第54話 総督
機内で睡眠を摂り、朝を待って出発する。
俺は戦闘服の上にゆったりとした漢服のようなものを着る。
戦闘服は身体にびっちりのダイバースーツに近いので、上から服を着るのもそれほど違和感はない。ただ、ヘルメットは置いていかなければならないので通信用のイヤホンマイクだけは耳に詰めていく。
「おまたせしました」
チャイナ服っぽい民族衣装に着替えた亜琉弓が、俺の前でくるりと回転する。ふわりとスカート部分が浮き、脇のスリット部分から健康的な太ももがちらりと見える。
「おお、かわいいな亜琉弓」
「ありがとうございます、ハルナオさん」
亜琉弓はフンフンと鼻唄を歌って上機嫌となる。この子は水着にしてもコスプレっぽいこの服にしても、着るのに物怖じしないタイプなんだよな。
「
「もう着替え終わってると思うのですが」
俺が機内に戻ると、そこにはこちらから目線を逸らしモジモジと下を向く
「行くぞ」
「……」
彼女は無言のまま動こうとしない。
「まだ恥ずかしいのか?」
「ハ、ハルナオに褒めてもらってないから」
彼女はツインテールをわざわざ巻き上げてお団子状にして頭の上で留めている。それに見合ってチャイナドレスは滅茶苦茶似合っていた。
「超かわいいぞ。ここだけの話だが、亜琉弓よりもかわいいぞ」
まあ、あっちはJCのコスプレのかわいさだが、こちらは本格的で似合っている。現地の子としてとけ込めそうだ。
「ありがと、ハルナオ」
ちゅっと頬にキスをされた。このまま押し倒したい気分となるが、必死にそれは抑える。作戦前だからな。
「行こうぜ」
「うん、これでもう大丈夫」
そうして俺らは近くにある村を経由しつつ、帝都である雄高という街へと向かう。村でもそれとなく聞き込みをしてみたのだが、あまり遺跡に関する情報は得られなかったのだ。
街道を歩いていると何人、いや何十人もの現地の人とすれ違った。周りののどかな景色といい、戦時中とは思えぬ平和な雰囲気が漂っている。
タカノ大将の話では臨安は最前線ということだが、内陸部の方はそれほど影響がないのかもしれない。
そもそも臨安帝国自体が特殊な地形となっていた。
隣の夏王国とは海峡を隔てただけである。つまり臨安は大陸側の土地では無く、いちおう島国なのだ。
海峡は入り組んだ海岸線で潮の流れも早く、ここを行き来する者はあまりいない。
どちらかが攻め入るにしても艦船は必須なのだ。とはいえ中途半端に狭い海域であり、陸続きでないというのが、両国の戦線を膠着状態としているのかもしれない。
雄高の街に近づくにつれ、だんだんと家屋が増えていく。
粗末だった家屋も街の中心に進むにつれ、洗練された綺麗なものへと変わっていく。
区画はきちんと整備されており、そこにはしっかりとした建築物が並んでいる。ここには総督府があるという話だが、それに見合った都会的な作りとなっていた。
街の感じは大正時代の日本のような雰囲気であった。と言っても実際にその時代を生きたわけではないので、古い映像や物語から読み取ったものではあるが。
市場のような場所を通ったが、そこは活気があり人々の顔にも笑顔が溢れている。
そんな中、道の真ん中を我が物顔で歩いている集団があった。
彼らが来ている軍服には見覚えがある。龍譲帝国の奴らか。同君連合とはいえ、ここは植民地のような扱いだったな。
「邪魔だ。どけ!」
先頭の太った男が、横切ろうとした幼子を蹴り飛ばす。すぐに母親らしき者がかけよって、泣き出す子供をあやすように抱きかかえた。
「お前の子か? 我が龍譲軍に刃向かうとどうなるか思い知らせてやらんとな」
「申し訳ありません。この子も幼くて何も知らないのです。どうかご容赦ください」
「へへ、お主が身体を差し出して謝罪するのであれば、聞いてやってもいいぞ」
どこぞの三文芝居かと思わせる悪代官っぷりに、思わず笑ってしまいそうになる。ただ、周りの緊迫した雰囲気を見るに、こいつらは年がら年中このような悪行をしているのだろう。
「ハルナオ。どうする?」
「俺たちの目的は、あくまであの遺跡の情報を集めること。あまり目立ってあいつらに目を付けられると、動きにくくなるだけだ。ここは関わらない方針でいく」
「でも、ハルナオさん。あのお母さん、あいつらに連れて行かれて酷い目にあうんでしょ?」
亜琉弓は、目の前の悪事を見過ごせないのだろう。
たぶん、舞彩だったとしたら俺の命令を静かに聞くだろう。まあ、
亜琉弓はたぶん、誰かに対して情をかけて冷静さを見失うタイプだ。ドリュアスの件ではそれが顕著に表れていた。だからといって、それを否定するわけにもいかない。それが彼女の個性なのだから。
俺だって目的がないのなら、こいつらをぶっ飛ばすために一暴れしてもいいとも思っている。
でも、所詮この国の問題だ。部外者の俺が他国の政治に首を突っ込むわけにはいかない。愚かな為政者たちならば、それは民衆に倒されるだけのこと。
「行くぞ」
俺はその場を去ろうと、そいつらに背を向けて歩きだそうとする。亜琉弓は後ろ髪を引かれるような感じで、チラチラと振り返っていた。
「そこまでにしておけ! ウチデラ」
野太い声がする。その方向を見ると五十代くらいの白いあごひげを生やした男が立っていた。
「そ、総督」
太った男の部下たちが、あごひげの男を見るや畏まる。が、太った男だけはふてぶてしい態度だった。
「なんだイシアカか」
「軍には蛮行を控えるように通達してあるはずだが」
「フン! 貴様の総督として立場など、わしがすぐに追い落としてやるわい」
あごひげの男はイシアカというのか。言葉の断片からは総督という地位にあることが窺える。
いちおう戦艦にいる
「少なくとも今の総督の位は儂にある。いくら陸軍といえども儂に楯突こうなどと笑止千万」
なるほど太った男はウチデラという名で陸軍の関係者というわけか。「わしがすぐに追い落として」と言うくらいだからそれなりの地位の高さがあるのだろう。
いちおう左手の中指にはめた小型カメラで二人の権力者を盗撮した。
「せいぜい今のうちに好きに振る舞うがいい。いくぞ、おまえたち」
そう捨て台詞を吐いて太った男=ウチデラは去って行く。
後に残ったイシアカという男は、母子に近づくと「すまなかったな、軍のすべてがああではないので許してくれないか?」と話しかけていた。
同じ龍譲の人間であっても、一枚岩ではない。それぞれの思惑があって、この地を統治しているのだからな。
とはいえ、優しい言葉をかけるイシアカに絶対的な正義があるとは限らないのだ。ゆえに、俺は関わりたくない。
「亜琉弓。もういいだろ? 行くぞ」
母子が助かってほっと吐息を吐く彼女に、俺はそう告げる。
**
旅人のふりをしての三人でそれぞれ別れて聞き込み調査を行った。
結果はは上々である。前に海賊紛いの駆逐艦の乗組員が紙幣を持っていたために、それを舞彩がコピーして作り上げてくれたおかげで、軍資金はそれなりにある。
外貨を両替してくれる場所で、臨安で流通している紙幣を手に入れた。
金さえあれば、それなりに情報は手に入るのだ。おかげで余計な物を買わされたがな。亜琉弓なんか、両手一杯の民芸品を抱えている。
昼食を摂るために入った酒楼で、三人それぞれが掴んだ情報を持ち寄った。そして整理するために話を詰めていく。
「ハルナオさん。イシアカ総督って人は、現地の人にかなり人気があるようですね」
亜琉弓が感心したように、そう呟く。
「そりゃそうだろう。臨安の利益になるような政策を行っているらしいからな」
同君連合だからこそ、龍譲帝国に利益をもたらすようにするには治安維持はかかせない。そのためにも国民に負担のかかるような政策を行うことは愚策でもある。
いちおう総督はこの国の副王という立場であるので、それなりの権力を行使できるらしい。
「けど、全員が全員総督を好んでいるわけじゃないよね?」
と、
「そうだな。同君連合という状況を受け入れられない人も多いだろう。そもそも、前の女王がこの国を売ったという噂もあるからな」
臨安帝国の前身である臨安王国の最後の女王、彼女が自分の財産を守る為に売国したという話も聞いた。もちろん、困窮していた国を立て直すために、龍譲の庇護下に入り同君連合を受け入れたという噂もある。
「あたしもその噂聞いたけど、どっちがホントなのかな?」
「その女王は怒りを買った国民の手によって殺されたらしいからな。死人に口なし。真実は闇の中だ」
「けど、ハルナオ。あの遺跡はこの国の王族のものだって話だよね? その女王に話が聞けないのが痛いね」
「その女王には娘がいたらしいよな? その子を探すのが手っ取り早いかもしれない」
俺がそう結論づけると、亜琉弓が首を傾げながら質問してくる。
「でも、ハルナオさん。女王の娘ってことは警備が厳重で会うことすら、ままならないんじゃないですか?」
「警備が厳重なくらいなら、どうにでもなるよ。女の子一人に付ける警備なんてたかがしれてる。でも、この娘、どこかに幽閉されてる可能性が高い」
「どういうことです?」
「国を売ったと噂される女王の娘だぞ。下手すりゃ恨みを買った国民に殺される」
「はぁー、そりゃそうですよね」
そう亜琉弓が感心していると、
「でも、あたしの集めた情報では、その娘を正当なる国の跡継ぎとして担ぎ上げようとする動きもあるよ」
「それって、陸軍のさっきのオヤジが絡んでないか?」
「なにそれ? あたしが聞いたのは純粋に独立派の話だよ」
「俺が聞いたのは、ウチデラって陸軍中将が女王の娘と婚姻を結んで、この国を完全に龍譲帝国のコントロール下に置こうって動きだ」
集めた情報によれば、臨安の治安を維持して経済発展させようとする穏健派と、一部の者の思い通りしようという強硬派が龍譲側にはいるらしい。もちろん、ウチデラってのは強硬派だ。
さらに、ここに臨安を龍譲から独立させようとする現地民による独立派の革命軍の話も絡んでくる。
「あのウチデラっておっさんいくつだっけ? 四十過ぎでしょ? そもそも、その女王の娘っていくつなの?」
「あ、わたしの聞いた情報だと。わたしくらいって言ってました」
亜琉弓が自分を指差してそう告げた。なるほど、かなり若いな。
「十五歳くらいってことか?」
「ええ、そうです」
「年の差は三十歳近くか? ロリコ……」
自分でその言葉は禁句だと悟った。俺も亜琉弓に手を出したら似たようなものじゃないか。人の事はとやかく言えないなと反省する。
そんな言葉をスルーするように
「年の差はどうでもいいよ。問題は、その子は、陸軍のおっさんと相思相愛なの?」
「いや、違うだろ。あのおっさん、噂では相当の女好きだ。総司令部の官舎に娼婦を連れ込んでいるって話も聞く」
情報によればウチデラは陸軍の東方司令官であり、中将という立場にあると聞く。黒い噂はいくらでも出てきそうだった。
イシアカ総督と違ってウチデラ中将は、現地の人間にはかなり嫌われている。それは、龍譲の憲兵たちの話でも同じだった。
「好きでもない人と結婚させられるなんて、その子かわいそうです!」
亜琉弓がめずらしく憤慨したように声を張り上げる。
「たぶん、この世界じゃ、政略結婚なんて珍しい話でもないよ。民主制すらあまり根付いていない世界なんだ」
「そうですけど……」
彼女もわかってはいるのだろう。この世界の不条理さを。
「午後からは、元女王の娘とやらの居場所を探ることにしよう」
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