第62話 開く扉

 気が付くと、舞彩マイの顔があった。俺を膝枕していてくれたのだろう。


「ご主人さま、大丈夫ですか? 擦過傷もあったので、いちおう治癒魔法はかけておきました。気を失った原因はただの脳震盪のようですが」

「あ? ああ……えっと」


 そこでガバッと起き上がって、停まっていた思考が回り出す。


「モンファがさらわれた!」

「そのようですね。今、愛瑠メルが探知して追跡しています。北東の方へと向かっているそうですね」

「誰が攫ったんだ?」

「ウチデラ中将です。彼はすごい執念で動いているみたいですね」


 あれ? 下剤が効かなかったのか?


「ということは司令部に戻っているのか?」

「いえ、違うみたいです」

「どこに向かっているんだ? 強硬派が動き出したんじゃないのか?」


 俺のその質問に、舞彩は落ち着いて答える。


「強硬派は内部文書の流出によって不利な立場となっているよう混乱しています。条約に反したことを行おうとしていることがバレましたからね。記者たちは告発記事を書こうと躍起になっています。それらの対応に追われて、強硬派はウチデラ中将に構っている暇はないでしょう」

「じゃあ、ウチデラはどこに行ったんだ?」

「そこらへんは愛瑠メルに聞いてみて下さい」


 俺はすぐに無線へと呼びかける。


愛瑠メル。聞こえるか? ウチデラはどこに向かってるんだ?」


――「向かっているというか、逃げているだけみたいですね。特に行き先は決めていないんじゃないかと」


「ん? どういうことだ?」


――「彼をトレースして音声を拾った結果がありますのでお聞き下さい。ハルナオさまなら、彼の思考を予想できるのではないかと」


 耳に入ってきたのは断片的な言葉だ。


『儂は終わりだ……サンゲツさまに消されてしまう』

『せっかくこの地位まで上りつめたというのに』

『やつらに捕まったら、責任をとらされて……いや、殺される』

『ならばせめて、この娘を味わってから……でないと未練が』


 最後はゲスなこと言ってるなこいつ。


 つまり強硬派を裏で操る人間に、結婚式を行えなかった責任と証拠隠滅のために殺される可能性があるから逃げ出したというわけか。もちろん、半分くらいは彼自身の被害妄想でもあるが。


亜琉弓アルキュウはどうした?」

「ウチデラ中将を追ってます。愛瑠メルがトレースしていると言ったのですが、興奮していたようで」

「あー……まあ、あいつの気持ちもわからなくはないけどな」


 大切な友達を攫われたのだから、頭に血が上るのも仕方が無い。あいつ意外と直情型だからな。


 まだ外は明るいが緊急事態だし、恵留エルにスバルで飛んで来てもらおう。途中で亜琉弓を拾っていけばいい。


恵留エル。聞こえるか? 愛瑠メルから事情を聞いていると思うが、とりあえず式場まで飛んで来てくれ。このさい、見つかっても仕方が無い」


 スバルの存在は知られたくなかったが、悠長なことを言っている場合でもないからな。


 俺からの連絡で、数分でスバルは到着する。何人かの人間に飛んでいるところを見られたが、着陸地点は舞彩の魔法でなんとか隠すことに成功した。


 地表に、スバルを隠せるくらいの窪みを舞彩の魔法で作ってもらったのだ。


 一時的なものなので、長期間は隠せない。が、まあ、俺たちが乗り込むまでの間だけ誤魔化せればいい。


 俺たちはすぐにスバルに乗り込むと、ウチデラを追って飛び立つ。


 途中、鬼気迫る表情で必至に自転車を漕ぐ亜琉弓アルキュウを見つける。伝令用の軍の自転車を盗んできたのだろう。


 とはいえ、さすがに自転車で追いつくのは無理だったようだ。亜琉弓はそこまで身体能力が強化されているわけではないのだから。


「亜琉弓! こっちに乗れ」


 スバルが近づいたことに気付いて、上を見上げる亜琉弓。だが、自転車はこぶしより一回り大きな石にぶつかり、バランスを失う。


 自転車は前のめりになり、亜琉弓はそのまま空中へと投げ出された。彼女が咄嗟に呪文を唱えたおかげで、周りの木々から伸びてきた枝に優しく捕らえると、それを伸ばしてスバルのハッチまで運んでいく。


「お疲れさん」

「モンファちゃんが!!!」


 亜琉弓はまだ興奮が冷めないようだ。まあ、大切な友達を攫われたのだから、仕方ないともいえる。彼女は他人に対して思い入れが強すぎるからな。


「まあ、落ち着け」


 俺は手を出して、亜琉弓を機内まで引き寄せる。


「モンファちゃんは?!」

愛瑠メルがトレースしてるって聞いただろ? このスバルなら、あと数分で追いつくから安心しろ」


 しばらくすると、モンファが乗せられている車が見えた。


 屋根のない小型トラックだ。時速は五十キロも出ていないが、これが最高速なのだろう。


「亜琉弓。おまえの魔法樹のツタでモンファだけ掴まえられるか?」

「わかりません。やってみます!」


 彼女が呪文を唱えると、袖の中からツタのような植物が下へと伸びていく。運転に夢中のウチデラは気付いていないようだ。


 うまくいけば、そのままモンファを持ち上げてスバルに収納すればいい。


「ハ、ハルナオさん! モンファちゃんの左手が手錠で車と繋がってます」

ツタの先で手錠を壊せないか?」

「あまり細かい動きはできないので、下手をするとモンファにケガさせちゃうかもしれません」

「しゃーない。魔法は中止だ」

「ハルナオさんの描いた麻酔銃でウチデラ中将を狙撃できませんか?」

「それやったら確実に事故るだろ」


 俺が苦々しい顔をしていると恵留エルがこう提案してくる。


「あいつらの車の前にスバルを着陸させて強制的に停める?」

「いや、その案でも、事故ってモンファがケガをする可能性もある。ここは安全策をとろう。あの車だって、いつまでも燃料が持つわけじゃない。停まってから確保すればいい」


 さらに車を追跡していくと、どんどんひとけのない方へと進んでいく。そしてたどり着いたのは例の遺跡へと通じる道。


「モンファをここまで連れてきてくれた、って考えればラッキーかもな。まあ、ここは観光地でもないし、王家の墓だから人があまり来ないような場所にある。ウチデラが焦ってここに来るのも理解はできなくはない」

「そうですね。それにモンファちゃんを手篭めにしたいのであれば、墳墓の中に入ってしまえば当分時間稼ぎが……あ!」


 亜琉弓があることに気付いて声を上げた。俺もすぐにその意味に気付く。


「マズいぞ。墳墓の中は魔物だらけだ。今開けられたら……」



**



 確実に墳墓へと来ることがわかったので(車は一本道に入ったので)、先回りして俺と亜琉弓を墳墓の前へと降りる。そして、恵留エルには舞彩を迎えに行ってもらった。


 こんなことなら最初から舞彩を連れてくるべきだったな。


「大丈夫ですかね?」

「車を降りたところを麻酔銃で撃てばいい」


 俺は墳墓の扉が見える近くに、亜琉弓の魔法樹で植え込みを作ってもらいそこに隠れる。


 数十分後にウチデラとモンファの乗った車が到着した。


恵留エル。今、どこだ?」


――「あと五分ほどで到着です。ウチデラ中将は?」


「今到着したところだ。いざという時は頼んだぞ」


 車を停め、ウチデラがモンファの手錠を外したところで麻酔銃を撃ち込む。が、一発撃っただけでは倒れなかったので二発撃ち込んでようやく眠りに落ちた。


「危なかったな。下剤もそこまでダメージ受けてなかったようだし、クスリへの耐性でもあるのかな?」


 せっかくモンファもいることだし、扉を開けたいところだが、すでに日は暮れかけている。


 いくら備えがあるとはいえ、暗い中では戦いたくなかった。とりあえず安全なプレイオネへと戻るとしよう。


 俺のすぐ側では、亜琉弓とモンファが感動の再会を行っていた。


「モンファちゃん、大丈夫?」

「うん、ありがと。助けに来てくれて」


 そこで俺は、モンファの指にあるはずのものがないことに気付く。


「あれ? モンファ、指輪はどうした?」

「え? ああ、さっきウチデラ中将に取られちゃって」


 ハッとして、ウチデラが倒れていた場所を見るも、そこに彼の姿はなかった。焦ったように辺りを見渡して、墳墓の扉に彼がいることに気付いた。


「ワシはそう簡単に捕まらんぞ!!」


 高笑いしながら彼は指輪を側面にあるパネルへと填め込むと、扉がギギギっと開いていく。


「マズイ、亜琉弓。魔法樹で俺たちをなるべく高い所まで上げてくれ!」

「え? あ、はい。優しき緑の精霊よ。我が友の樹の大きな手で我らを天に掲げよ!」


 亜琉弓の呪文の完成と共に地面が盛り上がり、まるで御伽噺の豆の木のようにニョキニョキと俺たちを保持したまま樹木が天高く伸びていく。


「ギェエエエ!!」


 下からはヒキガエルの鳴き声のような、男の悲鳴が上がった。


 扉から溢れたのっぺりとした全長五メートルほどの巨人……あれはトロールか。その魔物が出てくると、ウチデラはがしりと身体を掴まれて、そのまま頭から生きたまま食われていく。


 自業自得とはいえ、思わず目を逸らしたくなるグロテスクなシーンだ。


「ハルナオさん、スバルが見えました。恵留エルお姉ちゃんたちです!」


 南の空には待ちかねたティルトローター機がこちらに向かっているのが見える。


 ほっとしたのもつかの間、真下を覗くと溢れた魔物たちが上ってくる。小鬼ゴブリンだけではなく犬の頭を持つ人型の魔物もいた。いわゆるコボルトという奴か。


「亜琉弓! 魔物が上ってくる」

「あ、大丈夫ですよ。自動的に攻撃してくれるんで」


 と余裕の亜琉弓。彼女の言う通り、上ってくる魔物たちを絡み合っていたツタがほどけて異物を振り落としていく。


 なるほど、植物自体が意志を持って魔物に対応しているのか。そういう意味じゃ、亜琉弓の魔法は面制圧で考えるとかなり使えるものである。


 かといって、愛瑠メルの究極魔法は制圧ではなく殲滅だからな。コントロールできる分、亜琉弓の方が使い勝手が良い。


 近づいてきたスバルが頭上でホバリングする。俺たちは、それに乗り込むと一度墳墓を離れて前に着陸した場所へと移動した。


 そこで一旦体勢を立て直す。とはいっても、すでに事前準備は完了している。あとは、トラップを作動させていくだけだ。


 俺はコクピットに座ると、恵留エルと操縦を代わる。


「舞彩、少し予定が変わったが、打ち合わせ通りにトラップを作動させてくれ」

「了解いたしました」

恵留エルは、トラップから漏れた魔物に対処してくれ。たぶん、大型種が残ると思うから亜琉弓との連携で殲滅しろ。あまり無理するなよ。亜琉弓もわかったな?」

「うん、まかせて!」

「はい、おまかせください。ハルナオさん」


 スバルから三人が降機すると、俺はモンファを乗せたまま再び飛び上がる。三人だけでは魔物退治は十分ではない。数が数なだけに討ち漏らしも出てくるだろう。


 いちおうこのスバルにも攻撃武器は付いているので、それで掃討すればいい。


 モンファが俺の隣の席に座り、不思議そうにこう問いかけてくる。


「あなた方は、いったい何者なのですか? こんな飛行機見たことありません。それに亜琉弓ちゃんの不思議な能力は?」

「前にも言ったろ? 何者でもないし、どこの国家にも属さない。俺たちは独自に動いているからな」

「では、どうして私を助けたのですか? 扉はもう開いて、私には利用価値なんかないはずなのに」


 そういや、そうだな。かといって、俺は正義感がそれほど強いわけでもない。


 一瞬、答えに詰まりそうになるが、考えてみれば単純明快な理由があるじゃないか。


「モンファは、亜琉弓の友達だろ?」

「え? ……うふふ、そうですね。では、なぜ亜琉弓の為にあなたは私を助けるのです?」

「そうだな。亜琉弓は、俺の大切な子だからな」

「恋人……なのですか?」

「恋人ではないが、それに近い存在だよ。あの子の願いはなるべく叶えてやりたいからな」

「父親みたいなものですか?」


 いや、そこまで年離れてないから!


「兄よりはずっと親密な関係だと思ってくれ」


 とりあえず誤魔化すしかないだろ。亜琉弓とエッチしたことあるとか言ったら、モンファにどんな目で見られるか。


 まあ、ロリコンとか思われてもよかったんだっけ。というか、このセカイに「ロリコン」という言葉はないだろうけどな。


 地上を見回すと三人が奮戦していた。


 舞彩は、トラップを作動させて小型の魔物をすり鉢状の穴に落としていく。そのまま地下水と共に魔物を地中深くへと封じ込める戦術だ。


 そこから這い出てくる大型の魔物は、恵留エルの近接魔法と亜琉弓の遠距離魔法が葬っていく。


 俺は、二人の攻撃を逃れた魔物をスバルに備え付けられた魔導ガンで撃つ。ガトリング砲並の威力と連射力があるので、わりと楽勝な感じだった。


 墳墓の扉から溢れんばかりの魔物の数も減り、「もう打ち止めか?」と思った頃に大型の魔物が一体現れた。全長は二十メートルほど。


 それは頭が九つに分かれた蛇のような竜だった。いわゆる「ヒュドラ」という奴か。


 恵留エルが突っ込んでいって魔法剣でその頭の一つをはねる。


 ギリシャ神話では九つの首のうちの八つは倒すことができるが、残りの一つは不死とも言われていた。


 加えてヒュドラは猛毒を持つとも伝えられているが、この世界のヒュドラ(仮)はどこまでギリシャ神話準拠なのだろうか?


――「ハルナオ! こいつの首って、切り落としてもすぐに再生してくるよ。どうすればいい?」


 恵留エルから予想通りの反応が返ってくる。やはりギリシャ神話準拠のモンスターか。


 まあ、元は兵装から漏れ出した魔力が原因だし、戦艦にプレイオネを名付けるくらいだから、ギリシャ神話がなにかしら関連している可能性は高いわな。


 だとしたら対策としては単純だ。


**************************************


次回 壁画


神話級の魔物との対決の後は、お約束の宝探し


※5/31に投稿予定

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