第17話 宝の地図

「メルはぁ?」


 愛瑠メルが甘えたような声で俺に指示を求めた。


「おまえはここで俺と待機。船の方も見張らないとな」

「あ、一人また出てきたよ」


 船の方を見ると、欠伸をしながら一人の男が艦橋から降りてきて甲板でくつろいでいる。


 ハンドガンだと当てにくいな。ならばと、ポケットに入っていた数枚の絵からお目当ての武器が描いてあるものを取り出す。


 題名を魔法のペンで書いた。


「GB」


 これは麻酔弾を撃ち出せるスナイパーライフルだ。


 実際に俺の世界で存在する銃ではなくて、とあるゲームからヒントを得たものである。そもそも人間用の麻酔銃はほとんど存在しないのだから。


 俺は実体化した銃を構えると甲板にいる男に向け、照準を身体の中心部に合わせる。


 昨日の銃と同じく反動がまったくないだろう。ゆえに、素人の俺でもコツさえ掴めば簡単に当たる。


 パシュっと小さな音がして、麻酔弾は目標の男に当たった。そして、そのまま倒れていく。


 その様子に気付いたもう一人の男が甲板に降りてくる。倒れた男に駆け寄ったところで、そいつにも麻酔弾を撃ち込んだ。


「愛瑠。もう中には海賊はいないな?」

「ええ。さきほどからリアルタイムで探知してますけど、不審な人影は見つかりません」

「よし、行くぞ。そうだ、おまえはこれを持て」


 そう言って、余ったハンドガンを渡す。


「ハルナオさま? メルは使い魔ですし、魔法が使えますからこんなものはいりませんけど」

「だから、魔法を使わないように渡してるんだって。何かあったら、それで対処しろ。おまえが使うべき魔法は情報収集系と通信系だ」

「えー?! まいくろぶらっくほーる使ってみたかったのにぃ」


 俺は愛瑠の不満げな言葉を背中で聞きながら歩き出す。


「そのうち使わせてやるからもう少し待て」

「魔法で設定できるくらいですから、惑星ごと消滅ってのはないと思いますよ」

「そうだとしても、かなりの魔力を使う。おまえに消えられるのは困るからな」


 隣に並んだ愛瑠は嬉しそうに、俺の腕にしがみつく。


「でしたら、今すぐ魔力の注入を」

「アホか。まだ戦闘中だぞ。舞彩マイたちはどうなった? 連絡はあったか?」


 歩きにくいので愛瑠の腕を振りほどくと、彼女にそう問いかけた。


「あー、今戦ってますね。ハルナオさまが生け捕りってオーダーするものだから、苦戦してますよ」


 愛瑠は目を細めて視線をこちらに向ける。殺せと命令すれば良かったのに、と言いたげだ。


「この世界がどんなところかもわからないからな、貴重な情報源だろ? それに何か訳ありかもしれない」

「女の子を攫ってですか?」

「それも、これから調べるんだよ」


 ここが異世界だから、元の世界の法に縛られないからと、簡単に人を殺していいわけではない。何が起きるかわからない世界だからこそ、むやみに人を殺せば、それは己へと返ってくる。


 つまり、自分の行いで自らが苦境に陥る可能性を軽視してはいけないということだ。


 きちんと世界を把握したうえで、防衛の為の最低限の攻撃にとどめるべきである。もちろん、俺は己と彼女たち使い魔を守るためなら、誰かを戦う覚悟さえできていた。


 俺らは甲板に倒れている二人を縛り上げると、船内へと入っていく。


 軍艦自体に入るのは初めてではあるが、記録写真などを見たことがあったので、船内の様子はわりと予想通りのものだった。


 文明としては二十世紀初頭の俺のいた世界のものに似ているような気がする。ただ、疑問に思ったのは魔法の存在だ。


 魔法のペンは置いておくとして、舞彩たちが使える魔法がこの世界のスタンダードであるなら、船内にそれらしき魔法を使って発展したであろう文明の痕跡があっていいものだ。だが、そんな気配すらない。


 鋼鉄の船は科学的に作られたものであった。どれも俺が知っているより古い技術を使用している。


 あとは、舞彩たちとの戦闘に海賊たちが魔法の類を使わなかったのであれば、俺たちの魔法こそがこの世界では稀有な存在となるだろう。


 船内を探索していると舞彩たちから連絡があった。


「ハルナオさま。舞彩姉さまからです。今、繋ぎますね」


 そう言って愛瑠が呪文を唱え、俺に背中に手を触れると脳内に直接舞彩の声が響いてきた。


――「ご主人さま。海賊をすべて生け捕りといたしました。負傷者は治癒済みですので取り調べは可能です」


「わかった。俺は、これから艦の中を調べて、攫われた女の子を連れてそちらに戻る。少し待っていてくれ」


――「わかりました。あ、恵留エルが何か言いたいようです」


「ん? どうした? 恵留」


――「お昼ご飯用意しておくから」


「お、おお……ありがとな」


 その時、お腹がぐーとなった。



**



 本当に敵が残っていないのだろうか? まず艦橋へと行く。


 そこまで行く通路でも、どこかに隠れているのではないかと考えると、緊張感は増す。


 愛瑠の探知魔法を信じていないというわけではないが、なんらかの魔法要素で姿を隠している人間がいるかもしれなかったからだ。


 それくらい、この船には魔法の痕跡はない。不気味なほどに。


 艦橋に行くとそこに人影はなかったものの、中央の磁気羅針盤付近に見慣れぬ地図があった。


 見慣れぬというのは、見たことのない大陸の形が描かれた地図だったからだ。


 その地図は数枚有り、一枚は世界地図らしき縮尺のもの。数枚は、どこかの小さな島を拡大したもの。それと、どこかの列島を拡大したもの。残りは大陸のどこかの場所を拡大した地図であった。


 そして、小さな島の形には見え覚えがあった。


 俺はポケットから舞彩が作成した羊皮紙を取り出す。この島の地図だ。


「はぇー、そっくりですね」


 愛瑠が覗き込んでそんな感想を抱く。


 島には×印が三箇所描いてあった。一つは島の南東部。ちょうど廃村があった場所だ。残りの二つは島の北東部。城があった場所である。


「これは、まさかの宝の地図だな」


 ×印が示しているのはどう見ても、魔法のペンの在処だ。


「他の地図を見せて下さい」


 愛瑠にそう言われ、残りの地図を渡す。


「解析できるのか?」

「解析というより、収集した情報をまとめるだけです。これくらいなら魔法を使わなくてもできますよ。ハルナオさまがメルをそう設定したじゃありませんか」


 そういや、情報・通信に特化した闇属性だから、前の二人よりは頭の回転が速いって設定したっけ。


「この世界地図から、この無人島の位置がわかるか?」

「ええ、ここに緯度が書いてありますから……そうですね、この×印の場所で間違いないですね」


 メルが指し示したのは、世界地図の中央より下にある列島の南。そこは、その縮尺では何もない海の真っ只中だ。言われなければ見逃してしまいそうなほどの小さな×印が書いてある。


 気になるのは島の北にある列島。

 元の世界で言えば、位置的にこの縦に長い列島が日本列島みたいなものか。


「あと、この大陸は、西の方にあるこれですね。こっちは東のここらへんかな」


 愛瑠が他の縮尺の地図を持ちながら説明するのは、東にあるアメリカ大陸らしき場所と、西にあるユーラシア大陸を縮小したものらしき場所。


 大陸の形はまったく違うが、それぞれ自分の世界に当て嵌められそうな感じだった。


「あっ」


 愛瑠が何かに気付いて、地図を艦橋のガラス部分に貼り付けるように持つ。すると、そこには△印も浮かぶ上がってきた。


「裏に△印が描いてあったのか」


 △印も世界にあちこちに記されている。×は魔法のペンだとして、△は何なんだ?


「あれ? ちょっと無人島の地図をもう一度見せてくれ」


 世界地図の△印は無人島があった箇所にもある。ということは無人島にはまだ隠された何かが存在するということか?


 無人島の拡大図を窓に透かしてみると、△印はちょうど城のある部分だ。あそこは探し回ったはずだが、何か見落としがあるのか? それとも崩落した場所のどこかに隠されているのか? 探すにしても、もう一度城を修復してもらわないとな。


 海賊の奴らがやたら砲撃しなければ、城ももう少し探しやすかったというのに……。また舞彩に苦労かけることになる。


「地図はこれで全部みたいですね。けど、なんなんでしょう。この△印は」

「さあ? とりあえず船倉に閉じ込められている女の子たちを開放して、それから考えようか」

「そうですね」


 俺たちは甲板下の区画へと向かう。そこには船倉があるはずだと、愛瑠は説明する。


 駆逐艦ということで、全長は百メートルちょっとだ。それほど迷うことなく船倉部分に到着する


 そこは外側から金属製の閂のようなものがかけられたシンプルな扉だった。鍵があったらどうしようかと考えていたが、これなら簡単に開きそうだな。


 重い扉を開くと饐えた匂いがする。


「イヤ、コナイデ!」


 奥の方から女の子の声がした。俺と愛瑠で奥に進むと、五人の子が船倉の隅に固まって座っていた。みんな十代くらいの少女であろうと思える。


 肌の色は褐色系。俺や愛瑠よりも濃い肌色だ。そういや、この船に乗っていた海賊は俺らと同じ肌の色だったな。人種が違うのか?


 男の俺が近づいても警戒されそうだと思ったので愛瑠を先行させた。


「もう大丈夫ですよ。メルたちがあなたたちを解放してあげますから」


 愛瑠の姿にほっとする顔を見せる少女たち。


「ソレ、ホント?」

「ああ、本当だ。おまえらを攫った海賊は俺たちが捕まえたよ」


 俺は愛瑠の隣に並び、そう伝えた。


「ソウナノ。アリガト」


 なんだろう。多分、現地の言葉を俺の脳内で自動翻訳しているのだと思うが、彼女たちの喋り方は何かカタコトのように聞こえてしまう。どういうことだ? ま、気にしてもしかたないけど。


「コノコ、ケガシテル。タスケテ」


 そう言って、一人が奥に寝ている子を指差す。


 その子の顔は腫れ上がり、肩にはひどい裂傷がある。これは目に余る行為だ。女性不信の俺でさえ、思わず同情してしまう。


「愛瑠、舞彩をこちらに呼んでくれ。あと、恵留はその場で海賊達を見張るようにと伝えてくれ」


 舞彩の治癒魔法なら、この子を助けられるだろう。


「わかりました」


 愛瑠がそう返事をすると、舞彩へと再び通信魔法による連絡をとる。


 俺は捕らえられた少女たちを見ながら、こんな酷い事をした海賊たちへの怒りが沸々とこみ上げてきた。


 しっかりとケジメはつけさせてやる!

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