第35話 魔物

 タカノ大将のおかげでこの世界の情勢が理解できてきた。あの海賊、というか脱走兵の話もそこそこは合っていたらしい。


 さらに彼の国の苦しい状況もわかってくる。タカノ自身は開戦には反対だったらしいが、そうせざるを得ない事情があったようだ。


「月采陛下が亡くなられてから、みかどの地位はその孫娘である那由多さまがお引き継ぎになった。じゃが、議会の方の力が強まって開戦をする以外の選択肢がなくなった」

「理由は?」

「新鉱石の発見と魔物じゃよ」

「新鉱石とはなんですか? 魔物とは?!」


 何か頭の中で今までの事柄と繋がりそうな気がして、思わず言葉に力が入ってしまう。


「まあ、落ち着け」

「はい、すみません、興奮して」

「我らはそれまで化石燃料による繁栄をしてきた。じゃが、キアサージやインフレキシブルとの国交が悪化してな。それらの燃料を輸入できなくなったのじゃ」


 どこかで似たような話を聞いたことがある。まあ、俺の世界とは単純に比較はできないだろう。


「もしかして、代替エネルギーとなる新鉱石をめぐって争っていると?」

「我が国にとっては死活問題だからな。それに、新鉱石は化石燃料の数百倍のエネルギーを得ることができる」

「つまり、他の国も化石燃料から、そちらの新鉱石への転換を図っているのですね?」

「そういうことだ。その結果、各国はその採掘場を自分の領土にしようと争っている。今はまだ動力の転換にしか利用されていないが、そのうち強力な兵器に使われることになるじゃろう。まあ、それも時代なのかもしれない」


 タカノ大将は大きな溜息を吐いた。強力な兵器については、彼も危惧を抱いているらしい。


「もしかして、その新鉱石は魔物と関係しているのですか?」

「そうじゃな。新鉱石の採掘できるところには魔物が出る」

「その魔物って、小さい小鬼のような化け物でしょうか?」

「そういう、ちっこいのもいるらしいが、脅威となる魔物は数百種類確認されているという。その中には龍のようなものもいたという話じゃ」


 俺たちの戦ってきた魔物と一致する。ということは、あれらは突然この世界に現れたといっていいのだろう。その原因はあの戦艦……というより、あれを作った魔導師がもたらしたものか? 魔法のペンや兵装から漏れ出した魔力が魔物を発生させているのだろうか? これもまだ仮説でしかなかった。


 まだまだ謎は多い。


「この島にも魔物は出るんでしょうか?」

「ああ、数は少ないがたまに村を襲うこともある。じゃが、大抵は儂らが退治するがな」

「その魔物ですが、この方角から来ますか?」


 俺は持っていた島の地図をテーブルの上に載せる。そして指は×印へと触れた。


「丘の上の実験施設のあるところか。そうじゃ、そちらから来る」

「実験施設ですか?」

「そうじゃ。陸軍の作った気象兵器とやらがここにあるはずじゃ。新鉱石を使った兵器らしいが、さっきも言った通り暴走状態でな。しかも、そこに近づくにつれ魔物は多くなる」


 ということは、やはり魔法のペンがある可能性は高い。だとしたら、俺たちがそれを手にすることで魔力の漏れは制御されるはず。


「もしかしたら、暴走を止められるかもしれません」

「どういうことじゃ?」

「私たちの探しているものに関連していると思われます」


 そう言って魔法のペンを見せる。といっても、他の者にはただのペンにしか見えないだろう。


「それが貴殿らの探し求める物か? ただの万年筆のように見えるが」

「そうですね。私以外の人間が扱えばただのペンでしょう。ただ、これは特殊な技術で作られています。そして、たぶん新鉱石以上の力を持つでしょう」


 試しに紙に小さな蝶を描く。そしてそれはすぐに実体化した。


「手品ではないな……魔法というものなのか。儂は初めて見たが」

「このペンにはこのような能力が隠されています。それこそ、この世界の物理法則をねじ曲げてしまうほど」


 タカノ大将はハッとしたような顔で、何かに気付く。


「そのペンが原因で装置は暴走していると?」

「ええ、その可能性が高いですね。燃料がなくなれば装置も稼働できなくなるはずですから」

「じゃが、装置の近くには魔物が出るのじゃ。近づけまい」

「小鬼程度でしたら、私たちの敵ではありませんよ」

「ちっこいのだけではない。一つ目の巨人もいるのだぞ」


 小鬼ゴブリンと、あと単眼巨人サイクロプスのことだろう。まあ、それくらいならなんとかなるな。


「私たちにお任せいただければ問題ありません」

「うーん……儂が止めても行かれるのじゃろう」


 彼は腕を組んで渋い顔をする。


「ええ」

「気をつけなされ。巨人には銃が効かない。一度だけ村を襲ってきたことがあるが、倒すのにかなり苦労したわい」



**



 俺たちは村を出ると、研究施設へと向かう。タカノ大将とその部下たちが途中まで付いてくると言ったので、危険だからと断る。


 だが、食い下がってきたので、舞彩マイにゴーレムを召喚させたら黙り込んで納得してくれたようだ。


「なるほど、貴殿らは我らとは違う世界の人間だったのか。そういえば、異界の技術がどこかに隠されていると兵たちの間で噂になったことがあったな」


 あの宝の地図のことだろう。だが、それを作成したのは誰なのか? まあ、そこらへんはおいおいわかってくるだろう。


「まあ、そういうことですので、安心して待っていて下さい」

「サエキ殿、ご武運を」


 タカノ大将とその部下は敬礼で俺たちを見送る。


「いくぞ」


 ストックしていた銃の絵をポケットから取り出し、タイトルを付ける。『M4カービン』とカービンに装着するタイプの『M203 グレネードランチャー』。


 これなら二つの銃を持たなくても、連射とグレネードの使い分けができる。しかも、弾は無限に近いからリロードいらずで楽ちんだ。


 実体化した銃を構え、ゴーレムに乗り込む。


「舞彩は右手を、恵留エルは左手を警戒してくれ」


 それぞれが頷き、目標に向かって進んでいく。


 丘を越えて、川を抜けると小鬼ゴブリンたちが攻撃をしかけてきた。数はそれほど多くないが、うっとおしくはある。


 小鬼はそもそも屋外で平地であれば、脅威にはならない。なったとしても数が多い場合だけだ。今のところ、数十匹程度の小鬼しかみかけない。


 俺たちがいた島のゴブリンに比べれば楽勝な数だった。


「ご主人さま! 単眼巨人サイクロプス出現。右前方です」


 立ち上がるようにぬっと顔を出した化け物は、その大きな目でこちらをジロリと見てのっそりと歩き出す。


 イージーモードだと思ったけど、ステージボスくらいの難易度だな。


 とはいえ、わりと行動はトロそうにも見える。一気に攻撃するか?


 俺はすぐにその考えを却下する。舐めプ、つまり舐めたゲームプレイのようにお遊び感覚でやるのは危険だ。敵の強さがわからないうちは慎重にいかなくてはならない。


 だとしたら、敵を解析可能な愛瑠メルも連れてくるべきだったか? いや、これくらいなら俺たちで対処できるはずだ。


恵留エル、まだ巨人に仕掛けるなよ。舞彩、ゴーレムをもう一体召喚して、あいつにぶつけてみてくれ」

「うん、わかった」

「了解しました」


 舞彩が呪文を唱え、ゴーレムを作り出す。そして、それはゆっくりとした動作で巨人に向かっていった。


 俺としては、両者が両手を掴んで、力比べをするような感じを想像していた。


 だが、近づいたゴーレムを巨人は右手に持った棍棒で殴りつける。そのスピードはかなりなものだった。ほとんど一瞬でゴーレムか粉砕される。


「わりと強敵だな」


 あれでは不用意に近づいたらやられてしまう。こういう時の定石は、遠距離から相手の弱点を突くこと。


 ゲームとかだと、コアとかわかりやすい目印があるものだが、現実のモンスターにそんなものはない。ならば、生物としての一番弱い部分を狙うのみ。、


恵留エル。距離をとって、魔法攻撃だ。火球ファイヤーボールをあのデカい目に当ててやれ」


 恵留エルは頷くと、巨人を牽制しながら魔法を撃っていく。だが、巨人はそれを片手で防御しながら、もう片方の手に持った棍棒で彼女を攻撃する。


「ハルナオぉ。こいつうっとおしいよ!」


 魔法は巨人の腕で防御され、リーチのある棍棒をブンブンと振り回して恵理を追い詰めていく。


 まずいなコレは。恵理がやられないうちに次の手を打っておくか。


「舞彩、分解魔法デコンポーズで落とし穴を作れるか?」

「巨人の動きがもう少しゆっくりならいいのですが、あの魔法は発動までに時間がかかります」


 効果的に使うには巨人の動きを止める必要がある。他の方法を考えよう


「……」

「いかがなされます?」


 となると、俺の切り札を使うパターンか。よし、覚悟を決めよう。


「舞彩。俺をあの巨人の頭の上あたりに投げるよう、ゴーレムに命令してくれ」

「危険です」


 即座に舞彩は声を上げる。その眼差しは主人の身を案じるような不安そうな顔だ。


「ちょっとした実験だ。恵留エルが注意を引いている。やるなら今だ。これは命令だよ」


 ズルい方法だが、彼女たちは俺の命令には逆らえない。使い魔として実体化されたのだからな。


「わかりました」


 舞彩は俺から視線を逸らして少し俯き、苦渋の表情でそれを了承する。彼女の操作で、俺の乗っているゴーレムの右腕が掌を上に向けて地面に触れた。


 ゴーレムの頭部から、その掌の上へと飛び降りると舞彩に向かって「準備はいいぞ」と手でオッケーサインを見せる。

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