第9話 あまりロマンチックな言葉ではなかったですね
また匂いに釣られて
「ウキャッ、キャキャッキャキャ」
「メシ、ウバウ」
「ゼンブウバエ」
森の方に数十の光る目が浮かび上がる。
さっきは気付かなかったが、こいつらは人間にわかるような簡単な言葉も喋っていたんだな。ただし現地語なのか、それとも小鬼の言葉さえ自動翻訳する俺の能力なのかはわからない。
小鬼たちの様子を俺はスープを飲みながら、のんびりと観察する。
「クキャー!」
その声を合図に小鬼たちが一斉に襲ってきた。
だが、そいつらのほとんどは岬に入る前に、
落とし穴ではなく溝といったのは、内陸部と岬を結ぶ地点にあるボトルネックポイントに海まで続く長い溝を掘ったからだ。その長さは百メートルほど、深さは数十メートルはある。
簡単に言えば、この岬を完全に内陸部から切り離したというわけだ。
小鬼たちは平地のようにカモフラージュされた溝に気付かず、そのままボトボトと海に落ちていく。
ほとんどの小鬼は泳げないらしく、そのまま海に沈んでいった。こちら側の断崖部分にたどり着いて必死に上ってくる小鬼もいるが、恵理の火炎魔法に焼かれて落ちていく。
「防衛はこれで十分だな。内陸部へ行くときだけ、道を繋げればいい」
「そうですね。これで安心して食事を摂っていただけます」
舞彩のその同意に、
「舞彩姉。それじゃ不十分だと思う」
「そう? それであなたの意見は?
「小鬼は昨日より数が増してる。巣穴を攻めて一気に根絶するべき」
「あなた一人でそれができるの?」
「わからない。けど、このまま放置しておくのは危険」
「だそうですわ。ご主人さま」
舞彩は恵留の意見を引きだしてくれたのだろう。まだまだ俺との会話は慣れてないみたいだからな。
「恵留の戦闘能力はわからないけど、想定外の事が起きたら危険だ。死なないとはいえ、無力化されて恵留が小鬼に陵辱されるってのは俺としても避けたい。一人で行くのは許可できないよ」
小鬼の醜悪さは本やゲームでよく知っている。俺の大切な彼女たちを慰みものにされてたまるか!
「そうですね。では、わたくしも恵留を手伝います。ご主人さまは城で待っていていただければ」
「いや、俺も行くよ」
二人だとしても危険なことには変わらない。小鬼は一体一体は弱くても数の暴力で攻めてくるはずだ。
「危険です! ご主人さま」
舞彩が珍しく声を張り上げる。これだけ感情をさらけ出した彼女を見るのは初めてだった。
「小鬼を舐めない方がいいだろう。いくら魔法が使えても、それを効率的にこなせなければ意味はない」
舞彩は優しすぎるし参謀タイプなのでリーダー向きじゃないだろう。かといって恵留も単独行動で無茶しそうだ。
ならば俺が一緒にいって指示を与えてやるのが効率がいい。俺なら多少の悪知恵は働くからな。
「けど……わたくしはご主人さまが心配です」
「あ、あたしも、ハルナオが来るのは反対」
舞彩に止められ、恵留もそれに影響されてようやく俺の顔を見る。「止めなきゃ」って気持ちが強かったのだろう。必死になると恥ずかしさなど忘れるものだ。
だが、舞彩たちの意見を飲むことはできない。彼女たちの能力をまだきちんと理解してないし、これを機会に把握しておきたいというのもある。
「俺も行く。行かせてくれ」
「それはご命令ですか?」
舞彩がやや俯き、
「ああ、命令だ。だけど相手は小鬼だろ? やられないように対策はとっていくよ。それに試したいこともあるし」
「試したいこととは?」
舞彩が何かを期待するかのように俺を見上げた。。
「この魔法のペンで実体化したいものがある」
俺は恵留を生み出した赤い魔法のペンを手にしてそう告げた。
「何かお描きになるんですか?」
「ああ、舞彩の魔法だと、鉄鉱石はあっても銃は作れないだろ?」
「はい。その内部構造の知識はありませんから」
「俺がこのペンで銃を描いたらどうなると思う?」
俺のその問いかけに恵留が興味を惹いたようだ。めずらしく俺の目を見る。
「材料は関係ないんだよね?」
「ああ、無から創り出せる究極の魔法だ。俺の予想では実際に使える物が実体化されると思う」
橙のペンでは実体化できなかった銃だが、火属性の赤いペンなら属性に合致するはずだ。
「なぜそう思われるのですか?」
舞彩が再び質問してくる。
「舞彩や恵留はこのペンで実態化した。だが俺は、人間の作り方なんか知らないぞ。まあ、構成する元素くらいはいくつか言えるが」
「そういえばそうですね。わたくしの魔法でも人間を創り出せません。けど、その魔法のペンならば、あらゆるイメージを実体化できると」
「そうだ」
「だけど、ハルナオ。実体化した銃は一日で無に還るよ」
恵留が魔法のペンの最大のデメリットを告げる。
「一日あれば十分だろ? 小鬼たちの巣をぶっ潰すのは」
「あ、そうだね」
「ですが、ご主人さまに何かあったら」
「その時は舞彩の癒やしの魔法で助けてくれ。いきなり死ぬようなヘマはしないよ」
少し納得のいかない顔ではあったが、最終的には俺の意見に頷いてくれた。
「無計画で行くわけじゃない、効率良く小鬼を退治すればいい」
**
その夜、恵留を実体化したのでベッドは手狭になるはずだった。
三人で寝るには少し狭いからだ。
「恵留はどうしたんだ?」
俺がベッドに腰掛けていると舞彩がその隣に座ってくる。
「あの子は恥ずかしがり屋ですからね。ご主人さまと一緒じゃ眠れないんじゃないですか? あと、塔で見張りもかねてそこで寝ると言っておりました」
「そうか。まあ、本人が俺と一緒にいたくないなら仕方がないが……」
「違いますよ。ご主人さまが嫌いなわけではありません。ご主人さまが女性を苦手だったように、あの子も男性が苦手なのかもしれません」
そう言われると何も言えない。世の中には男性恐怖症の女の子なんていくらでもいる。それが例え魔法で造られた生物であろうが、あり得ないことではない。
舞彩とはまったく違う性格だってのには驚いたが、これも個性の一つなのだろう。俺も彼女たちを受け入れてやらなければならない。
「俺はどうしたらいいと思う?」
「恵留にですか?」
「ああ」
「優しくしてあげてください。そうすればあの子と親密になることも可能です。あの子に思い入れがあるのであれば、いずれ魔力を注いでやらなければいけません」
「そうだったな」
俺の事を避けまくる状態のままだと、抱き締めて緊急的に魔力を補給してやる事もできないか。
「ご主人さま」
何かスイッチでも入ったように、俺を見上げる舞彩の瞳がエロくなる。
「な、なんだ?」
「まだ二日目ですから、ご主人さまの気持ちの整理が付いていないというのもわかります。それに順序を重んじるのでしたら、わたくしにその……をしてくれないでしょうか」
舞彩が顔を伏せて口ごもる。今、なんて言ったんだ?」
「舞彩?」
「わたくしの方から求めるのははしたないと思いますよね? ですから、ご主人さまの方からしていただきたいのです」
えっと……何をだ? 思考があまり働かない。舞彩が近くにいるせいで、彼女の甘い香りが俺の脳内を刺激して、思考能力を奪っていく。
「……」
「お願いいたします。そうしたら、今日は満足します。抱き締めるよりは粘液を少しでも頂く方が魔力を効率良く吸収できますので」
あれ? 俺ってこんなに察しが悪い人間だったっけ?
「えっと……」
俺が困惑していると、舞彩が頭を下げて謝ってくる。
「すみません……あまりロマンチックな言葉ではなかったですね」
「いや、謝らなくていい。ちょっと混乱して舞彩の言葉の意味がわからなかっただけだ」
「じゃあ」と舞彩は俺に向き直り、真剣な顔でこう言った。
「キスしてください」
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