第14話 みんな俺の理想の女の子なんだよ
夕食は賑やかとなった。俺を含め四人でテーブルを囲んでいる。
向かい側には
今日の昼食までは、舞彩は基本おとなしいし、恵留は恥ずかしがり屋なので、余計な話をすることはなかった。なので、わりと静かな食事の時間だったと思う。
ところが、愛瑠が加わったことで、あまり喋らなかった恵留も話すようになり(ほとんど愛瑠との喧嘩だが)食事は賑やかになる。
「冗談だったのに」
愛瑠が弁解しているのは、俺のズボンを下ろそうとした件だ。まあ、未遂だったし、俺としてはどうでもいいのだが、恵留がそれに対して文句を言っていた。
「冗談には聞こえないって」
「何をすると思ったの?」
「何って……」
「恵留姉さま、経験ないんだよね?」
「あんたもでしょが!」
「じゃあ、勝負する?」
「勝負?」
「どっちが先にハルナオさまに魔力を注いでもらうか」
その言葉に恵留は赤くなって俯いてしまう。
「勝負しないなら、メルの勝ちだね」
勝ち誇ったような愛瑠を見て、舞彩がぴしゃりと言った。
「愛瑠。あまり、はしたないことしてると、ご主人さまに嫌われるわよ」
「えー、そんなことないですよねぇ?」
愛瑠の顔がこちらに向く。たしかにビッチ系は苦手だ。自分が誘惑されたわけではないが、女性不信の一因となったことを思い出してしまう。
「いや……昔ね……」
「あ、今共有した記憶を思い出しました。この女の人、クズですね」
片手を口に当てて、愛瑠が顔を歪める。俺の為に本気で怒っているようだ。
「ほら、言ったでしょ愛瑠」
「でも……舞彩姉さまはすでに魔力を注いでもらっているけど……メルたちはこのまま消えるかもしれないんだよ」
「愛瑠。ご主人さまのことを信じてあげなさい。本来ならわたくしたちは、そのまま使い捨てにされても文句はいえないんだから」
「あ、あたしはハルナオのこと信じてるから!」
恵留がそう言って身を乗り出してくる。今日は俺の事もまっすぐに見てくれていたもんな。少しは慣れてきたか?
あ、ライバル出現で恵留も対抗意識を出して積極的にならざるを得ない状況だってことか。
俺の顔を見つめた後、赤くなった顔を誤魔化すようにぷいっとそっぽを向く姿はなんだかかわいくも感じる。
ツンデレみたいな突き抜けたギャップはないが、恥ずかしがり屋だってのはわりとポイント高いな。
「ハルナオさま……メルっていらない子ですか?」
今度は愛瑠が上目遣いにそう聞いてくる。あざといなこいつは。そんな彼女の魂胆はわかっていても俺は彼女を愛しく思える。
「愛瑠には明日やってもらいたいことがあるんだ。それに、俺は自分の描いた子は大事にするよ」
「そうですか。ありがとうございます」
と、ナチュラルに俺に抱きついてくる愛瑠。
「愛瑠! ハルナオははしたない女の子が嫌いだって舞彩姉が言ってたの聞いてなかったの?」
「抱きつくのが、はしたないんですか? だって愛瑠はハルナオさまが大好きなんですよ。これは純愛なんです」
「愛瑠はまだ実体化したばかりだし、ハルナオの事、何も知らないはずよ」
恵留のその言葉に、少しふざけ気味だった愛瑠の顔が急に真面目になる。
「知っていますよ。ハルナオさまの知識も、ハルナオさまが今までどうやって生きてきたのかも」
「それは愛瑠の中に埋め込まれた知識であって、ハルナオと出逢って得たものじゃない」
「それがどうしたんですか?」
「……」
強い愛瑠の口調にたじろぐ恵留。
「メルは、メルの中にあるハルナオさまの知識を一生懸命読み込んで、それでハルナオさまを好きになったんです」
「それって本の中のキャラを好きになるようなもんじゃないの?」
「それの何がダメなんですか!」
愛瑠のその言葉を聞いて俺は理解する。ああ、彼女と俺は同類でもあるのか、と。
生きている人間かどうかなんて構わない。読み取った情報に自分なりの価値を見いだせるかが重要なんだ。人間も本も絵も情報の塊だからな。
「恵留、そこまでにしておけ。おまえには悪いが、愛瑠の気持ちは理解できる。俺もそうなんだよ。おまえらが創られたものであろうが、そんなことに関係なく俺はおまえたちが大事なんだよ」
その言葉を聞いた恵留が立ち上がると背中を向ける。
「ハルナオなんて知らない!」
彼女は駆け出してしまった。
「あ」
俺は後悔する。もうちょっと言葉を選ぶべきだったと。
「ご主人さま。後で恵留と話し合ってくださいね。あの子はわたくしたちの中では一番のナイーブで寂しがり屋なんですから」
舞彩がそう言ってフォローを入れてくれる。
**
就寝時間になっても恵留は帰ってこなかった。小鬼は倒したから、危険ではないと思うが少し心配だ。
灯りがほとんどない世界なので、夜に探し回るのは俺の方が危険である。だから、次の日になったら恵留を探しに行こうと思った。
ベッドはもともと恵留を加えて三人で寝る予定だった。その上で舞彩が再構成したものなので、愛瑠が一緒に寝ても狭くは感じない。
「えへへ。一緒に寝るくらいはいいですよね」
ベッドに寝転がると、愛瑠が嬉しそうに抱きついてきた。そして、その逆の方には舞彩が添い寝してくれる。
こんな風に三人で寝ていると、舞彩が奥さんで、愛瑠が子供のようだ。俺には持つ事ができなかった温かい家庭の姿がこうして存在する。もちろん、そんなのは俺の幻想だ。
それよりも、本来ならここにいなければいけないもう一人の女の子を思い出す。
「恵留が心配ですか?」
舞彩が俺の心中を察したようにそう聞いてくる。
「まあな」
「大丈夫ですよ。あの子はいなくなるようなことはありません」
使い魔ということを考えればそうなのだろう。主人のもとを離れるわけがない。ただ、あの子の感情は人間そのものだ。もちろん、恵留だけじゃなく、舞彩や愛瑠だって。
考え事しながら瞳を閉じる。ぐるぐるといろいろなことを思い出して眠れない。
そのうち、舞彩の小さな寝息と、愛瑠のくーくーというかわいいイビキが聞こえてきた。二人とももう眠りに入ったのだろう。
二人の女性に添い寝されてそれで興奮しているのとは少し違うが、なんだか眠れない感じだ。
仕方なく起き上がって夜風に当たることにした。
城の外に出ると夜風が冷たい。昼間はTシャツ一枚でも平気なくらいだというのに、夜は冷え込む。
俺は門の前で深呼吸をして、いつもみんなで飯を食うテーブルの所まで歩いて行った。
「あっ」
そこには恵留が座っていて、こちらに気付いて声を上げる。
「おまえも眠れないのか?」
「う、うん……」
彼女はこちらから目を逸らし俯いてしまう。仕方が無いので彼女の正面に座った。
「昼間は悪かった。俺の言葉が恵留を傷つけたのなら謝る」
本来なら俺は、他人から傷つけられる側の弱い人間だった。けど、そんな俺が彼女を傷つけたかもしれない。
「ハルナオの気持ちはわかってる。過去のあなたの知識をあたしは持ってるから、どうしてああいう考えになったのかも理解している」
「それならいいが」
次の瞬間、恵留の顔が曇る。
「けど……悔しかったの。あたしなんかより愛瑠を選んだって思ってしまったから」
ああ、なるほど。これが俗に言うハーレムの問題点か。人間に近い……人間そのものの使い魔であるほど、主人への愛も人間と同様になり、そこには嫉妬が生まれてしまう。
恵留はそれが顕著に出る性格なのだろう。それゆえに苦悩してしまう。
さらに彼女は不器用だ。俺への愛情をどう表現したらいいかわからないのだろう。
「俺はさ、おまえたちを生み出すのに全身全霊を込めて描いたんだ。誰が一番なんてない。みんな俺の理想の女の子なんだよ」
リアルな女の子には絶対言えない……言うこともないような台詞。だけど、俺は嘘は言っていない。
「ハルナオ……」
「誰かを贔屓するつもりはないけど、もしそうなったら恵留が俺を
「うん、わかった」
彼女はこちらに目を向けない。そのまま俯いたままだ。これ以上俺は何を話したらいいのだろう? もともと口べたなのだから、女の子の機嫌をとる方法なんて知らない。
とりあえず今日は退散するか。俺が何か余計な事を言って恵留を怒らせたら元も子もないからな。
「恵留。俺は寝室に戻るよ。おまえも早く寝ろよ」
俺は立ち上がろうとしたところで、恵留が顔を上げる。そして切々にこう訴えかけた。
「ハルナオ……あたしはあなたの側にずっといたいの」
「恵留。俺も同じだよ。おまえにはずっと側にいてほしい」
「ありがと……でも、あたし、本当は恐がりだから……だからあなたに触れるのが怖いの」
「男が苦手だからか?」
「それもあるけど……あなたを独占してしまいそうだから。結局あたしも愛瑠と同じなんだよ。あなたの一番になりたいの」
使い魔が主人を慕うという設定は彼女をここまで追い込んでいるのか。そう思うと、申し訳ない気持ちになってくる。
俺は彼女たちを不幸にするために実体化したわけじゃないというのに……。
「俺は――」
「わかってる。ごめんね、変な事言って。おやすみ」
恵留は立ち上がると逃げるように城へと戻っていく。彼女の目には涙の痕があったような気がした。
恵留は健気すぎるのが玉に瑕だ。でも、そこがまた愛しいのかもしれない。
よし! 彼女とちゃんと向き合おう! 愛情を注ぐことこそが俺にできる最大限のことなんだから!
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