第63話 壁画
「
俺は通信で彼女にそう指示を出す。
――「うーん、無理っぽい。みんな頭の方向がバラバラだから、一度には無理かも」
根元から落とせればいいけど、それだとあの九つの頭の間を縫って行かなければいけない。そちらの方が難易度が高いか。
まあ、
「舞彩、ゴーレムを何体か召喚して、あの化け物の尻尾を押さえ込めるか?」
――「了解しました。やってみます」
その数分後、舞彩から気落ちしたような声が聞こえてくる。
――「ご主人さま……申し訳ありません。ゴーレムでは、あの化け物を止められません。掴まえようとしても、ゴーレムでは掴みきれずに逃げられていまいます」
まあ、竜といってもほぼ蛇に近いからな。鱗に潤滑油みたいなものがあるのかもしれない。
「舞彩。地道だが、倒す方法はある。
――「ええ、ロープを使った原始的な跳ね上げ式のトラップですね」
「ああ、そうだ。舞彩の創造魔法と亜琉弓の操樹の魔法で頑丈なロープと跳ね上げ用の樹木を作れ。
――「ハルナオ。そのあとはどうするの?」
「動きが止まったらおまえの魔法剣の出番だ」
――「でも、再生能力が高くて傷つけてもすぐに治癒しちゃうよ」
「この化け物はたぶんヒュドラだ。ギリシャ神話の話は知ってるだろ?」
――「そっか、切り落とした首の断面を焼くんだね。それで首はもう生えてこない」
「本体の首は他のより頑丈だから、一つだけ残るだろう。そしたら、その頭におまえの火属性魔法剣をぶっ刺して中から焼ききればいい」
――「わかった」
――「了解です」
――「おまかせください」
三人から元気の良い返答が返ってくる。確実に倒せる方法がわかったのだから、士気も上がったのだろう。
そうして、ヒュドラは退治され、墳墓の辺りには平穏が戻った。
とはいえ、もう夜も遅い。討ち漏らしがないか、スバルに備え付けの生体レーダーと、プレイオネにいる
何匹かの逃げ出した魔物を倒したあと、俺たちは墳墓の中へと入っていく。
魔物がいなくなったのだから、明日また来るってのも二度手間になりそうだからな。
いちおう、案内役としてモンファを連れて行ったのだが、彼女がここへ入ったのは物心着く前らしい。
墳墓の中はピラミッドのような迷路構造ではなかった。深層部への道は一本道に近く迷うことなく歩いて行く。みんな各々にランプを持っているが、これは俺が魔法ペンで実体化したものだ。
通路の両側には壁画のようなものが描かれている。この世界の神話だろうか?
何か白衣のようなものを着た人型の邪神たちが世界を作り、人類を実験動物のように扱っていたらしい、ということがわかる壁画だった。そして一人の英雄が邪神を打ち倒し、この世界を邪神たちから切り離したという。
神話というか、SF絵巻物でも見ているかのような感じだった。
さらに奥へ進むと、ジーマという大陸の近くに突如巨大な方舟が現れたという絵と文字がある。多分、古代文字なのだろうが、魔法ペンの恩恵で、それらも自動的に翻訳されて頭に入ってきた。まるで絵本でも読んでいるかのようである。
その壁画によると、方舟の乗組員は、この世界の外より来たという話だ。つまり次元を超えてきたらしい。
「方舟の形状からいって、戦艦だよなぁ。このジーマ大陸って、どこにあるんだ?」
思わず、そんな感想が俺の口から漏れてしまう。ノアの方舟のような、方形のカタチののっぺりした船ではなく、砲塔の付いたスマートな某宇宙戦艦のようでもあった。
「このジーマというのは、臨安から南西にいったところにあるジーマ諸島のことでしょう。今は島が散在していますが、昔は大きな一つの大陸があったとも言われています」
モンファがそんな解説をしてくれる。彼女も古代文字が読めるようだ。そういう意味では連れてきて良かったのかもしれない。
壁画には続きがあり、その方舟から下りてきた者が現地民と話し合いのようなものをしている。
「何か交換条件を出しているようですが、文字が薄れていて読めなくなっていますね」
モンファが興味深げにその文字に近づいていく。
「この者達は何を交渉しているのだ?」
「読める単語を拾っていくと、『人間』『不戦』『解除』『魔法』ってところでしょうか……あと『愛しの使い魔』」
モンファも古代語が読めるようだ。
「それだけじゃわからないな」
さらに歩いて行くと、亜琉弓が驚いたように声をあげる。その先にあった壁画は衝撃的なものだった。
「あ!」
空から火の玉が降り、地上を焼き尽くす。人々は恐怖で硬直し、為す術もないまま死んでいく。
「これは戦艦……いや、方舟からの攻撃なのか?」
「違うようですね。隕石の類のようなものかと」
モンファがそう解説する。
その先の絵を見ると、すぐに状況がわかった。
「船の先端が光ってますね……続きは、その光を放っているのでしょうか?」
亜琉弓がその絵を見上げてそんな感想を漏らす。
「たぶん……強力なエネルギー兵器だろ」
俺はそう解釈した。
その光は、空から振ってきた巨大な火の玉を粉砕する。巨大隕石すら砕く兵器を持つ戦艦なんて……思い当たることが多すぎて頭が痛くなってくる。もちろん、架空の物語の中だが。
どっかの宇宙戦艦にあったよなぁ……。
壁画の最後はハッピーエンドで締めようとしているのだろうか、方舟の主と女性との結婚式の図で終わっていた。
「臨安の初代の王ってのは、世界の外より来た奴の末裔ってことなのか?」
「いえ、そこらへんは定かではありませんね。国を起こすときにその伝説を利用したという噂もあります」
そりゃそうだよなぁ。始まりの島で見つけたミイラがあの魔導師であるなら、二人はひっそりと暮らしていたはずだ。
とはいえ、あの戦艦の秘密をこの壁画は語っている。それは無視できないだろう。
ただでさえ兵装やペンを示す地図が半分しかなく、すべてのものが描かれているわけではない。隠密機能のように、兵装ではなく、戦艦のオプション性能のような能力さえ各地に隠されているのだ。
「そういや、あの戦艦が現れたのはジーマ諸島があった場所と言っていたな。どうせだから寄ってみるか」
「そうですね。ご主人さま。南エイジ大陸を西周りで行くのなら、それほど手間でもありませんし」
こうやって地道に情報を集めていくことも必要だ。
「ハルナオさん。封印されたカードの反応があります」
前を歩く亜琉弓が前方を指さすと、さらに
「見つけたよ」
と
「どれどれ」
受け取ったそのカードに書かれていたのは球体にトゲトゲが付いたような図柄だ。これはなんだ?
「ハルナオ。これ砲塔じゃないよね?」
「そのようですね。ですが、これはなんでしょうか?」
「ハルナオさん。もしかしてそれって、機雷とか爆雷の類じゃないですか? どっちかわかりませんが」
機雷か爆雷。たしかに形としてはそれっぽい図柄だな。とはいえ、またしてもハズレクジを引いた気分だ。
どっちも兵装としては、受動的な攻撃方法だよなぁ。こう、もっとドッカンドッカン撃ちまくれるような兵装はないのかよ!
「それがあなたたちの探してたものなのですか?」
事情をよく知らないモンファが、俺の手に持つカードを不思議そうに見つめてくる。亜琉弓はそれに気付くとこう言った。
「うん、そうだよモンファ。これが回収するためにこの国へと寄ったの」
「そうなんだ。じゃあ……もう亜琉弓ともお別れなんだね」
モンファが悲しそうに俯いてしまう。
俺はそんな彼女にこう声をかける。
「いや。この国を引っかき回した後始末は付けさせてくれ、おまえの国をめちゃくちゃにしたまま引き上げるつもりはないから」
「え?」
「そうなの? モンファとはまだ一緒にいられるの?」
小さく驚きの声をあげたモンファと嬉しそうに頬を緩める亜琉弓。二人は手を取り合って喜びを表す。
「でも、よろしいのですか? 内政干渉はしないとの方針ではなかったのでしょうか?」
舞彩が意外そうな顔で俺を見つめる。
「ああ、政治的な意味での干渉はしないよ。これは、亜琉弓の友達が困っているから助けるっていう、ごく私的な干渉だ」
陸軍の将校と元王女の結婚式を台無しにしたんだ。このままモンファを帰しても居場所はないだろう。さすがに俺も、こうして関わってしまった少女を放置できるほど鬼畜ではない。
というか、亜琉弓の友達だから特別だ。
俺は舞彩の方を向くと、「苦労をかけてすまない」という意味で笑いかける。
「舞彩には悪いが、少し残って後始末を手伝ってもらうぞ」
「ええ、了解です。ご主人さま」
それでも彼女は、嬉しそうに俺を見上げた。まあ、今度は俺もこの国に残るからな。一人でいろいろさせるよりは寂しくないだろう。
「というわけで、
「うん、わかった」
さて、仕上げと行くか。
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次回 後始末
モンファの居場所を作る為に、ハルナオたちの裏工作が始まる
※次回 6/7投稿予定
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