第56話 報酬

「イシアカ総督のところに行きたいの。彼は龍譲の中でも穏健派だから……あの人は民のことを第一に考えてくれている」


 まあ、彼ならウチデラと対立しているし、モンファをむざむざ渡すとも思えないか。でも、彼に匿ってもらうだけなら逃げるのと変わらない。


「行ってどうするんだ?」

「民が幸せになるのなら、私を利用してもいいって言うの。彼なら民同士で争うような愚かな行為を止めることができるはず。それに今は、夏王国の侵略から民を守るのに龍譲の力は必要だから」


 元王女としての責務を果たしたいのだろう。志半ばで逝ってしまった母親の代わりに臨安という国を守りたいという彼女の意志だ。


 なるほど、モンファの覚悟のようなものは理解した。


 ただ……イシアカ総督って五十過ぎのじじいだったよな。そんな奴にこの子が弄ばれるのを容認するのは少しためらってしまう。


「ウチデラよりもイシアカに利用された方がマシだってことか?」

「ええ、母だってそう思っているはず」


 モンファの瞳からは強い意志を感じる。それがどう転ぶかはわからないが、本人がそう望むならそれを手伝ってやるのもいいかもしれない。


 とはいえ、半分くらいは無責任な考えだ。俺にとってはこの国がどうなろうと構わないのだから。これは、彼女と取引するための交渉の一つ。


「よし、明日、総督の所に連れて行ってやろう」

「本当ですか?」

「ただし、これは取引だから報酬はもらう」

「じゃあ、これを」


 指輪を俺に差し出すモンファ。


「それ、大事なものじゃないのか?」

「王家に代々伝わるものらしいですけど、母が死んで国がなくなった今、意味のない物です」


 差し出された指輪をやんわりと戻す。


「それは、とりあえずはおまえが大事に持ってろ。俺が望むのはそんなのじゃない」

「じゃ、じゃあ、何をお渡しすれば……そ、そのあなたもわたしをお求めですか……」


 モンファは頬を染めて、恥じらうように身をひねる。やべ、勘違いされてるな。


「おいおい、誰がそんなことを言った。俺が欲しいのは情報だ」

「え? 情報ですか……えっと、それはどんな?」


 モンファは予想外の答えが返ってきたようで戸惑っていた。というか、身体求めた方が良かったのかよ。


「おまえ、いちおう王族だったんだろ? 街の北東にある遺跡を知ってるな」

「ええ、歴代の王が眠る墳墓ですよね。それがどうかされましたか?」

「あそこはどうやったら開くんだ?」

「開く? お墓参りでもしたいんですか?」


 天然か? こいつ。


「いや、ちょっとした捜し物だ」

「墳墓の中には宝物はありませんよ。代々の王はその遺体のみ葬られたと聞きます。余計な物はいっさい身につけないというのが習わしですから」

「いや、副葬品とかには興味ないから。ちょっとした手違いで、捜し物がそこに埋もれている可能性があるんだよ」


 まだ愛瑠メルからの連絡はないが、十中八九そこにあることは間違いない。


「でしたら、私がご案内しましょうか? たぶん、私とこの指輪があれば墓は開くはずですから」


 そう言って指輪を掲げてニコリと笑う。なるほど、あの遺跡の文字はそういう意味だったか。


「それ、俺に渡すとか言ってたじゃん」

「私は王家とかそういうことには興味はありません。母もあそこには葬られていませんから」


 国を裏切った女王は、この地の初代総督として治安の維持に尽力したらしい。だが、その過程で彼女は民に殺された。つまり国を売って王家を捨てた元女王には、墳墓に葬られる資格がないということか。


 あまりここらへんをほじくり返しても仕方ない。


 モンファは墓の中を案内してくれるのだ。早いところ兵装カードを手に入れて、それでこの子をイシアカ総督に引き渡せば、この国にいる必要もなくなる。


「出発は明日だな。今日はゆっくり休め。右側のベッドを使っていいぞ」


 俺はソファーに横になると、恵留エルに指示を出す。


恵留エル、今のうちに休んでおけ、念のため、夜も交代で見張りを立てるつもりだ」

「うん、わかったよ」

「亜琉弓、恵留エルの代わりに扉の近くで外を窺ってくれ。モンファを連れて行かれるわけにはいかないからな」

「は、はい。わかりました」


 急いで扉へ駆け出していこうとして、途中で躓き、それを恵留エルが支える。


「亜琉弓。焦らなくても大丈夫だよ」


 と穏やかな対応をする恵留エル。同じ妹でもほんと愛瑠メルとは扱い違うよな。


 しかも、そんな恵留エルを見上げてぽっと頬を染める亜琉弓。もうおまえ、百合姉妹路線でいいよ!


 ソファーから天井を見上げ、考え事をしていると愛瑠メルからの通信が入る。


――「ハルナオさま。遺跡の解析が終わりました」


「で、中に兵装カードはあったか?」


――「はい、ビンゴです。ただ、ちょっと問題がありまして」


「問題?」


――「遺跡の中は魔物で溢れかえっています。今開ければ数百体の魔物が放たれるでしょう」


「魔物? また小鬼ゴブリンか?」


――「いえ、大型種もいます。サイクロプス以上の魔物が数体確認できています」


「まずいな。開けられないじゃないか」


 溢れ出した魔物は周囲の村や街を襲うだろう。ゴブリンだけでも面倒だというのに、大型種もいるのか。


――「どうされますか?」


 無関係な周辺住民に被害を出すわけにはいかない。それは偽善とかいう以前に、兵装を回収する俺たちの努めだ。俺はこの世界への干渉を最低限にすると決めたのだから。


 溢れ出す魔物をなんとかしないと遺跡の扉は開けない。そのためにも下準備が必要だ。舞彩がいれば建設魔法で大がかりなトラップを仕掛けられる。


「舞彩もブリッジにいるか? 呼んでくれ」


――「ご主人さま? 舞彩です。お呼びでしょうか?」


「明日、スバルで恵留エルをそっちに迎えにやるからこっちに来てくれ。舞彩にも手伝って欲しいことがある」


――「了解しました。ご主人さまのお役に立つことを誓います」


 そこまで大げさに忠誠心を現さなくてもいいんだけどな。


「じゃあ、頼んだぞ」


――「はい」

――「メルはぁぁぁぁぁ?!!!」


 予想通りの反応だなぁ愛瑠メルは。


「お土産買って帰るからさ」


――「メル、お子ちゃまじゃないですよ」


「ナイロンじゃなくて、本場のシルクのチャイナ服をお土産にしてやるから。そしたらおまえ、セクシーな女性になれるぞ」


――「せくしー? そしたらハルナオさまもヨクジョーします?」


 しねえけどな……いや、するのか? ロリコン一直線だなと、自嘲する。


「おまえの部屋にも遊びに行ってやるから、待ってろ」


――「うん、わかった。ハルナオさま。待ってますからね」


 チョロインだった。いや、チョロインなのに手を出してない俺は鬼畜そのものだな。



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次回 交換


モンファと総督の対面 そして動き出す局面


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