第19話 おまえには消えて欲しくない
「さて、どうするか」
俺は
とりあえず、海賊に成り下がった脱走兵はゴーレムを使って檻ごと城内へと運び入れた。また明日、情報を引き出すための取り調べを行う為である。
助けた女の子たちには食材を与えて自炊してもらっている。その間に俺らもランチを摂りながらの作戦会議というわけだ。
「争いはなるべく避けたいですわね」
舞彩が穏やかに、そう意見を述べる。
「けど、他のペンがあるところって、もろ戦争をしている国にあるんだよね。ただでさえ戦争中で警戒が厳しいだろうし、戦闘は避けられないんじゃない?」
と、恵留の意見。彼女はわりと心配性なところもあるからな。
「魔法のペンはとりあえず放っておくべきよ。まずはご主人さまの安全を確保すべきでしょう?」
「この島にいても、また誰かが攻めてくるかもしれないよ、舞彩姉。この島を出る手段はあの駆逐艦だけだし、あいつらを支配下において他の場所へ行くのがいいんじゃないの?」
少し興奮気味になった恵留をなだめるように、舞彩がこんな提案をする。
「しばらくはこの島でゆっくりしているのもいいんじゃない? 彼らは軍事的な行動でこの島に来たわけじゃないし、他の船がそうそう攻めてくるとも思えない」
「そうだけど……」
「まあ、メルもハルナオさまを三人でシェアしている状態は悪くないと思っていますよ」
涼しい顔の愛瑠に、興奮が治まりかけた恵留に再び火が付く。
「愛瑠! シェアとか不謹慎な事言わないの」
「だってハルナオさまは誰のものでもないし」
相変わらずの姉妹仲なので、俺はとりあえず放置する。今さら仲裁しても無駄だろう。
「ご主人さまは、どうしたいのですか? この島を脱出するのが願いであれば、わたくしたちはそれを叶えるために精一杯働きます」
舞彩が俺にそう問いかける。使い魔としては、そうなるよなぁ。
「俺は、この島にいること自体は反対じゃない。外の世界が戦争状態なら、この島で平和になるまで待つってのもアリだと思う。ただ、この地図の△印が気になる。この印が示すのはこの城だ。ここには他に何か秘密があるんじゃないか? これだけは調べてみたい」
この島にあった×印三つは回収済みだ。×が魔法のペンを表しているのは理解できる。ならば、この△印はなんだろう?
「そうですね。メルも気になります」
もともと好奇心旺盛な愛瑠の目が輝く。
「あたしはどっちでもいい」
恵留は、宝などどうでもいいというタイプか。まあ、魔法のペンじゃないから、興味は薄れているのだろう。
「わたくしはご主人さまが気になるのであればお手伝いをいたしますよ」
舞彩は俺次第という。彼女は忠実な部下タイプだからな。
「今日はもう遅いし、明日から探索に入ろう」
外はもう暗くなってきている。城の内部か、もしくはこの近くの探索なので明るくなってからがいいだろう。
「では、ご主人さま。わたくしは外の女の子たちに中に入るように行ってきますね。彼女たちの寝床は、さきほど修復した一階の食堂部分でよろしいでしょうか?」
「ああ、頼む」
俺は、舞彩のその提案を承諾する。
「それから、後でこちらのベッドも作り直さないといけませんね。さすがに四人で寝るのは狭いですから」
「そうだな。それも頼む」
塔へと上る螺旋階段は砲撃により破壊された。あそこは今のところ用はないし、そのままでいいと俺は言ったのだ。
が、恵留が「あそこは城の周囲を警戒するのに必要だから最優先で直して、お願い」と懇願する。
そういや、主塔には恵留の寝床でもあったんだよな。
「恵留。わたくしたちと一緒に寝ればいいじゃない」
と舞彩が微笑む。それは恵留に「ワガママ言うんじゃありません」と諭すような感じでもあった。
「だって……」
恵留が俺にチラチラと視線を送る。
おまえ、そこまで俺と一緒に寝たくないのか?
「そうね、この島で一番高い場所だから警戒には必要ね。わかったわ、直してあげましょう」
恵留の気持ちを汲んだのか、舞彩の方から折れたようだ。
「舞彩姉ありがとう!」
「その代わり、わたくしの言うことを一つ聞いてもらうわよ」
「なんでも言って、あたし舞彩姉のこと手伝うよ」
「じゃあ、今夜は四人で寝ましょう。それが条件よ。じゃあ修復してくるわね」
舞彩はそう言って部屋を出て行った。残された恵留が固まる。表情も身体も言葉も。
「……」
そんな恵留を気にせず、今度は愛瑠が話しかけてくる。
「メルは助けた女の子たちの所に行ってきますね。ちょっと気になる事があるので、それを確かめてきます」
「確かめること?」
「今は不確定なので、わかったらハルナオさまに報告しますよ」
後に残ったのは恵留と俺。彼女はまだ固まったままである。
二人っきりというのは苦手だ。これが舞彩なら、俺のペースを汲んでくれるし、無言でもそんなに気まずくなることはない。
愛瑠であれば、ぐいぐい迫ってきて強引に話しかけるだろう。ペースを乱された俺は、苦手意識を持つ暇さえ与えられない。
恵留の場合はたぶん、意識してしまうのだろう。お互いに異性が苦手、けど実際は相手のことは嫌いではない。そんな複雑な感情が交錯する。
俺の方は、舞彩や愛瑠のおかげでだいぶ女性不信も消えてきたが、恵留を変えてやれるのは俺しかいない。
「なぁ、恵留」
勇気を持って話しかける。舞彩だけではなく、恵留も愛瑠もリアルな女性と変わらない雰囲気を持っている。特に恵留は、俺のトラウマの決定的な要因となった女子高生そのものでもあった。
絵として描くのは抵抗ないけど、実体化して目の前にいると気後れしてしまう。
「な、なに? ハルナオ」
少し俯きながら恵留が返事をする。
「いろいろありがとな」
「え?」
「食事を作ってくれたり小鬼騒ぎで助けてくれたり、今回のことだって恵留の力があってこその作戦だったんだ。おまえがいてくれて良かったよ」
気の利いた言葉は伝えられない。けど、俺の正直な気持ちを伝える。俺にとって恵留が必要であるということを理解してもらおう。まずは、それが彼女の心を解きほぐす第一歩になればいい。
「なによ、今さら」
「今さらじゃないよ。だからこそ、おまえには消えて欲しくない」
彼女の手に触れる。小さくて柔らかくて、少し冷たい体温。
「な、なにをするの?!」
顔を真っ赤にしてその手を振りほどかれてしまう。でも、俺の前から逃げるわけでもない。本当にただ恥ずかしいだけなのだろう。というか、俺も恥ずかしいんだけどな。
「舞彩が言ってた。身体が触れるだけでも魔力を注ぐことができるって」
「けど、手だけ握っても、効率が悪いよ」
「効率が悪いだけで意味がないわけじゃないだろ? 体液の注入は……抵抗があっても仕方ないよ。だから、せめて手だけでも触れればってな」
「だから、手だけ握ってても効率悪いって言ってるじゃん。何日もかかるよ……」
ついには背を向けてしまう恵留。ちょっと強引過ぎたかな? だけど、俺はおまえに消えてほしくない。
「そんなの関係ないよ。おまえが消えない為なら、俺はその手を何日も握っていられるぞ。今日は手を握ったまま寝るか?」
「バカ!」
恵留が振り返ると、一瞬の躊躇いの後、そのまま俺に抱きついてくる。華奢な身体が少し震えていた。
「恵留?」
「あたし、ハルナオに触れるのが怖かったの……」
そう言いかけた恵留の顔が入り口の方へと視線を向ける。あれ? 俺も誰かの視線を感じるな。
「舞彩姉! 愛瑠も! なんで隠れて見てるのよ!」
少しだけ開きかかったそこから見えたのは二人の顔。
「まあまあ、お続け下さい。ご主人さま、それから恵留も」
「恵留姉さまもそのまま押し倒しちゃえばいいのに」
愛瑠が調子に乗ってそんなことを言うものだから、恵留は俺から離れて怒り出す。
「もう、知らない!」
そのまま外に出て行ってしまった。
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