第34話 約束ですよ

「ならば、何が何でもそこの場所に向かわないと。愛瑠メル、場所の特定はできてるんだよな?」

「はい。周囲十キロほどの孤島ですが、人が住んでいる形跡があります」


 人と会うとなると、始まりの島で出会ったあの海賊と囚われていた女の子たち以来だな。


「ん? じゃあ島民は島から出られずにいるのか?」

「そのようですね。この嵐を航行できる船なんてないんじゃないですか?」

恵留エル、操舵に問題はないか?」

「うん、今のところ問題ない。船も安定してるし、たぶん、ひっくり返ることはないんじゃないかな? 慣性制御のおかげで」

「そっか、船全体にも慣性制御システムがついているのか」

「うん。あと、舞彩マイ姉の扱う防御管制で強風を相殺してくれてる」


 右後ろを振り返ると、舞彩が無言で微笑む。任せてくれといわんばかりに。


 そういやバリヤは単純に敵の弾を跳ね返すんじゃなくて相殺したり、一部分に集中して相手にダメージを与えることも出来るんだったな。


「よし、進もう。恐れるものは何もない!」


 威勢良く言ったものの、この状態で水龍とか出たらヤバイな。


「大型生物の監視も続けていますから安心してください」


 俺の不安に気付いたように、舞彩がそんな言葉をかけてくる。


「ああ、小型の魔物でも不審な生命体を見つけたらすぐに知らせてくれ。なるべく嵐の中じゃ戦いたくないからな」

「了解しました」

恵留エル、とりあえず速度を落として船の安定を最優先に。いけそうだったら、最大船速までもっていってもいい」

「うん、わかった」

愛瑠メル、中心部にいけば嵐は収まるんだろ?」


 これが発達した熱帯低気圧、つまり台風であるならばその目が存在する。


「はい、中心部直径二十キロの範囲に雲の無い空洞部分が確認できます」


 この戦艦の性能を信じれば容易にたどり着くことができるはずだ。それから数時間、嵐の中を進むと、目の前に光が見えてくる。


 そして次の瞬間、青空が見えた。ついに中心部近くに到達したようだ。


「島まであと五キロです。島民の何人かはこちらの艦に気付いたみたいですね」


 愛瑠メルがそう報告する。さすがに見つからずには近づけないか。


「舞彩、レーダーに艦影は?」

「漁船のような小型船がいくつか見えますが、軍艦らしきものはないようです。大型の漁船でも三十メートルくらいですか」

「今さらこの艦の存在を隠しても仕方が無い。このまま接岸しよう。愛瑠メル、どこか適当な場所はあるか?」

「はい、正面の浜に漁港がありますが、浅瀬なのでこの艦だと座礁する可能性が高いですね。西周りに回ったところに入り江があります。そこならこの艦でも接岸できるかと」

「わかった、そこに着けよう。恵留エルに座標を送ってくれ」

「了解。恵留エル姉さま送ったよ」

「うん、わかった。ここに停泊するのね」

「そうだ。よろしくな」


 そんな感じで船を島へと接岸する。


 入り江にはこの島の人間と思われる人たちが集まり始めていた。


 子供を含め百人くらいは集まっているだろうか。年寄りが少ないので、ここに全員が揃ったというわけではないのかもしれない。


 ひとまず皆、席から立ち上がって第一艦橋メインブリッジの中央部で打ち合わせをする。


「舞彩と恵留エルは俺の護衛としてついてきてくれ」

「了解しました」

「うん、わかったよ」


 二人はすんなりと了承してくれる。まあ、攻撃と防御・治癒をパーティーに含めるのは鉄板だ。


「メルはぁ?」

愛瑠メルは、艦に残って緊急時に対応してくれ」

「えー、またメルお留守番ですかぁ?」


 そんな不満げな愛瑠メルに、舞彩が優しく窘める。


愛瑠メル。ご主人さまはお考えがあっての命令なの。それにこの艦を一人で動かせるのは今のところ愛瑠メルだけなのよ。お願い」


 さすが長女なだけはある。


「ぶー」


 愛瑠メルはまだ機嫌が直らないらしい。


「だいたい愛瑠メルはワガママなんだよね」


 恵留エルが嫌味っぽくそう言うと、愛瑠メルはそれに噛みつく。


「姉さまたちばっかり、いつもハルナオさまと出かけてるじゃない」

「別に独り占めしてるわけじゃないでしょ」

「そうだけど……」


 これは泥沼化しそうなので、俺が仲裁に入るしかないな。


愛瑠メル。機嫌直せって」


 そう言って彼女の頭に手を載せる。


「……」

「この艦には愛瑠メルが必要なんだよ。もうちょっと人数増えて余裕ができたら、おまえにも外の世界を見せてやるから」

「……」

「これから見つけるアイテムはたぶん、×印だから魔法のペンだ。人数が増えることになるぞ。今度は愛瑠メルを留守番にしなくてもいいかもしれないんだぞ」

「ほんとうに?」

「ああ、今は少人数だから愛瑠メルにいろいろと負担をかけてるかもしれないけど、絶対外に連れてってやるから」

「約束ですよ」

「うん、約束だ」


 と俺は小指を出して愛瑠メルの指を絡めようと屈んだところで、「誓いのキスですぅー!」とメルの顔がぶつかってきた。


 キスじゃねえだろこれ。



**



 タラップを降りると、五十代くらいの一人の男性がこちらへとやってくる。年の割には背筋のピンとした、剛健さを感じられる男だった。


「貴殿はどこの国の者だ? 見たところ我らと同じ人種のように思えるが」

「私は……そうですね。旅の者と言っておくのが無難でしょうか。どこの国家にも所属していません。それから、予め言っておきますが、あなたたちと争うつもりはありませんよ」


 年上の男性ということで、ついつい社会人的なマナーを思い出し敬語となってしまう俺。


「ずいぶんと大きな船だな?」

「ただの船ですよ。見ての通り兵装はありません」


 戦艦とはいえ、砲塔の類はないのだから、この島を侵略しにきた軍艦と思われることもないだろう。


 男はしばらく船を眺めたあと、俺に向き直る。


わしはタカノと申す。貴殿の名と、この地に来た目的を聞こう」

「私は冴木春直といいます。ここには捜し物を求めて参りました」


 そこで周りからため息のようなものがこぼれる。一人ではなく集まってきた大勢の人たちからだ。


「助けに来たというわけではないのだな?」

「ええ、実はとある地図を見つけて、この場所へ来ただけなんです。助けにというと、あの嵐が関係しているのですか?」


 男は一瞬考え込むように視線を逸らすと、彼もまた溜息を吐き、こちらを向く。


「この島は陸軍の実験施設があった。だが、実験していた装置が暴走して制御不能になったのじゃ。儂は海軍だったからのう、その話は小耳に挟んだ程度の知識しかなかった。たまたまこの上空を飛んでいる時に、その実験に巻き込まれてこの島へと不時着して閉じ込められたのじゃ」


 なるほど、その佇まいはただ者ではないと感じていたが、軍人だったのか。


「あなたは海軍の人なのですか?」

「儂は龍譲帝国海軍の大将まで成り上がった男。じゃが今は、単なる島民の一人でしかない」


 タカノ大将は自嘲するように笑みを浮かべる。


「詳しくお話をお聞かせいただけませんかね」

「よかろう。こちらも貴殿には聞きたいことが山ほどある」


 俺たちは近くの村まで案内された。そして、その中で一番大きな屋敷に入る。


 屋敷というより研究施設といった方がいいのだろうか。明らかに周りの木でできた家とは違ってコンクリートでできたような頑丈な建物だった。


「こんな所に連れてきていいんですか? ここは軍の研究所では?」


 俺は建物の作りを見回しながらタカノという男に問いかける。


「研究所といっても陸軍のじゃ」

「その陸軍の人たちは?」

「九割は逃げて、逃げられずに海の藻屑となった。あとの残りはここに立てこもって、実験施設ごとこの島を葬ろうと必死じゃったからのう」

「島ごと?」

「そうじゃ、島民全員皆殺しにしても実験装置を秘密にしようとしたんじゃな」

「なるほど、タカノさんは島民を守る為に陸軍と戦ったと」

「まあ、馬鹿な事したもんじゃと後悔もしちょる。じゃが、この島が守れたことは儂にとっては誇りじゃ。儂の娘婿がここの出身らしいからのう」


 奥に通されると、そこは応接室のような場所だった。


 高級そうなソファーが二つ。どちらも四人掛け程度の大きさ。デザイン的にヨーロッパの工芸品に似ていた。


「さあ、座りたまえ。レニシ茶くらいしかないが、ごちそうするよ」


 男に促されて俺たちは座る。


「そちらのご婦人方にもお名前を伺っておいた方がいいかな」


 老人は楽しそうに顔をくしゃりとする。


「わたくはご主人さまにお仕えしております舞彩です」

「あ、あたしもこの人に仕えてる恵留エルです」


 恵留エルはそのまま俯いてしまう。基本的に男が苦手だもんなぁ。


 ソファーに座ると、かなり心地よさがある。程よい柔らかさと固さが同居した最高級品といっていいほどの家具。


「気に入ったか? サエキ殿。そのソファーは陸軍がヴィッテルスバッハから取り寄せたそうじゃよ。あいつら、余計な所に金を注ぎこむからのう」


 もしかして、海軍と陸軍って仲悪いのかな。似たような話をどこかで聞いたことがある。それからヴィッテルスバッハというのは、これもどこかで聞いたな。


「ヴィッテルスバッハ?」

「我が龍譲帝国と同盟を結んでいる北方の国だ」

「そういえば龍譲帝国は戦争をしているのですね」

「龍譲だけではない。世界中の国で争いが起きておる。今、静観してるのはロスチスラフの奴らくらいじゃろう。じゃが、機を見て参戦してくるに決まっとる!」


 俺は舞彩と顔を見合わせる。静かに首を振ったので、ロスチスラフという単語は初めて聞く単語なのであろう。


「私はどこの国にも属していないせいで、世界の事情を知りません。どうかご教示いただけないでしょうか?」


 俺は世界地図をコピーしたものをテーブルの上に載せ、男の顔を見る。


「なるほど、サエキ殿は世捨て人か何かなのかな?」

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