第18話 鋼鉄の咆吼

 女の子たちは全員なんらかのケガを負っていた。なので、舞彩マイの治癒魔法で治してもらうことにする。魔法を初めて見たのか、彼女たちはいたく驚いていた。


「スゴイ、キズガキエテク」

「コレハキセキナノ?」

「マイサマハ、カミサマデス」


 最終的には舞彩を神のように崇めることになる。本人は困惑していたが。


「マイサマ、ドウカ、ワタクシタチヲ、オミチビキクダサイ」


 女の子たちは跪いて頭を伏せる。そして俺たちの言語に変換できない言葉で祈り始めた。


「えっと……どういたしましょう? ご主人様」


 苦笑いを浮かべる舞彩。まあ、別にいいんじゃね? とりたてて不都合な事もないだろう。


「面倒だから舞彩は神様でいいよ。とりあえず戻ろうぜ」


 というわけで、完治した少女とともに城へと戻る。もともと俺は女性が苦手だし、彼女たちの世話は舞彩に任せることにした。


 なんたって神様だからな。


 舞彩経由で聞いた女の子たちの話では、彼女たちは西の方にある島の住人らしい。そこに海賊達がいきなり攻めてきたそうだ。


 船は一隻で、攻めてきたのは五、六人だそうだから軍事行動の一環だとは思えない。やはり脱走兵か? もしくは軍艦を奪った『ならず者』ってところかな。


「ハルナオ、おそーい」


 舞彩が作ったであろう檻の前に鎮座して、恵留エルがこちらに不満げな顔を向ける。


「悪い悪い、いろいろ立て込んでたからな……あれ? 猿ぐつわまでさせてたの?」


 海賊達をよく見ると、口の部分に布のようなものを噛ませていた。


「だって、こいつらうるさいんだもん」

「まあ、いいや。リーダーはどいつだ?」


 俺の質問に恵留は、檻の中にいる軍帽を被った男を指差す。


「えっと……舞彩、頼む」


 俺は舞彩の魔法で、猿ぐつわを解除させる。わざわざ檻を開けなくても、彼女の魔法なら、猿ぐつわを取り外すことができるのだから。


「お、おまえら何者だ! 人間ではないだろ。この化け物が!」


 男は怒りに任せて俺たちを口汚く罵る。あー、なんか雑魚っぽいな、こいつら。


「残念ながら人間だよ。というか、あんたら女の子を攫って暴力まで振るっていたらしいな」

「それは……」

「まあ、いいや。おまえらこそ何者だ? 見たところあの船は軍艦のようだし、着ているのは軍服だろ?」

「俺たちは軍の命令で来たんだ。俺たちに手を出したら軍が黙ってないぞ」

「ほぉー、軍ということは、おまえらはどこかの国に所属しているってことだな。海賊ではないってことか?」

「そうだ」


 まあ、嘘だな。


 とはいえ、こいつらが所属していた軍とその国の情報を引き出さないとならない。少しばかりこいつの戯れ言に付き合うか。


「軍というなら、おまえの所属を言ってみろ」

「そ、それは言えない。秘密の任務だからな」

「秘密の任務だからって、駆逐艦を動かすには少なすぎるだろ?」

「少数精鋭の部隊なんだよ」

「あと、おまえの階級だが……」


 軍服を見る赤字に黄色の星が三つの階級章が見える。俺の知識では上等兵くらいだが、実際はどうなんだろう? 異世界だし、俺の知識とは齟齬がありそうだが。


「……」


 男は「しまった」とばかりに、身体をひねって襟元の階級章を隠そうとする。ここらへんをツッコむか。


「士官ではないな? 上等兵あたりか?」

「……ああ、そうだよ」


 なるほど、階級章の形は俺らの世界とあまり変わらないのか。駆逐艦の形も似ていたし、なんらかの関係があるのだろうか?


「で、上等兵が駆逐艦を操って特殊任務についていると? 見たところおまえが一番階級が高いよな?」

「我が軍は優秀な人間なら階級を問わない」


 それおかしいだろ。優秀ならすぐに階級はあがるはずだ。重要な任務につかせるなら、わざわざ階級をあげるという話も聞いたことがある。


 まあ、それ以前の問題だけどな。


「なんで上等兵のおまえが、士官の帽子を被っているんだ?」

「……」


 俺の世界の常識が通用するとは思わなかったが、ここの世界でも基本的な事は変わらないらしい。男は黙り込んでしまう。これ以上の嘘が無理だと理解したのだろう。


「本当の事を喋る気がないなら他の者に変わってもらおう。恵留、こいつの片足を焼いてくれ」

「うん、わかったハルナオ」


 恵留が火炎の魔法でリーダーらしき男の片足に炎を纏わせる。


「うぎゃー、熱い、熱い、熱い、誰か、消してくれ!!」


 倒れて転がりながら絶叫する男。それを周りの男が恐ろしげに見ている。全員、猿ぐつわだけじゃなくてロープで拘束されているのだから、助けられるわけがなかった。


 残酷ではあるが、舞彩の治癒魔法で簡単に治るのでただの脅しだ。


「舞彩、あの右端の眼鏡の男を話せるようにしてくれ」

「わかりました。ご主人さま」


 俺は男たちの中で一番冷静に話せそうな学のありそうな奴を選ぶ。


「あ、あなたたちは本当に何者なんだ? 異界の技術がこの島にあると聞いたが、まさか、あなたも異界の者なのか」


 異界の技術。たしかに魔法のペンはそうだよな。ということは、この世界においては魔法が普通に存在しないのか?


「その前におまえらの事を教えてもらおう。嘘を言ったら、そこに転がっている男のようになる」


 苦しんで悶えている男の右足は火傷で爛れていた。あとで舞彩に治癒魔法をかけてもらうし、今は放置しておこう。


「……」

「喋れないなら、次にするぞ。まだあと六人はいるんだからな」

「わかった。話す……話すよ。僕たちは南西方面第七駆逐隊の駆逐艦【ミズカ】の乗組員……だった」

「『だった』ということは、今は違うんだな」

「僕らは艦長であるサエナガ少佐を裏切って、船を奪い逃走したんだ」

「やはり脱走兵か」

「そうだよ。けど、戦争なんてバカらしくなったからね。あの宝の地図を見つけてから」

 宝の地図? あの世界地図と数枚の地図のことか。ちょうどいい。この地図で、この世界のことを説明してもらおう。軍人で船乗りだし、それなりに世界の事は把握しているはずだ。


「戦争? おまえの国はどこにあって、どこと戦争をしているんだ」


 俺は船から持ち出してきた世界地図を彼に見せる。


「それは宝の地図……そうだよね。見つかってしまったか」


 眼鏡の男はがっくりと項垂れる。宝を求めてやってきたら、逆にその地図を奪われてしまったのだ。だから、その心情は理解できる。ただし自業自得だろうけど。


「まずはおまえの国はどこにある?」

「中央にある島国だよ。僕らはリュウジョウの国民だった」


 地図を見返すと、元の世界の日本の位置に近い場所にある細長い島国だ。日本とはまったく違うが、この形は見方によっては龍のように見えた。


「それで? どこと戦っている?」

「南エイジ大陸にある西側の数国と、さらに東にあるアトラ大陸の大国だ」


 男が指差す場所を確認する。南エイジ大陸ってのは、ああ、位置的にはユーラシア大陸っぽいところか。それとアトラ大陸は……形こそ違えどこれ、完全にアメリカじゃねえか。


「おまえら、世界中を敵に回してるのか?」

「同盟国もいるよ。北エイジ大陸にある二つの国は我が国と同盟を結んでいる」


 どうも言葉だけではわかりにくいので、眼鏡の男の束縛を解き、世界地図をコピー(舞彩の解析して創造する能力の応用)して渡して、国名を書き込みながら説明してもらうことにした。


 彼の話をまとめるとこういうことになる。


 中央の列島にある国の正式な名称は「龍驤帝国」。みかどを頂点とする専制国家という形をとっているが、実際には帝は傀儡であり、実権は軍部が握っているそうだ。今の帝は十二歳の少女だというから、まあ、そういうことなんだろう。


 そして、その龍驤帝国と同盟を結んでいるのは、北エイジ大陸にあるヴィッテルスバッハ帝国とフォルミダビーレ王国。


 これは地図に載っていない場所だった。この地図は下半分。というか、南半球のみしか載っていないらしい。


 同盟国がファシズム国家という説明を聞いているうちに、第二次世界大戦時のドイツとイタリアを想起させた。


 さらに敵対している大国は、インフレキシブル帝国とキアサージ連合諸州という名前らしいが、俺の頭の中ではどう考えてもイギリスやアメリカだ。それらが中心となって連合国を形成しているらしい。


 俺が転移してきたこの世界は、異世界ではあるが、呑気にドラゴンと戯れるファンタジーな世界ではない。


 鋼鉄の軍艦が咆吼する世界大戦真っ只中の異世界だった。

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