第55話 元王女の覚悟
午後からの情報収集はほぼ空振りに終わる。元女王の娘の居場所は誰も知らなかった。
ただ、この街のどこかにいるという噂と、そして名前を
日も暮れてきたので情報収集を一旦打ち切り、どこかに宿を取ろうと街を散策していると、急に辺りがざわつき始める。
「いたか?」
「いや。あっちは探したか?」
「まったく、誰だよ。小娘だから楽勝だって言ったのは」
「大人が三人も張り付いていたんだろ?」
「知らねえよ。閣下が激怒してるそうだぞ」
憲兵たちが物々しく街中を調べ始めた。乱暴に建物の扉を開け、人が隠れそうな大きな籠は、持つ主に断り無くひっくり返していく。
「ま、まさか、わたしたちのスパイ行為がバレたんじゃ?」
焦ったように落ち着きのなくなる亜琉弓。それとは逆に
「亜琉弓。大丈夫だよ。どっかから逃げ出した子を探しているみたい」
その日は、赤い煉瓦造りの高級そうなホテルに宿泊となった。
金だけはあるのでそこそこ値段の高い部屋を頼む。最高級の部屋にも泊まってみたかったが、あまり目立って注目されるわけにもいかないので、ほどほどにしておいたのだ。
ホテルのポーターに部屋まで案内される。まだ十代前半の少年だ。
四階建てのホテルなので三階まで階段を上がり、その右奥の部屋だった。少し古めのホテルらしくエレベーターは設置されていない。
噂によれば総督府の隣にある最高級ホテルが五階建てでエレベーターが導入されているそうだ。技術的にも十九世紀の初頭に似た感じなので、全ての建物にエレベーター導入なんてことにはならないのだろう。
「コチラデス。ドウゾ、ゴユックリオクツロギクダサイ」
ちょっとカタコトっぽい発音だったので、たぶん俺たちを龍譲の人間だと思った現地人の従業員なのだろう。フロントが龍譲の人だったので、その影響で魔法ペンによる翻訳機能は龍譲後に設定されていたらしい。
部屋は洋間でお洒落なレトロな雰囲気が漂う感じだが、ホテル側としてはこれが最新式の現代的なものなのだろう。
中に入るとダブルベッドが二つあるのが見えた。
一つのベッドで三人で寝るにはきついかな? 最近は、一人で寝てるし、身体の小さな
「さて、疲れを癒そうぜ。今日は歩きっぱなしで疲れたよ」
俺は窓際の椅子へと腰掛けようと歩き始めると、それを「ハルナオさん。ちょっと待ってください」と亜琉弓が止める
隣の
「だれ?」
亜琉弓は部屋の隅にあるベッドに向かってそう問いかける。思わず俺は服の内側に収めておいた
もぞもぞとベッドの下から小柄な少女が出てくる。
綺麗に切りそろえられた日本人形のようなボブカット。そしてまだあどけなさの残る顔立ち。服装は、黒い短めのスカートに上は赤い七分袖で中華風の……いわゆる民国女学生服に似ていた。
「亜琉弓。よく気付いたな」
「ドリュアスの、この種が反応したんです。誰かいるよって」
まだ種だっていうのに、そんな力があるのか。すでに精霊が宿っているのだろうな。
それよりも侵入者か。
「おまえは何者だ? 物盗りか?」
俺のその言葉に、少女は左手をホールドアップのように上げ、右手の甲をこちらに向けて、その手にしている指輪のようなものを見せる。
「違います。お願いですから、私を匿ってください。もちろんタダでとは言いません、私の宝物であるこの指輪を差し上げますから」
少女が近づいてきて、俺に向けて外した指輪を差し出す。
「
いくら相手が少女だろうが、俺はすぐに信頼することはない。鬼畜と言われようが、疑うべき時は疑う。こいつが物盗りのいう可能性は捨てきれないのだから。
これは女性不信とは関係ない……ん? 関係ないよね?
「ハルナオさん。疑いすぎじゃないですか?」
亜琉弓が呆れたように声を出す。
「これくらい普通だろ? 俺じゃなくてもこの世界の奴なら、慎重に行動するはず。じゃないと生きていけないだろ」
「武器はないね。で、どうするハルナオ。この子の指輪もらっていいの?」
「いや、まだ取引が成立したわけじゃない。話を聞いてヤバそうだったら、憲兵に引き渡す」
俺がそう言うと、彼女はボロボロと涙を流し出した。
「……っ、お願いです。なんでも言うことを聞きますから」
泣き崩れるように膝から座り込む少女。
「あーあ、ハルナオさん、泣かしちゃいましたね」
亜琉弓がジト目でこちらを見ながらそんな言葉をこぼす。
「話は聞くって言っただろうが。まあいいや。亜琉弓、彼女をそこの椅子に座らせてくれ。おまえなら見た目は同年代だから彼女を落ち着かせられるだろう?」
どうせ俺は女の子の扱いなんて慣れちゃいないからな。
「わかりました。ハルナオさん」
「
「誰か来そうなら知らせろってことね」
「そうだ」
俺は水差しからカップに注いで彼女へと差し出す。
「話だけは聞いてやる。落ち着くまで何もしないから安心しろ」
俺はそれだけ言うと、彼女に背を向けて上着を脱ぎ捨てるとベッドへとダイブ。
少女が落ち着くまで一休みするか。
そうして十分ほど経ち、亜琉弓から声がかかる。
「ハルナオさーん。この子、落ち着いたみたいですよ」
俺は上着を羽織ると、亜琉弓たちのいるテーブルまで行く。少女は不思議そうな顔で俺を見上げていた。
「俺は冴木春直。いちおう旅の者だ。あんたの名は?」
「リウ・モンファ」
ん? なんか思い出しそうなことがあったんだが、まあ後でいいか。
「わたしは亜琉弓だよ。あと、あっちの扉の所に立ってるのが、
「姉妹なんだ」
「うん、そうだよ」
亜琉弓とモンファは、見た目的にも年が近いということで相性もよさそうだった。
「まあ、それはどうでもいい。あんたはなんでこの部屋にいた?」
「……」
彼女は俯いてしまう。ここで話さないと憲兵に突き出すぞと脅しても、先ほどのように泣き出すだけだろう。少しアプローチを変えるか。
「事情を話してくれたら協力ができるかもしれない。俺は信用できなくても、そこの亜琉弓は信じてやれるだろ?」
俺は亜琉弓に視線を移す。
「そうだよ。わたしはあなたの力になりたいの。だから、ね? 事情を話してくれないかな?」
そう行って亜琉弓はモンファという少女の手をとる。
「私……パーティー会場を抜け出してきたの」
「パーティー? なんのだ?」
「ハルナオさん、もうちょっと優しく」
亜琉弓に窘められてしまう。少しいらついていた感情が思わず出てしまったのだろう。
「……パーティーはウチデラとの婚約披露のために開かれたもの」
「今、ウチデラって言ったな。まさか陸軍中将のウチデラなのか?」
だとしたら……。
亜琉弓もそれに気付いたらしく、モンファの顔をマジマジと見つめて問いかける。
「モンファちゃん……もしかして王女さま?」
「ええ、そうです。私は臨安王国の最後の女王であるリウ・モンメイの娘のモンファです」
**
モンファの話では、今までは全寮制の学校にいたようだ。卒業間近ということで、結婚準備の為に婚約披露パーティーに強制的に連れてこられたらしい。
もちろんこれは強硬派が進めている計画のようだ。次期総督を狙うウチデラ中将が国民への反発を抑えるために王室の血を迎えようとしている。
独立を求めようとする革命派はともかく、半数の民は女王の判断を間違っていなかったと思っているのがこの国の状況だ。つまり、龍譲の庇護下に入ったことでインフラは整備され、経済的にも豊かになった。このことを歓迎している民もいる。
そういう者たちにはモンファの存在は受け入れられていた。ウチデラはこれを使って総督の地位を手に入れようというのだ。
もちろん、その裏には臨安を完全なるコントロール下に置きたいという勢力の思惑も入っているのだろう。
「酷い話だな」
「ですよねぇー、わたしもモンファちゃんを助けたいです」
亜琉弓はすっかり彼女の味方になったつもりでいる。というか、俺「助ける」なんて一言も言ってないんだけど。
「他国の政治に首を突っ込むつもりはないぞ」
「えー、モンファちゃんを助けてやりましょうよ」
「どうやって助けるんだ? ウチデラって奴をぶっ殺すのか?」
「そ、それは、ちょっと懲らしめるとか……」
「あのなぁ……たぶん、ウチデラを排除したところで、別の奴との婚姻を結ばせるだけだぞ」
ウチデラ中将など、強行派にとってはただの駒だ。裏で糸を引いているのは本国で
「じゃあ、彼女をここから逃がしましょう」
亜琉弓のその提案に、モンファは再び俯いてしまう。たぶん、その言葉を彼女は望んでいないのだ。
「なあ、モンファ。おまえはどうしたいんだ?」
「私は……」
「逃げたいっていうなら、その手段を俺らは持っている。けど、おまえは本当にここから逃げ出したいだけのか?」
彼女は首を振る。
「おまえは何がしたいんだ?」
「私は……母さまの意志を継ぎたい。この国を豊かにしたい。争いなんかなくしたい。けど、今は龍譲の庇護を受けるしかないってのもわかってる」
「でも、おまえはウチデラから逃げ出した。いくら望まない結婚だったとしても、それを利用して権力を手に入れることもできたはずだ」
少しキツい言い方だが、何か目的があるならば、あらゆる手段を利用するべきだろう。統治する側にまわるということは、それなりの覚悟が必要なんだ。
「あの人は駄目……あの人は私をただの道具としか思ってない。それに彼の政治思想は受け入れられない。彼が権力を手に入れたら、民が苦しむだけ!」
「じゃあどうするんだ?」
俺は彼女の覚悟を見極めることにする。
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次回 報酬
モンファの為にハルナオたちが動く
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