第61話 花嫁の救出

 本日はモンファとウチデラ中将の結婚式。そこから彼女を助け出す作戦はすでに打ち合わせ済みだ。舞彩も記者の見習いとして式場に入る手筈もついている。


 式の時間はお昼からということだが、余裕を持って現地入りしておいた。


 俺たちはまだ夜も明けぬ早朝、というより深夜の三時に闇の中をスバルで飛び立つ。これが一番確実に臨安にたどり着ける方法だからな。


 雄高の街の近くに着陸すると、光学迷彩を起動させて恵留エルはとりあえずはスバルで待機させる。日が昇ったら俺と亜琉弓は偽の招待状を持って式場へと向かった。


「さ、さすがに緊張しますねぇ」


 街へ続く道を歩いていると、亜琉弓が肩をすくませるようにそう呟いた。


「そんなに気張るなって、作戦の一つ一つはそれほど重要じゃない。失敗したら、別の方法ととればいいだけの話。最終的な目的は、結婚式を潰してウチデラを失脚させて、それに強硬派を巻き込むかたちをとれればいいだけだ」


 大事なのは目的であって、作戦じゃない。一つ一つの戦術は臨機応変に行うべきなのである。


「それはわかりますけど、全部失敗しちゃったらどうしようって」

「そしたら、他の方法をまた考えればいい」

「ハルナオさんって、そういうとこ、すごいですよね」


 亜琉弓が本当に感心したかのように、目をまるくしながら俺を見上げる。


「まあ、アレだ。失敗だらけの人生だったからこそ、それをどうリカバーするかってのにリソース使ってきた。だから、わりと失敗に関しては俺は大先輩なんだぞ」


 俺は自虐の意味で苦笑いを浮かべる。順風満帆な人生だったら、こんな歪んだ考えには至らないだろう。


「ありがとうございます、ハルナオさん。少しだけ、心が軽くなったような気がします」

「まあ、舞彩とも現地で合流するし、おまえのサポートは俺だけじゃないからな」

「心強いです。あ、そういえばイシアカ総督は助けないんですか?」


 今回の作戦はモンファを助け出すものであり、イシアカ総督に関しては特に何をすることもない。救出話といったら、二人共というのが定番だろう。だが、俺たちは目的があるので余計な事はしない。


「ウチデラが失脚して、内情がバラされて強硬派の力が弱まれば自動的に釈放されるよ。俺たちが助け出すと却って龍譲の本国から不信感を抱かれて彼の立場がさらに悪くなるからな」

「あー、なるほど」


 街に着くと、舞彩と一旦合流し打ち合わせを行う。


「ご主人さまに言われたとおり、式場の警備配置図を少し改ざんしたものを独立派の方へと自然なかたちで流出させておきました。彼らが攻め入る方角にトラップは仕掛け終わっています」

「ありがとう舞彩」

「これくらいの仕事は大したことではありません。ただ、昨日はひとりで寂しかったんですよ」


 と、建物の陰へと俺を引っ張っていき、そのまま抱きついてくる舞彩。亜琉弓が見ちゃ行けないものを見てしまわないようにと、両手で顔を隠していたが、その指の間からは片眼が見える。見てるじゃんかよ!


「……と、とにかく、作戦がうまくいけば今日のうちに兵装カードもゲットできて、プレイオネに帰れるぞ」

「そうですね。早くベッドの上でご主人さまにかわいがってもらいたいです」

「……」


 えっと……やべ、思考がフリーズしつつある。そんな俺を悪戯っぽい笑みを浮かべて、舞彩は自然と抱擁を解く。そして、亜琉弓の方へと振り返るとこう言った。


「亜琉弓……あら、うふふ。そういうことなのね」


 舞彩は嬉しそうに口元を緩ませる。


「……あ、あの。はい、えと、その……わ、わたしも魔力満タンなんで、今日は頑張ります!」


 舞彩は俺が亜琉弓に魔力を注いだことに気付いていたようだ。彼女はわりと勘も良いからな。それでも、嫉妬とは無縁な舞彩の笑顔。これは仮面……じゃないよな?


「ご主人さま。ご安心ください。わたくしたちは人間ではありませんし、それにご主人さまの立場もわかっています。だからこそ、わたくしは妹たちに嫉妬などしませんよ」

「無理してないよな?」


 俺は不安になってしまう。


「特殊な世界で特殊な事情。しかも特殊な形態。何一つまともなものがないんですから、ご主人さまもこの異世界での状況を楽しんでください」

「こんなことを言える立場じゃないんだけどさ。舞彩はそれでいいのか?

「ええ。ただし、いつか、わたくしたちが人間になった時、どうするかはきちんと考えていてくださいよ。覚悟を決めることこそがご主人さまの役目なのですから」

「善処するよ」

「さて、そろそろ式場に行った方がいいですね。わたくしは臨安新報に寄ってから参りますので」


 そこで舞彩と別れ、俺たちは式場となる臨安神宮へと向かう。


 式場は陸軍の士官クラスの結婚式とだけあって、厳重な警戒態勢がとられていた。陸軍の一個中隊ほどが警備を行っているようだ。


 臨安帝国の防衛は、ほぼ龍譲の海軍が担っているから、わりと陸軍は暇なのである。臨安にも軍はあるが今回の式では蚊帳の外だ。


 そして、本土に上陸されない限りは龍譲の陸軍の出番はない。かといって、陸軍がいなくてもそれはそれでマズイことにはなる。


 陸で迎え撃つ軍隊がいなければ、一極集中で防衛戦を突破し、上陸してしまえば敵の思うままだ。


 そんな状態にさせないためにも、陸軍を混乱させないことが必要最低限のこと。だからこそ、司令部での戦闘を避けたのだから。


 無能な陸軍だったとしても、抑止にはなり得るのだった。


 さて、俺たちは偽造した招待状を持って受け付けを難なく通り抜ける。この世界の技術力が二十世紀初頭くらいだからこそ使えた手だな。


 俺の世界と同じくらいの技術力だったら、もう少し頭を捻らないと式場には潜り込めないだろう。その場合は奥の手の魔法のペンをフル活用するけどな。


 愛瑠メルが解析した間取り図から、調理場の位置を確認し、亜琉弓の魔法で遅効性の下剤を精製して料理に混ぜる。招待客に振る舞われるものだけではなく、警護する兵士たちの料理にも入れる。


 下剤は地中を這う亜琉弓の魔法植物を利用して運ばせるだけなので、安全かつ簡単ではあった。まあ、こんなのは魔物相手には使えないけどな。


 それにしたって……。


「木魔法ってけっこうエグいよな」


 下剤から致死毒まで、なんでも生成可能な魔法だ。


「もう、ハルナオさんが設定したんですからね。わたしは、こんなことしたくなかったんですよ」

「大量に人死にが出るよりはいいだろ?」

「まあ、そうですけど」

「そろそろ式が始まるぞ」


 集まり始めた招待客がざわつき始める。といっても、実際の婚姻の義は奥の方の間で軍上層部と臨安に出資している一部の者たちによって行われるのだ。


 婚姻の義が終わって披露宴になるまで、招待客はモンファの姿すら見られない。


――「ハルナオさま。西の丘陵の窪みに集結していた独立派の革命軍が動きます」


 愛瑠メルから通信が入った。


「彼らの誘導はうまくいったみたいだな。あとは、モンファを連れ去ろうとこの式場に攻撃を仕掛けてくれればいい」


――「引き続き革命軍の動きを監視しますね」


「頼んだぞ」


 通信を切ると亜琉弓に目で合図をする。打ち合わせ通り、控えの間を抜け出して建物の裏手へと回る。


 警護の兵士たちがざわつき始めていた。


「敵襲です!」

「どこからだ?」

「場所は、西にある丘陵地帯からです」

「ニシザキ、おまえは軍隊長に報告しろ」

「マエサワ、装備を持ってオレと来い!」


 それから数分後には、銃撃音が辺りにこだましてくる。両者がぶつかったようだな。


「さて、亜琉弓。おまえの番だ」

「はい。思いっきり暴れさせますね」


 彼女は呪文を唱え、大地に這わせた蔓状の魔法樹を操って戦場を混乱させていく。龍譲陸軍と臨安の革命軍の双方を邪魔するように、足を引っ掛けたり、銃を取り上げたり、通信兵を拘束して隠したりという嫌がらせだ。


 二つの部隊を壊滅させないように、戦闘を長引かせるだけだ。


 そうやって、一部の革命軍の進む方向を誘導していく。この一部というのは、モンファを誘拐……いや、彼らにとっては取り返すべく送り出された救出部隊だ。


 陸軍の方はそろそろ下剤が効いてきた頃なので、動きも鈍くなっているだろう。


 俺は革命軍の一個小隊を見つけると、その最後尾にいる兵士を実体化した麻酔銃で撃つ。


 しばらくして、そいつが完全に置いて行かれるのを確認すると、革命軍の奴が着ていた人民帽と人民服を拝借して着替える。そして、先行していった小隊とは別の経路で式場へと侵入した。


 というのも、先行していった小隊の経路には罠があり、今頃は落とし穴の中で舌打ちをしている頃だろう。これは舞彩の建設魔法によるものだ。


 俺は革命軍のふりをして悠々と婚姻の義を行っている奥の間へと侵入する。


 そこは目を背けたくなるような惨たらしい状況だった。


 いや、人が無残な殺されかたをしているわけではない。ここにいる人たちはすべて生きている。そりゃそうだ、亜琉弓が死なない程度の下剤を仕込んだのだからな。


 ゆえに、扉を開けた瞬間、ぷーんと鼻を突く強烈な臭い。


「くっせーな」


 鼻を摘まみながら入っていくと、そこら中にクソを漏らしながら床を悶え動く列席者の姿が窺える。


 その中央奥の席で、困惑した顔を浮かべているモンファの姿があった。彼女は亜琉弓からのメッセージを受け取っているので、式で出された食べものには手を付けていない。


 俺は用意していた書類の束を部屋の隅にばらまく。そして、モンファの座る場所へと行くと、優しく手を差し出した。


「モンファ王女。こんな劣悪な環境から逃げましょう。クソの臭いが染みついてとれなくなりますよ」

「あ、あなたは……」


 俺の名を口にしようとしたので、人差し指を口にあてて「ご内密に」と黙ってもらう。


 そして手を引き、出口へと導いていった。そのモンファだが、腕を手錠のようなもので拘束されていた。花嫁だというのに、ずいぶん酷いことをされている。


 これは後で亜琉弓か舞彩にでも頼んで破壊してもらおう。


「舞彩、聞こえるか?」


――「はい、なんでしょう。ご主人さま」


「モンファは確保した。奥の間に記者たちを誘導してくれ。例の書類もそれとなく置いといたから、自然に発見できるようにしてくれ」


――「了解しました」


 書類とは、ウチデラ中将が総督になったときの密約書のコピーだ。とあるマフィアに利益を与えるように密約を交わしたものである。こんなものが公になればウチデラもただでは済まないだろう。


「私をどうなさるんですか?」

「しばらくは隠れてもらう。その間に、ウチデラ中将を含めた強硬派自体が失墜するだろう。陸軍の派閥は穏健派が力を持ち、イシアカ総督は復帰するはずだ」


 彼女は両手を胸に持っていき瞳を閉じると、それまでの不安な表情から穏やかな顔へと変わっていった。


「私はもう、あの人たちに利用されなくて済むんですね」

「ああ、そうだ。早く行こう。亜琉弓も待ってる」

「まあ、亜琉弓もここへ来ているのですか? 危険ではないのでしょうか?」


 彼女が人間ではないってことはモンファは知らないからな。その心配もわからないでもない。見た目は十五歳の女の子なのだから。


「ああ、平気だよ。彼女はあれでもエキスパートだ」

「あなたや亜琉弓は、他の国の間者スパイか何かなのでしょうか?」

「ただの旅人って言ったろ。俺たちはどこの国にも属していない。完全中立だよ」

「でしたら、なぜわたしを助けるのでしょう?」

「報酬をもらってないからな。あの遺跡……墳墓を開けてもらうにはおまえが必要だろ?」

「そうでしたね。あのホテルから逃がしていただいたのに、まだ報酬を払えていませんでした。けど、危険な目にあってまで、あそこには価値のあるものが?」

「俺たちにとってはね。でも、価値なんて人によって変わるよ」


 と誤魔化しておく。


 あとは、亜琉弓と合流して舞彩に後始末を頼んで、恵留エルの乗るスバルに回収してもらえばミッションコンプリートかな。


 そんな風に考えて油断していたからだろうか、後ろから追ってきた人の気配に気付いていなかった。


「冴木さん、危ない!」


 身体に衝撃が走って、そのまま吹っ飛ばされる。中に戦闘服を着ていたので、骨は折れていないだろう。が、ヘルメットを被っていなかったので、頭部への衝撃は緩和できなかった。急に目の前が真っ暗になり、意識はそのまま闇へと落ちていく。


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次回 開く扉


墳墓の扉が開かれる。そこには想像を超える魔物が?!


5/28に投稿予定です。

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