第64話 後始末

 プレイオネに戻った俺は第一艦橋メインブリッジへと急ぐ。臨安で手に入れた兵装カードを組み込むためだ。


 すぐに航海というわけではないので、亜琉弓はモンファを彼女にあてがった部屋へと案内する。恵留エルと舞彩は食事の準備のために調理場へと向かった。


「おかえりなさいませ、ハルナオさま!」


 愛瑠メルが席についたまま、こちらを向いて静かに笑みを浮かべる。前のように、俺にフライングボディアタックをかけるようなマネはしない。


 彼女の中の焦りも消えたのだろう。しっかり魔力を注いだのだから彼女としては夫を迎えるような余裕があるのだろう。


 変な方向に突き抜けないってのは愛瑠メルらしくもないけど、まあ、落ち着いているこいつの方が話が逸れずに済むからな。


「新しい兵装を組み込むぞ」

「どんな兵装なんですか? メル、ワクワクですよ」


 目を輝かせてこいつは本気でワクワクしている。気持ちはわからないでもないけどな。


「うーん……ガチャで言ったらレアUSRウルトラスーパーレアのどちらかだな」

「なんですか、そのガチャで特殊演出画面が出たと思って期待してたら、横で覗き見している人『それ、ただのレアでもその画面になるから』って言われた感じですよ」

「まあ、期待はしない方がいいってことだ。どう見ても砲塔の類じゃないから」


 俺は引きだしたコントロールパネルに兵装カードを填め込む。


 するとパネルに出たのは【多目的爆弾を組み込みますか?】という文字だった。


「ああ、なるほど。それ多分、機雷にも爆雷にもなる爆弾ではないかと」


 溜息を吐いた愛瑠メルが、そんな投げやりな説明をする。亜琉弓の予想は的中だったが、それほど喜べはしないだろう。


 機雷や爆雷があるだけでも戦略は広がる。贅沢は言ってられないな。


「でもまあ、逃げやすくなったのかな?」


 追っ手があっても、機雷を撒いて逃げるとか、しつこい潜水艇相手には爆雷で対応するとか


「爆弾の威力はどれくらいなんだ?」

「爆弾一つでたぶん、TNT火薬百キログラム相当じゃないですかね」


 鉄筋コンクリートくらいなら破壊できる爆風圧か。


「あ! ハルナオさん、これ、すごくクレバーな使い方できますよ。ヘルプ見てみて下さい」


 例によって右上のヘルプボタンを押すと、その説明が脳内に一気に流れてくる。



「なるほど、後部側面の爆雷投射機は、海中への投下だけじゃなくて、空中にも放ることができるのか」


 つまり、爆弾を放り投げて、相手にぶつけて爆発させるという、一種の榴弾砲に近いものだ。


 爆弾は海に浮かべることも海中にも沈めることも出来るし、爆発するまでの時間を指定することも可能だ。


 装填速度は一分間に五発。爆弾を相手に向けて撃ち出した時の最大距離は、千メートル。


 サブの兵装としては優秀だが、メインの武器としてはすごく微妙な兵装だった。一発投げても戦艦クラスならそれほど被害は与えられないだろう。


「今回のこの兵装は、魔導機関を利用した爆弾の生成器です。もともと、投射機はプレイオネに付いてましたからね」

「魔導機関を利用した生成って、もしかして」


 永久機関に近い魔導機関が生成するってことの意味を考えると、チート過ぎるな。


「そうです。弾数……いえ爆弾の数が無制限ですよ。燃えますよね」

「燃えねーよ。ただのSTG《シューティングゲーム》じゃねえか、というかゲームでも爆弾みたいな特殊兵装は弾数制限があるのが多いぞ」

「まあ、主砲のない船なんですから、これを使って無双しましょうよ」

「相手が魔物ならな」

「艦隊相手に無双しないんですか?」

「ビジュアル的にダサすぎるだろ」


 というか、チマチマ爆弾投げつける戦法ってのがセコすぎる。


「一発一発投げつけるのが嫌でしたら、ある程度爆弾を生成しておいてまとめて投げるとか?」

「どうやってだよ?」

「そこはハルナオさまが魔法のペンで投擲装置でも描き上げれば問題解決ですよ。百個くらいをばばばっと十キロ先まで投げつけられれば、まとめて殲滅できますよ」


「それやったら、パワーバランス変わっちまうだろうが。艦船だけならまだしも人的資源に被害を与えるのはマズイって」


 今はまだ所属不明で見逃されているところはあるけど、多数の死傷者を出せば相手の国から危険視されるだろう。これ以上警戒されるのだけは避けなくてはならない。


「けど、モンファさんを助ける目的で臨安の内政に干渉しましたよね?」

「それとこれとは話が別。いちおう、最低限の干渉に済ましただろうが。まあいいや。例外はいくらでもある。例えば愛瑠メルたちを奪おうとする国がいたら、俺は容赦なく、そことは戦うぞ」

「それでこそ、ハルナオさまです。そのお言葉を待ってました」

「前に、似たような言葉を言っただろ」

「女はですね。愛されているという実感を言葉で表して欲しいものなんです」


 大人の女性を気取ったのだろうが、どう見てもマセガキが背伸びしたような台詞だ。


 でもまあ、少し前の愛瑠メルに戻りつつあるかな。ここのところおとなしくしてたし、それも止む無しか。



**



 その日は艦で日の昇る直前まで仮眠をすると、舞彩と愛瑠メルとともに臨安へと向かう。恵留エルにスバルで送ってもらったのだ。


 そして、宿をとった部屋のベッドの上で、臨安の地図を見ながら舞彩や愛瑠メルとの作戦会議をする。


「地元マフィアとウチデラとの繋がりは大々的に報じられたが、強硬派はトカゲの尻尾切りのように彼に罪をすべてなすりつけて事件を幕引きさせようとしている」


 俺は届けられたばかりの新聞をさらに地図の上へと広げた。記事の内容は、そんな感じなのである。


「強硬派の軍人たちは内密に追跡部隊を編制して、彼を暗殺しようと企てているみたいですね」


 と愛瑠メルが陸軍から集めた情報を報告した。


「ご主人さま。ということは彼が死んだということは誰にも知られていないんですね?」

「そうだな、とっくに魔物に食い殺されたことも知らずに、特務部隊は躍起になって彼を探している」


 まあ、そっちは放っておいても構わないかな。


「まず舞彩は、俺たちが集めた情報を各新聞社やラジオ局に持っていってくれ。陸軍と総督府内にいる強硬派の要職の人間の不祥事を暴いて告発すること」

「了解しました」

愛瑠メルは街の人たちの情報操作だ。強硬派に不利な噂話を街の人に植え付けて拡散させればいい」

「記憶操作の魔法を使うんですよね?」

「ああ、そうだ。魔物には使えない魔法でも、人間相手の情報戦にはこれほど効果的なものはないからな。話好きな人を数人で構わないから」


 愛瑠メルの情報操作の魔法は、一時的に記憶をいじるだけのもので洗脳とは違う。どちらかというと思い込みに近いので、すぐに効果はなくなる。が、それでいいのだ。


「街の人全員じゃなくてもいいんですよね?」

「おまえの魔法じゃ、一人を記憶操作するのに十分以上かかるだろ? 全員やってもいいけど、無駄な努力にしかならないよ。噂ってのは一部の人間を操作するだけで、拡散されていくものだ」

「わっかりました。おまかせください」


 魔法が使える彼女たちは頼もしい存在である。


「俺は魔法のペンで放送局をこの部屋に作るから、ここで海賊放送を流す。まあ、これで臨安の世論を一気に強硬派排除に持っていくつもりだ。もちろん、穏健派のフォローも忘れずにやる。そうしないと、独立運動が強まってしまう」


 俺たちがやろうとしているのは現状維持だ。陸軍の力を弱めず、雄高の街を戦場にしないこと。


 裏工作がうまくいけば、強硬派の軍人たちは排除され、人事を穏健派に都合の良い方向へと誘導することができるだろう。


 その結果、強硬派の臨安での発言力は弱まり、イシアカ総督は釈放されて元の地位へと戻る事になる。


 もちろん、放っておいても強硬派は臨安では力を弱めるが、時間がかかるだろうからな。なるべくなら、できるだけ早くモンファをこの国へと帰してやりたい。


 それこそが最終的な目標でもあった。


 イシアカ総督が戻れば、モンファの居場所もできるだろう。俺としてはこの国の行く末には興味が無い。


 モンファが独立を願うなら勝手にすればいいし、イシアカ総督と共に国を立て直すとしても口出しはしないつもりである。


 問題は独立派の中でも過激思想の革命軍をどうするかだ。


 こいつらが暴れれば内戦が起こり、結果的に臨安の敵国である夏王国の侵入を許すことになるだろう。そうなれば、内地での戦争は激しくなり、穂高の街の平穏さも失われる。


愛瑠メル。キアサージからぶっこ抜いた情報の中に、革命軍のアジトと資金源の情報もあったな」

「ええ、穂高の街の南にある丘陵地帯に彼らの秘密基地があるそうです。キアサージも彼らに資金を渡して、臨安の独立を煽っていたようですね」


 独立軍とは名ばかりの、ただのキアサージの操り人形だ。本当に独立を願うのであれば、暴力に訴えず、もう少し慎重に行動するはずなのだが。


「奴らの資金はそこに隠してあるんだよな?」

「ええ」

「舞彩、マスコミへの工作が落ち着いてきたら、恵留エルと一緒にその資金を強奪してくれ」

「ご主人さま。その強奪した資金はどうするのですか?」

「金に困った貧しい者に与えてやればいい。鼠小僧方式だ」

「面白そうですね。愛瑠メルも参加したいです」


 愛瑠メルが元気いっぱいに手を上げた。


「人数は少ない方がいいから、舞彩と恵留エルの二人に頼む。今回は俺も留守番側に回るから、諦めてくれ」

「ハルナオさまが残るっていうなら、愛瑠メルはそれで全然オッケーですけど」


 愛瑠メルには情報操作の他にもやってもらいたいことがあるので、そっちに集中してもらおう。


「あとは臨安に入り込んでいるスパイを燻り出す」


 キアサージだけではなく、インフレキシブルや夏王国のスパイも紛れ込んでいるだろう。こいつらを牽制するだけでも、効果はそこそこ出るはずだ。


「そうすれば革命軍もおとなしくなりますね」

「いや、そううまくはいかないって。彼らは夏王国からも資金援助を受けている。完全に動きを止めるのは無理だな」

「じゃあ、無意味なんでしょうか?」

「意味はあるよ。当分の間はバランスがとれる。革命軍を完全にぶっ潰すことも俺はしたくないからな。モンファが独立を選んだときは、彼らの手助けが必要になるかもしれない」


 もしくは彼らを一方的に利用するってやり方だ。


 すべてはモンファのお膳立ての為に俺たちは動く。その理由は、亜琉弓が原因なんだけどな。


 亜琉弓が友人の幸せを願ったんだ。俺としてはできる限りのことはしてやりたい。


*************************************


次回 王女との別れ


モンファとの別れ そして新たな旅立ち


※次回 6/11投稿予定

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