第20話 知ってる

 夜になって、前より大きくなったベッドに寝転がる。


 サイズはワイドキングより一回り大きなベッドだ。これならば四人で寝ても窮屈なことはないだろう。


「お邪魔しまーす」


 そう言ってベッドに入ってきた愛瑠メルが俺に抱きついてくる。


「こらこら」


 俺は愛瑠を軽くあしらう。慣れたわけではないが、意図的にエロいことを考えないようにしているだけである。


 これは大きな動物なんだ。そういう風に思うことにした。娘という設定も考えたが、それはそれでヤバイので頭の片隅に追いやる。


「ハルナオさまぁ。メルのことペット扱いしてません?」

「そ、そんなことないぞ」


 愛瑠が抱きついた腕をさらにぎゅっと強く握る。彼女の胸元が腕に押し付けられているが、それほど気にならない。


 俺が理性を保てたのは愛瑠の胸がまだ発展途上だったことだろう。これが舞彩マイの巨乳だったらと思うと恐ろしい。


「それより愛瑠。助けた女の子たちで気になる事があるって言ってたけど、アレはなんなんだ?」

「ああ、あれはですね。彼女たちの言語について解析してたんです。この世界の言葉や文字はハルナオさまの世界のものと違うのはわかりますよね?」

「ああ、そうだな。頭の中で勝手に翻訳されている感じだ」

「だからあの海賊たちとも会話ができるんですよ」

「それはどういう理屈なんだ?」

「たぶん魔法のペンが関係しているのでしょう。あれは使用者の魔力を強化するだけじゃなくて、何か恩恵を与えているようですし」

「恩恵?」

「その全容はわかりません。恩恵の一つに、たまたま言語の翻訳というものがあったのでしょう。その力はメルたちにも、もたらされていますし」

「で、助けた女の子の秘密ってのはわかったのか?」

「秘密ってほどのことではありませんね。彼女らの島は龍譲の植民地の一つだったようです。それで、あの子たちは龍譲国語を喋っていたようですが、あまりうまくなかったみたいですね。まあ、自国語じゃないから仕方ないんですけど」

「なるほど、それでカタコトっぽく聞こえたのか」

「はい。彼女たちに母国語を喋るように言ったら、普通に流ちょうに聞こえましたから」


 カタコトはそんなオチだったのか。そういやゴブリンも、なんか喋っていた感じだが、あれは単に知能の問題だったのかもしれない。


「失礼します」


 そう言って今度は舞彩がベッドに入ってきた。愛瑠とは逆の左側から俺に抱きついてくる。舞彩は俺より体温が高いのであったかい。


 彼女たちはベッドに入るときはパジャマに着替えている。俺もそうだが、これは舞彩が布から再構成魔法で作ったものだった。


 全裸ではないが、肌の柔らかな感触は伝わってくる。ある意味至福の時であった。


 現実の女の子ならあり得ないシチュエーションに、心のタガが外れそうである。


 で、恵留エルだが、無言で布団に入ると舞彩のさらに左に寝るとそのまま目を閉じた。


 まあ、さすがに三人で抱きつくのは難しいか。彼女の場合はそんな積極的なタイプじゃないしな。


 女の子たちと寝るのはこれで四回目。舞彩だけだった時より人数は増えたが、増えた分だけ戸惑いはなくなってきた。


 緊張しないってのは、愛瑠の強引なモーションもあるのだろう。この子のおかげで、そういうものに耐性ができたといっていい。ま、そんなものに耐性つけてどうするって話だが。


 俺が何もしないものだから、ものの数分で舞彩と愛瑠は眠りにつく。


 また眠れない。


 いくら慣れたといっても、完全にこの状況に適応しているわけではないのだから。


 よく考えれば、俺が女の子三人と一緒に寝ているなんてのは異常事態だ。ゆえに、余計な事を考えてなかなか眠れないのだ。


 というか、ほぼ毎日眠れてないような気もするぞ。


 俺は両側の二人を起こさないようにそっと寝床を出ると、扉の方へ歩いて行く。


「眠れないの?」


 そう聞いてきたのは恵留だった。彼女は上半身だけ起き上がっている。


「まあな」


 そう返事をして、そのまま部屋を出ようとしたところで恵留がこう提言してくる。


「あたしも付き合おうか?」

「今日は海賊退治で疲れただろ。魔力の消費を抑えるためにも休んでおけって」

「……やっぱ、あたしも眠れない」


 恵留はそう言うと、俺を追い越して先に扉を開けて出て行ってしまう。


「おいおい。休んでおけって」

「そんなに疲れてないからいい」


 先を歩く恵留が背を向けたままそう答える。何か怒っているようにも感じるけど……。


「待てって」


 俺が追いつこうとしたところで、急に恵留が振り返る。


「ね、舞彩姉が主塔を直したみたいだから、上にあがってみない? あそこから見る景色は格別だよ。ハルナオはまだ行ったことなかったでしょ?」


 めずらしく恵留の方から俺の手を取る。そして、俺を引っ張るように主塔への通路を歩いて行った。


 その後は目が回るような螺旋階段を上がり、俺の体力が限界寸前のところで光が見えてくる。光と言っても月灯りだ。


 最上階は二メートル四方ほどの小さな部屋で窓はそれぞれの方向に四つある。かなりの高さなので、ここからは島全体が見渡せた。月灯りしかなくても、その絶景さがよくわかる。


「おお、すげーな」


 窓枠に手を乗せて少しだけ頭を突き出すと、その圧倒的な風景が視界に広がっていく。


「ここから見る景色は格別でしょ? ハルナオに見せたかったんだ」


 隣に来てにこやかに笑う恵留。こんな表情の彼女を見るのは初めてだ。ドキリと胸の鼓動が高まる。


「……」

「どうしたの?」


 今日は積極的に俺の顔を見てくる彼女。窓の幅は一メートルほどなので、肩が触れあう距離に恵留はいる。思わず彼女の顔をまじまじと見てしまった。


「いや、かわいいなと思って」


 つい本音が出てしまう。


「知ってる。だって、ハルナオがそう描いたんでしょ?」


 使い魔ゆえの恵留の反応。リアル女子でこんな反応はありえない。だからこそ、俺は冷静になれたのかもしれない。


「そうだな。恵留は俺の理想だよ」

「バカ……そういうの、自己満足っていうんだよ」

「自己満足で何が悪い」


 俺はさらに開き直る。


「あたしとあなたは所詮、同じ存在なんだよ。あたしはあなたの妄想をコピーしただけの存在」

「違うよ。俺と恵留は全然違う。そして、俺が描いたものは俺じゃない。人間嫌いの俺でも世界は嫌いじゃなかったんだよ」

「……?」


 恵留が首を傾げたので、俺は説明する。


「俺はさ、自然の美しさとか誰かが作りだしたものとかには素直に感動していたんだよ。そういうのを全部吸収して、俺の中で理想が生まれて、それでおまえらを描いた。けして俺の中で完結した俺のコピーなんかじゃない」

「あたしが言いたいのはそう言うことじゃなくてさ。芸術って自己愛……違う、マスターベーションに喩えられるよね。あっ」


 言った恵留が恥ずかしそうに口元を押さえて俯く。つい、はしたない言葉を口走ったと後悔しているようだ。


「創作がマスターベーションなわけないだろ? おまえを描くのにどれだけかかった思っているんだよ。産みの苦しみって知ってるか? イメージを作るのとそれを生み出すのは全然別作業だ。たしかに描くのには夢中になれる。でも、線の一本一本に俺は命を注いでいる。命を削ってるといっていい」

「けど……そもそも、ハルナオはあたしなんかを大切にすべきじゃない。だって、あたしたちは人間じゃないんだよ」

「それがどうした?」

「普通じゃないよ。このままあたしたちに傾倒したら、ハルナオは取り返しの付かないことになる。それも怖いんだよ。あたし、ハルナオが好きだから不幸になって欲しくない」


 恵留が吐露するその感情は、俺を案じてのことだろう。


 昔の俺だったら、女の子の言う「好きだ」って言葉は信じていなかった。けど、恵留と向き合ってわかったことがある。こいつに嘘は吐けない。


「なんだ、そんなことを心配していたのか?」


 俺はにこやかに笑う。なんの問題もないじゃないか。


「だって……」

「別に人間が人間以外のものを大切にするのは珍しいことじゃないぞ」

「そりゃ、ペットとか可愛がる人もいるけど、あたしたちは生物ですらない」

「だから……そうだな。俺は昔、小学校の時に買ってもらった自転車を大事に乗ってたんだ」

「うん、そうみたいだね。記憶の共有でその自転車のこと知ってる。名前を付けて大切に扱っていたよね?」

「そうヴィーゼル号って呼んでたんだぜ。それがさ、中学に入る前くらいで盗まれて、親は代わりの自転車買ってくれるって言ったのに、俺はわんわん泣き出したんだ。ヴィーゼル号の代わりなんかいないって。……恵留は俺がなぜ泣き出したかはわからないだろ?」

「……うん」

「人間はそもそも人間以外のものを愛せるんだ。それはけして、おかしなことじゃない。物には魂が宿る。物だけじゃない、ただの文字でしかない文章にさえ魂は宿るんだぜ」


 八百万神と似たような考えだ。森羅万象、すべてに神が宿るという古代日本の観念。それを俺は受け継いでいるのかもしれない。


「そうだね。愛瑠の気持ちが理解できると言ったハルナオの気持ちが今、ようやくわかった気がする。ごめんね、あたしワガママで分からず屋で」

「まあ、いいよ。それも含めておまえを受け入れてやるからさ。というか、おまえのその性格は俺が設定したわけじゃねえぞ。おまえは俺の理想が入ってるけど、完全に自立した存在だ」


 それはそれで俺の女性不信がぶり返しそうで怖いんだけどね。けど、いいさ。俺は彼女たちと真摯に向き合ってみると誓ったんだ。


「ね、あたしにキスできる?」


 いきなりの言葉に驚いたが、彼女の声も体も震えていた。思い切って口にしたのだろう。


「いいのか?」

「ハルナオがしたいと思うなら」

「おまえはしたくないのか?」


 一瞬の躊躇いのあと、彼女は勇気を振り絞るようにこう言った。


「したい。ハルナオを感じたい」


 唇が重なる。それは触れるだけの軽いキス。それでも彼女は震えていた。


「ありがと。これで気持ちの切り替えがつきそう。今日はまだ無理だけど、近いうちに魔力を注いでやるよ」

「うん、わかった」


 恵留が微笑む、それはとても柔らかな笑み。それはけして失いたくない存在。


「寒くないか?」

「ううん。もう寝室に戻る?」

「いや、もう少し景色を見ていていいか?」

「うん、あたしも一緒にいていい?」

「ああ、当たり前だ」


 俺のその言葉で恵留が肩を寄せてくる。もう彼女は震えていない。安心したように身を任せる彼女を抱き寄せた。

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