第36話 永久機関

「いきますよ。どうかご無事で」


 舞彩マイのその言葉を合図に、俺の身体が空へと投げ出される。それは放物運動を描き、最高点で巨人の頭の上に達した。


 そのタイミングで予め背中に背負っていた小型の水素発生装置のボタンを押し、バルーンにガスを入れる。これは予め魔法のペンで描いて実体化したものだ。


 安全性とか考慮しなくていいので、ヘリウムより浮遊力の高い水素を選んだのである。まあ、実体化すべき候補として、小型のドローンとかいろいろ考えたが、単純な作りの方が失敗はないだろう。


 ビジュアル的にはちょっと格好悪いが、贅沢は言ってられない。


 バルーンにつり上げられふわりと身体が浮かび上がる。身体が安定して、銃で狙いを定めるのには十分だった。


 ここから巨人の頭部の少し前方を狙いグレネード弾を撃ち込む作戦だ。今、巨人の防御は恵留エルのおかげで前方に向いている。後ろから狙うよりは頭上からの方が、目にダメージを与えやすいだろう。


「いっけぇえええ!!」


 引き金を引くと、グレネード弾が発射されて巨人の頭部に命中した。


 その瞬間、爆発が起こり、巨人が狂ったように暴れ出す。さすがに頭部の破壊はできなかったか。それでも目を潰すことは成功したようだ。


 巨人は周りが見えていないので、これは攻撃を仕掛けるチャンスだった。


恵留エル! 一旦退いて近接用の魔法を用意しておいてくれ。舞彩、建設魔法で土を少し盛り上げて巨人を転ばせろ。場所はランダムでいい。倒れ込んだらゴーレム何体かで抑え込め」

「わかった」

「了解しました!」


 ただでさえ我を失っている巨人は、足元のちょっとした突起で易々と倒れ込んでしまう。それを重量のある舞彩のゴーレム何体かが巨人の身体の上に乗っかり、身動きをとれなくした。


 そして、恵留エルが余裕を持って再登場。彼女の手には炎属性魔法剣ファイア・アトリビュート・ソードが握られている。


「ハルナオ。トドメを刺すよ」

「頼む」


 空気中の温度がグンと上がり、恵留エルの炎の剣が輝きを増す。そしてそれを巨人の頭に突き刺した。


 すでに魔法は完成しているので、これ以上呪文を唱える必要はない。


 怒号のような悲鳴を上げながら巨人が燃え上がっていく。あの魔法は剣を刺した内部から相手も燃やし尽くすものだ。


 俺はバルーンの数を減らしながら地上へと降りると、恵留エルを賞賛してやる。


恵留エル。よくやった」


 彼女のすっきりした顔がこちらに向く。前のように恥ずかしがることもない。成長したというよりは、信頼関係を築けたと言った方がいいか。


「うん、やったよ。ハルナオ」


 恵留エルが近づいてきてギュッと俺に抱きつく。もう彼女にわだかまりはなかった。俺も自然と抱き返してやる。


「うまくいったな」

「ハルナオもありがと」


 敵を倒したことで一安心するが、よく考えればまだまだ危険は去ってはいない。


「さすがに巨人は一体だけだよなぁ」

「そう願うだけですね」


 舞彩が苦笑した。ステージボスみたいに一体で終わりなんて都合のいいことはないだろう。


 俺たちは警戒しながら、さらに歩みを進める。が、実験施設に到着したところで、とんでもないものを目撃した。


 一メートルほどの地面の小さな穴から、次々と湧き出す魔物。だが、湧き出した魔物はすぐに隣にある直径三メートルほどの鉄の輪を通り、そのまま消失してしまう。


 その鉄の輪は何か大きな装置へのエネルギー供給をしているようで、それは天へとお椀部分を向けるパラボラアンテナのような形をしていた。


 その大きさは百メートルくらいはあるだろうか。


「これが気象兵器の実験機か」


 穴から沸き出した魔物は何百匹に一匹くらい、鉄の輪に吸収されずにぼとりと地面に落ちる。


 今、たまたま溢れたのは小鬼ゴブリンだ。穴から沸き出す魔物は何十種類もいた。こうやって隣の鉄の輪に吸収されずに漏れる魔物は、まるでスマホゲームのガチャのようなのかもしれない。


 俺は小鬼だったことに安心すると、そいつに向けて即座に弾を撃ち込んだ。


 なるほど、俺たちを襲ってきていたのはこうやって溢れた魔物だったのか。


「ご主人さま。ペンの場所がわかりました」

「どこだ?」

「あの魔物が湧き出る穴の側ですね。少し掘り返せば出てくると思いますよ」


 と、舞彩がその方向を指さして足を止める。恵留エルも同様に近づくのを躊躇しているようだ。


「もしかして、おまえらもあの鉄の輪に近づいたら吸い込まれるのか?」


 使い魔である彼女たちは魔力の塊だ。あの装置が魔物に含まれる魔力をエネルギーとしているのなら、彼女たちを近づけるのは危険だった。


「可能性は高いかと思われますが、注意していれば平気かと」


 舞彩のことだから自分が犠牲になることも厭わず付いてきてくれるだろう。だが、少しでも彼女たちが消失する危険性は排除しておいたほうがいい。


「いや、おまえたちはここで待機だ」

「ですが、まだ魔物は湧き出てきています。小鬼ではなく、さきほどのような単眼巨人サイクロプスが溢れてしまったら」

「まあ、そんときはなんとか逃げるよ」

「危険です」


 舞彩の表情は険しくなる。俺の身を案じてのことだろう。


「……おまえらも危険だろ? とりあえずここで待機だ」

「それはご命令ですか?」

「……命令だ」

「……」


 俺の命令に不満げだったのか、何か言いかける舞彩。だが、悔しそうに俯いて視線を逸らしてしまう


 俺としては、彼女たちをここで失うわけにはいかないのだ。だから、強引に命令を下しただけ。


 少しばかり強引だったかなと、反省しながらも歩き出す。銃があるから溢れた魔物一体くらいなら簡単にほふれるだろう。自分のことくらいは自分で守るべきだ。


 ただし、確率的には大型の魔物も溢れる場合がある。その場合は、即行で逃げないとマズイ。


 緊張感しながら俺は歩みを進め、振り返ると、それを不安そうに見守っている舞彩と恵留エルの姿が窺える。


 大丈夫だという意味で彼女たちに笑いかけた。


 さらに進んで、魔物が湧き出る穴の寸前まで到達する。湧き出た魔物がすごい勢いで消えていくというシュールな状態。そんな尋常でない様子は近くで見るとさらに迫力があった。


 まるで永久機関だな。沸き出した魔物をそのまま燃料として使っているんだ。


「これかな?」


 微かに香る果物の香り。こんな場所で甘い香りがするなんて魔法のペン以外に考えられないだろう。


 犬のように地面をクンクンと匂いを嗅ぎ、場所を特定する。


 甘酸っぱい香りはどこかで嗅いだことのある懐かしい匂い。これは杏?


 ポケットに入れていたスコップ(これは前もって実体化しておいた)で、地面を掘るとすぐにペンが出てきた。


 色は緑。


 土を払うとキャップの頭に数字が書いてあるのが見える。【5】と書いてあった。ということは愛瑠メルの一つ上の姉で、恵留エルや舞彩の妹ってことか。


 俺がペンを握った時点で魔力制御が効いたのだろう。穴はいつの間にか閉じていて、魔物の姿は消えていた。


 さらに穴のあった場所から岩のようなクリスタルの塊が突き出ている。なんだろうと俺が触れると、その綺麗な輝きは瞬時に真っ黒の岩の塊へと変化していく。


 何が起こったかわからないが、これで魔物が湧き出なくなったことは、なんとなく理解できる。


 しかしまあ、魔物をそのまま燃料にするとは、どんだけ狂った研究をしてたんだ? ここは。


 ということは、魔物とはやはり魔力の塊。逆に魔力は魔物にもなり得るのだろうか? いや、魔法のペンで実体化した舞彩たちは邪悪な存在ではない。


 ならば魔力は使用者に左右されるのか? ここらへんは俺の頭の中だけで考えてみても答えは出ない。


「とりあえずミッションコンプリートだな」


 俺はおちゃらけながら舞彩たちの元へと戻る。が、彼女たちの表情が穏やかではない。


「ご主人さま……あまり心配させないでください。ハラハラしましたよ。本来なら危ない役割はわたくしたちが行うべきなんです」

「そうだよ。ハルナオになんかあったら、あたしたちも消えちゃうんだよ」


 せっかく魔法のペンを見つけてきたというのに、二人に責められるとは……。


「まあまあ、俺はケガしても舞彩に治してもらえるからな。それに俺が動いた方が効率がいいだろ?」


 舞彩たちが消えてしまうよりはずっといい。


「それでも……わたくしたちの気持ちを、お考えいただければありがたいです」


 舞彩が再び顔を俯かせる。感情的になりそうな言葉を必死に抑えているようでもあった。


「舞彩?」


 声をかけるとそのまま後ろを向いてしまう。まるで、少し前の恵留エルだな。


「ハルナオぉ。舞彩姉泣かしたぁ」

「え?」


 急いで舞彩の正面に回り込むと、彼女は本当に涙を流していた。俺、泣かすようなこと言ったっけ?


「えっと……」


 思わず言葉に詰まってしまう。どう言えばいいんだ?


「ご主人さまはもっとご自分を大切にしてください。わたくしたちには、あなたが必要なんです」

「ごめん、つい」


 そりゃそうだな。主人の安全は彼女たちにとっては最優先のことだろう。調子に乗りすぎたのは反省している。


「それからズルいです」

「ズルい?」

「だって、ご主人さまに命令されたら、それに従わないわけには、いかないじゃありませんか」


 そうだな。彼女たちは基本的に使い魔である。あるじの命令は絶対なのだ。それって、ある意味パワハラだよな。これは猛省せねば……。


「悪い。これからは……そうだな。もう少し考えてから指示を出そう」

「絶対ですよ」


 舞彩が俺の両手を掴み、真剣な眼差しでそう訴える。


「ああ、約束するよ」


 俺としても戦闘はなるべく避けたい。早いところ戦艦の主砲でも見つけて無双したいものだよ。まったく……。

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