大限の褒め言葉だ。俺は割と愛瑠メルを気に入っているからな。あのぶっとんだ行動も言葉も。


 そうして艦に戻り、第一艦橋メインブリッジへの扉を開くと愛瑠メルがいきなりタックルをしてくる。じゃなかった、抱きついてきた。


「おっかえりなさーい。ハルナオさま」


 あまりのことで、少し蹌踉けてしまう。


「ああ、留守番ありがとうな」


 ぽんと愛瑠メルの頭に手を載せる。最近はこれが癖になりつつあった。女性不信は完全には治っていないが、こいつらに関しては素直にスキンシップがとれる。


「ハルナオさまって、メルのこと子供扱いしてるでしょ?」

「いや、どちらかというとペット扱い」

「ひどいですよハルナオさま。メルは女の子なんですから……あむあむ」


 と、俺の腕を甘噛みしてくる。うん、これ以上ツッコミを入れるのはやめておこう。



**



 名前はもちろん決めてあった。プレイアデスの七姉妹からアルキュオネーをもじる。


亜琉弓アルキュウ


 描いた線に光りが宿る。そしていつものように絵が実体化した。


 髪型はストレートのロングに、前髪は目の上あたりで綺麗に曲線を描いて切りそろえられたぱっつん。素直で純粋な大きなまん丸い目に、少し自信なさげな薄い唇。


 服装は清楚な感じが漂うカジュアルドレス。ブラウスは白でスカート部はグリーンだというのはイメージ通りかな。


 ワンポイントで、キャップタイプのニット帽を被らせた。


 大人しめの女子中学生JCという設定を活かしたコーディネートにしたつもりだが、わりといいなこれ。と、これがホントの自画自賛。


「まあ、かわいらしい」

「いい子そうだね。ハルナオ」

「メルのお姉さまにしては、少し頼りない気もしますが」


 実体化した亜琉弓アルキュウは、三人の姉妹に圧倒されて怯えたように口をパクパクとさせている。どうもうまく声が出ないようだ。身体も少し震えている。


「おまえら、亜琉弓アルキュウが怖がってるだろ。少し下がれって」


 俺は目の前にいる三人をどけると亜琉弓アルキュウの前に出る。


 こんな子を前にして、俺の我が儘である女性不信を発症するほど人間として終わってはいない。俺だって、異性が怖い気持ちはよくわかるんだ。


「ようこそ、プレイオネへ。俺らはキミを歓迎するよ」


 そう言って手を差し出した。まずは、この子を信じてやることから始めよう。もう、彼女たちの扱いに躊躇している場合じゃない。


「あ、あ、あの。ハルナオさんとお呼びしていいでしょうか?」


 伏し目がちな彼女の瞳。恵留エルも恥ずかしがり屋だったが、この子の場合は、内気な子と呼ぶ方が正しいのかも知れない。


「ああ、呼び方は構わないよ。こいつらは……って、知識は共有してるから、姉妹を紹介する必要はないか」

「あ、はい。右から、舞彩お姉ちゃんと恵留エルお姉ちゃん、そして愛瑠メルちゃんですよね?」

「そうよ。あなたを歓迎するわ」


 そう言って舞彩が嬉しそうに亜琉弓アルキュウを抱き締める。妹ができることを彼女は特に喜んでいたからな。


「わ、わ、わ……」


 困惑したかと思うと、顔を真っ赤にして軽くパニクっている亜琉弓アルキュウ。面白いなこいつ。


「そういや、愛瑠メル。おまえらの記憶の共有ってどの時点まで行ってるんだ?」


 それはふとした疑問。


「ああ、そのことですか。メルが実体化する前は、その寸前までのハルナオさまの記憶を見ることができましたよ。もちろん、ハルナオさまが何を考えているかまではわかりませんでしたが」

「ということは、亜琉弓は水龍との戦いとか、さっきの島でのやりとりも知ってるんだよな?」

「そういうことになりますね。まあ、そういう意味じゃ、メルはさきほどの島でのやりとりのことは、なんにも知らないんですよね。恵留エル姉さまの話に寄れば、舞彩姉さまを泣かせたそうじゃないですかぁ」


 メルが目を細めてじとーっとした視線を送り、俺を責めるような顔をする。


「いや、あれは……まあ、反省してるから」

「反省してるようでしたらメルには言うことはありません。けど、メルだってハルナオさまには自分を大事にしてほしいです。メルにはハルナオさまが必要なんですから」

「うん、悪かったよ」

「ですから、今晩夜這いに来て下さい」


 パシっと良い音がして、愛瑠メルの後頭部がはたかれる。


「あんたを邪魔するつもりはないけど、もうちょっと言葉を選びなさいよ。ハルナオ、ドン引きしてるよ」


 恵留エルが呆れたような顔をしていた。まあ、彼女の言う通りなんだけど。


「てへっ!」


 こんなところで誤魔化すような笑みを浮かべるのも愛瑠メルらしくもあった。


 まあ、そんなことより今は、新しく実体化した亜琉弓アルキュウを皆に馴染ませないとな。


 舞彩に抱きつかれていた亜琉弓アルキュウは落ち着いてきたようで、心地良い表情をしていた。


「舞彩お姉ちゃんってあったかい」

「落ち着いた? 実体化した直後は心が安定しないかもしれないけど、すぐに慣れるわ。それにご主人さまは、とってもいい人なの。あなたは安心して仕えることができるわ」


 そんな舞彩に亜琉弓アルキュウは小さな声で囁く。


「うん……知ってる」


 はっきりは聞こえなかったが、そんな風に言ったように思えた。


 落ち着きを取り戻した亜琉弓アルキュウが舞彩から離れると、俺の前に跪きこう告げる。


「わたし、亜琉弓アルキュウは、あなたのお役に立つことをここに誓います」


 礼儀正しい子だな。そういや、こんな風に儀式めいた事をする子は初めてじゃないか? 


 舞彩はまあ、すぐに動いてもらわなければならなかったし、恵留エルはちょっとぶっきらぼうだったよな。愛瑠メルにいたっては、初対面に近い状態で「魔力を注入してください」だもんな。


「あ、あの、何かおかしかったですか?」


 俺が思い出し笑いをしていたものだから、亜琉弓アルキュウ狼狽うろたえるように問いかけてくる。


「いや、亜琉弓アルキュウは真面目だなぁってさ、感心してたのさ。なあ、愛瑠メル


 俺は目で笑いながら愛瑠メルに話を振る。初登場で一番酷かったのはこいつだからな。


「メルの方がハルナオさまに対する愛は強いですからね」


 ダメだこいつ、わかってないな。


「おまえはもう少し、亜琉弓アルキュウの真面目さを見習えってことだよ」

「ぶー」


 そんな愛瑠メルの頭に手をのせる。よしよしっていう意味の頭を撫でるのではなく、自重しろよって意味で軽く抑えつけたのだ。


愛瑠メルちゃん。頼りないお姉ちゃんかもしれないけど、よろしくね」


 亜琉弓アルキュウ愛瑠メルに手を差し出す。それをしぶしぶと手を出して握る愛瑠メルの顔は、しかめっ面となっていた。少しフォローしておかないとな。


「こいつ、別に亜琉弓アルキュウのことが嫌いなわけじゃないから」

「うん、知ってるよ。愛瑠メルちゃんは誰よりもハルナオさんのことが大好きなんだよね」


 だいぶ場に慣れてきたのか、亜琉弓アルキュウの表情にも余裕が見えてくる。


「そうだよ」

「じゃあ、お姉ちゃんにハルナオさんの素晴らしいところを教えて」

「え? う、うん、もちろん」


 予想外に亜琉弓アルキュウが妹と仲良くなろうとしている。刻み込まれたナンバリングの力なのだろうか?


 これで魔法のペンは四本。残りは三本か。とはいえ、戦艦の方の兵装はまったく集まってないからな。まだまだ先行きは不安である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る