第15話 親愛なる闇の精霊ちゃん

 次の日、舞彩マイには城の修復作業を頼み、恵留エルには島の探索をお願いした。


 恵留はいつも通りのぶっきらぼうに戻っていたが、多少は距離が縮まった気がする。


 そして今日の本題。


 さっそく愛瑠メルの魔法を試してもらうことにした。


 彼女が持つ探知魔法ディテクション及び解析魔法アナライズ。これは、半径二キロ以内にあるものを探知し、解析するのだ。


 といっても、最初に何を感知するのかを指定してやらなければならない。


「愛瑠。探知すべきはこれだ」


 俺が愛瑠に差し出したのは魔法のペン。


 今までに三つのペンを見つけた。魔法使いは七つ作ったと記されていたので残りは四つ。


 この島は無人島で周囲は四キロほどの小さな島だ。


 愛瑠の探知魔法を数回使えば、残りのペンも探せるだろう。そうすればこの島に用はない。あとは脱出を考えるだけだ。


 風の属性を持つペンで飛行魔法フライが使える使い魔を描けば、この島を出ることは簡単である。


 最初は、三つのうちのどれかのペンで船を描いて海に出ればと考えたが、そういえば無機物は一日しか実体化できない。毎日船を描いて乗り換えるなんて、面倒ではある。


「親愛なる闇の精霊ちゃん。あの魔法のペンを探して!」


 愛瑠の呪文は……なんというか、そのまんま「お願い」だな。思わずくすりと笑ってしまった。


「あー、ハルナオさま。笑いましたね。仕方ないじゃないですか闇の精霊ちゃんはフレンドリーに接しないといけないんですから」

「なんでだよ?」


 思わずツッコミを入れてしまう。


「闇の精霊ちゃんは寂しがり屋なんですよ。邪険に扱うと拗ねちゃうんです」


 電波な人っぽいな……うん、ツッコまないでおこう。


「それで、探している物は見つかったか?」

「もうちょっと待って下さい……はい、結果が出ました。えと……ないですね」


 最初は城の前で行った。ここからでは島の半分くらいしか探知できないはずだ。反対側からも探知するか。


「よし、廃村の手前あたりまで行こう」

「えーと、廃村というと島の南東部の端ですよね?」

「そうだ」

「歩いて行くんですか?」

「ああ、他に何かあるか?」

「メルは虚弱体質なんです」

「は?」

「闇の精霊ちゃんが常にわたくしの力を奪っているんですよ」


 そういや、闇属性の魔法って、攻撃系だとシャレになんないくらい強力なものがあったよな。そういうのも原因なんだろうか?


「そうなのか?」

「だから、あまりメルは長時間動くことができないんです。姉さま達たちより魔力の消費が激しいんです」


 それはマズいな。通常なら二週間持つ魔力が減ってしまうわけか。舞彩にゴーレムでも出してもらおうか……と思ったけど、彼女は城の修復をやってるんだっけ。


 恵留は小さな身体のわりに力持ちだし、愛瑠を背負ってもらおうと思ったが、彼女には食材の確保と、俺たちとは別な側面からの魔法ペンの探索を指示してたな。


 しかたがない。


「ほれ、乗っかれ」


 俺は愛瑠に背を向けてしゃがむと、そこに乗るように促す。


「わーい!」


 愛瑠が背中に飛び乗ってくる。舞彩と違って、女の子らしい柔らかさは少ないが、背も小さいこともあって軽い。あと、甘い匂いが一気に香ってくる。


「あんまり暴れるなよ」


 そう背中に向けて注意すると、愛瑠がぎゅっとしがみついてくるのが伝わってきた。背中にあたる柔らかな感触は……あまりない。そういう設定で描いたからな。これも一つの女の子の魅力だ。


「さあ、行きましょう!」


 元気いっぱいに愛瑠が言う。

 彼女は軽いので、背負って移動する負担にはならなかった。


 森を突っきり、数十分で廃村の手前まで来る。この辺りからなら、島のあと半分を探知できるだろう。


「親愛なる闇の精霊ちゃん。あの魔法のペンを探して!」


 愛瑠のその言葉は、やはり呪文には聞こえない。まあ、コミカル寄りの精霊使いと思えばこれもアリかな? そんなことを考えてしまう。


 探索系の魔法は効果が出るまで時間がかかるので、しばらく待ってから愛瑠に聞く。


「どうだ?」

「ないみたいです。残念ながらこの島には他のペンは存在しないようです」


 やはりそう簡単に見つからないか。多少は予測していた事だった。


「しかたないな。帰るか。戻ったらこの島の脱出方法について考えよう」


 帰りもまた愛瑠をおんぶして歩いて行く。まあ、軽いから余裕なんだけどね。あと、なんだか妹か娘が出来た気分だ。


 途中で、恵留にばったり会う。


「あ、恵留。どうだ? 探索と食材の確保は」

「ペンの方は見つかんなかった。けど、食材は手に入れたよ。根菜も見つけたし、今晩はシチューにするから……って、愛瑠なにやってんの?!」


 俺に背負われている愛瑠に気付いた恵留が急に大きな声をあげる。


「なにって、ハルナオさまの寵愛を受けているんです」


 寵愛って……。おい!


「あんた。変な事をハルナオに吹き込んだんでしょ?」

「はて、変なこととは?」

「ハルナオ。愛瑠に何を言われたの? なんでわざわざ背負っているの?」


 恵留が半開きの目で、軽蔑するかのようにこちらを見る。


「いや、だって、この子虚弱体質だって」

「虚弱体質?」

「闇の精霊に力を奪われているからって」

「ハルナオ、それ嘘だから」

「え?」

「あたしたち使い魔は精霊の力を借りるけど、本当に借りてるだけだよ。例えばあたしの炎の魔法は、炎の精霊の力を借りている。で、その炎の精霊自体の力ってのは、自然界から吸収しているの。だから、使い魔からわざわざ魔力なんか吸収しなくても精霊の力の源は無尽蔵にあるの。大魔法使って無茶しない限り、常に減るなんてことはないよ」


 あれ? もしかして俺って騙された。


「愛瑠? どういうことか説明してくれるかな?」


 俺は彼女を背中から降ろすと、見下ろすように目を向ける。別に怒っちゃいないけど。


「てへっ!」


 愛瑠は笑いながら舌を出して誤魔化そうとする。まあ、かわいいから許してやってもいいけどな。


「誤魔化さないの愛瑠!」


 恵留の怒りは治まらないらしい。といっても、俺は別に何か被害を受けたわけじゃないし、女の子を背負って歩くという経験はわりと心地良かったからな。


 まあ、恵留も軽いだろうけど、背負うにはちょっと厳しいか。メンタル的に。


「まあまあ、騙された俺も悪いから」

「そうだよ、騙されるマヌケなハルナオも悪いんだよ」


 そう言った恵留の瞳から涙が流れる。それは本当に突然だった。


「恵留。どうしたんだ?」

「だって、あたし。まだ、ハルナオに触れたことがないのに」


 そうだった。彼女とは抱き合うどころか手すら握っていない。


「……」


 恵留の泣き顔を見て愛瑠は思うところがあったのか、彼女はこんなことを言ってくる。


「恵留姉さま。別にハルナオさまはメルだけのものではないよ。舞彩姉さまのご主人さまでもあるし、恵留姉さまの大事な人でもあるんだよ。メルは独り占めしないから安心して、ほら、ハルナオさまの身体はあったかいよ」


 ポンと愛瑠が恵留の背中を叩く。そして、さらに押すようにして俺に近づける。


「ハ、ハルナオ」


 彼女は俯いて目を逸らしてしまう。恵留を俺に抱きつかせようとした愛瑠の後押しも実ることはなかった。


「俺が怖いか?」

「そんなわけない!」


 やや感情的になった彼女の瞳がこちらを向く。


「そうか、それは良かった。なら、一緒に帰ろう」


 さて、どうしたものか……後で舞彩に相談してみるかな。俺に女心などわからないのだから。


「ね、恵留姉さま」


 愛瑠がふいに恵留に声をかけると、不機嫌そうに返事をする。


「なによ」

「手繋ごう」

「へ?」

「嫌?」

「別にいいけど」


 と、二人は手を繋ぐ。仲直りしようってことか? 愛瑠の意図がよくわからないな。


「三人で帰るんだから、ハルナオさまとも手を繋げば?」


 愛瑠のその次の言葉で、彼女の考えを理解した。


「は? そ、そんなの」


 恵留が戸惑っている。まあ、そうだよな。


「手を繋ぐだけだよ。メルとだって普通に繋げてるじゃない」

「そうだけど……」

「ね、ハルナオさま。恵留姉さまと手を繋いであげて。ダメ?」


 愛瑠が「これは一生のお願い」的な瞳でこちらを見上げる。まあ、今度のは彼女の我が儘じゃなくて、姉を想いやる気持ちも入っている。無下には出来ないだろう。


「恵留。手、繋ぐぞ」


 そう言って強引に左手を握る。俺としても女の子と手を握るのには勢いが必要だった。


 恵留の柔らかな手の感触が伝わってくる。少し緊張しているのか震えていた。けど、それもしばらくすると治まってくる。


「愛瑠の言った通りね。ハルナオの手、あったかいよ」


 ギュッと俺の手を握り返す恵留の仕草がとてもかわいく感じられた。この子とも一歩一歩着実に仲良くなれているかもしれない。


 その時、愛瑠の顔色が急に変わる。耳元に手を当てて、誰かと交信しているようだ。というか、ここにいないのは舞彩なわけで、彼女に何かあったのだろうか。


「どうしたんだ愛瑠。舞彩に何かあったのか?」


 嫌な予感が背筋をゾクリとさせる。


「ハルナオさま大変! 城が攻撃されてるの」

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