第二章 圧倒的防御力!? 巨大戦艦から始めるお手軽冒険生活
第27話 発進
「
朝食の段階から
「き、気のせいだよ。愛瑠」
恵留はそう答えると、おれの方に一瞬視線を向け頬を染める。でもそれは、前のような俺を避けるような仕草ではない。恵留の口元がわずかに緩む。
恵留との間にはもう、わだかまりはなくなった。それでも恥ずかしがり屋の恵留は時々顔を伏せるが、俺たちの信頼は揺るぎないものになったといっていい。
心という曖昧なものではなく、形ある身体を重ね合わせたのだから……と元童貞がうまいこといってますよ、みたいな喩えはさすがに恥ずかしすぎるので、心の内に封印しておくか。
「ご主人さま。ありがとうございます。恵留の心を解きほぐしてくれて」
彼女はどうなんだろう? 恵留とは違うから自分に自信がないとかそういうことは思わないだろうけど、嫉妬という表情は見せたことがなかった。
彼女が怒るのは、俺に対して無礼な態度をとった相手のみだ。それでも、本気で怒った姿は見たことはなかったな。
食事の後、第一艦橋に行った俺たちはそれぞれの配置に座る。
俺は中心部の艦長席。愛瑠は、昨日からずっと座っていたモニタがたくさんある俺の斜め左後ろの席。そこはいわゆる情報参謀が座って情報を分析する場所だろう。
「わたくしはどこに座ればいいのかしら。愛瑠」
「舞彩姉さまは、ハルナオさまの右斜め後ろです。そこは防御管制を主にするの」
「ボウギョカンセイ?」
「この戦艦は、その周囲に魔導防壁を張ることができるんです。いわゆるバリヤです」
愛瑠がドヤ顔で言うと、俺の方を向いて親指を立てる。
「バリヤか」
「バリヤです。燃えますよね」
愛瑠がなんだか嬉しそうに言った。たしかに、俺が思っていた戦艦とは違う。これは、現代どころか、それを軽く凌駕した科学力で作られている。
これ、空飛んだりしないよな?
「なるほど、愛瑠。理解したわ。ここで、防御魔力の割り当て、それから方向を操るのね」
「はい、舞彩姉さま。その通りです。艦全体に満遍なく張ることもできますが、ここぞという防御力が欲しい時は一方向に集中してください。詳しくはヘルプボタンを」
愛瑠の言葉を聞いた舞彩が、席に座るとにやりと笑う。彼女も何か愉しそうな感じだ。
「あたしはどこなの?」
そう恵留が聞いてきたのだが、愛瑠はちょっとテンションを落としてこう答えた。
「恵留姉さまはですねぇ……そこの火器管制担当の席かなぁ」
愛瑠が指さしたのは俺の真正面から右に一つずれた席だ。
「ここで戦艦の火器を操るのね」
火器。つまり、武装だ。主砲やら対空砲はここで制御するのだろう。
恵留が舌舐めずりをしてその席に座ると、愛瑠が申し訳なさそうにこう言った。
「恵留姉さまは当分出番がないんだよね……」
「どういうことよ!」
恵留が怒りの形相で振り返る。
「だって、この戦艦って兵装がすべて取り除かれているんだもん」
「……は、そうだった」
と、がっくりと項垂れる恵留。
主砲や副砲どころか、機関砲さえないからな。そういや、下の区画には魚雷発射管のようなものもあったし、甲板には爆雷投下器もあったが、どちらも残弾ゼロの状態だ。
もし、地図の△印が兵装なら、少しずつ取り戻して恵留の活躍の場を作ってやらないと。とはいえ、このまま彼女を遊ばせておくの効率が悪い。俺はそう思って愛瑠に質問をする。
「なぁ愛瑠。船の操舵はどうするんだ?」
「えと、メルの席でもできますが、ハルナオさまの座る艦長席でも行えます。人員が増えれば正面の中央席が操舵士の場所なんですけどね」
このまま恵留に仕事を振らないのも悪いし、彼女には操舵をしてもらおうか。
「恵留。操舵を頼めるか?」
俺のその提案に恵留は嬉しそうに返事をして、操舵席に座席を移す。
「うん、やるやる」
これで全員役割を与えられた。さて、肝心の俺は何をすればいいんだ?
「なあ、愛瑠。俺の席は何ができるんだ?」
「ハルナオさまの席は各担当部署の情報が入ってきます。基本的に人員がいない担当部署は、ハルナオさまが代わりにコントロールできるようになっていますから」
「ちなみに、他の担当部署を教えてくれないか?」
なんとなくわかるが、いちおう愛瑠に確認しておこう。
「えっとですね。左から時計回りで説明しますね。メルのところが情報分析担当。メルの前が機関管制、その前が火器管制補助、真正面が操舵席、その隣が火器管制、さらにその斜め後ろが通信及びレーダー手、そして舞彩姉さまの所が防御管制です。そして、ハルナオさまの席が、正式名称としては指揮統制ですね」
「なるほど。人員が少ない分、それぞれに重要な担当部署があるのか」
「そういうことです」
「この人数で足りるのか? ペンが七つ揃ってからの方がいいんじゃないのか?」
「この艦はわりと自動化されていますし、一人が二つ以上の部署を担当することもできます。その気になればメル一人でこの船を動かすこともできますよ。もちろんハルナオさまの席でも同様のことができます」
なるほど、昭和初期の軍艦とは大違いだな。
「ねえ、燃料はどうなってるの?」
恵留がそんな質問を投げかける。
「燃料はシステムさえ稼働すれば問題ないですよ。恵留姉さま」
すでに燃料は注がれているのだろうか?
「そもそも燃料はどうやって調達するんだ?」
俺の質問に愛瑠がニヤニヤとしながら答えてくる。
「ハルナオさま。ペンを差し込んでみて下さい」
「ペン? ああ、魔法のペンだな。これはおまえたちに影響はないんだよな?」
「ええ、大丈夫です」
俺はポケットからそれを取り出し、それぞれの色の穴へとペンを填め込んだ。
ウィーンと呻るような電子音が聞こえてきて正面のパネルと計器に光が灯っていく。
「これ、魔法のペンの魔力を吸い取ってるのか?」
俺が驚いてそう聞くと、メルが首を振る。
「違いますよ。ペンが制御回路の役割をして、艦橋後方にある煙突のような部分から、大気中の魔力を吸い取っているんです。だからご安心ください。中の魔力はわずかしか減りません。まあ、減ったとしても、ハルナオさまから自動的に注がれますけどね」
それってほぼ永久機関に近いんじゃないか?
俺の前のパネルに戦艦を上からみたようなワイヤフレームの図が示され、そこに各部署の詳細が表示される。
艦後方にある機関部には【エネルギー効率42.857%】と示された。これって、ペンが三本しかないから、七分の三ってことか。
そして、主砲や副砲が示されている場所には、【none】と表示されている。というか、英語と日本語の混在って、元の言語はどうなってるんだよ?
「ハルナオさま、メルが機関部も担当しますので、準備おっけーになったらお知らせします。そしたら、恵留姉さまに出航指示を出して下さい」
「出航指示って、恵留はこの艦を操舵を覚えたのか?」
俺の疑問に対して恵留はすぐに答える。
「うん。今、ヘルプで操作方法を知ったから」
「ヘルプ? ヘルプって英語のHELPか?」
その問いかけには愛瑠がドヤ顔で答えてきた。
「ええ、そのボタンを押すと説明が頭の中に一瞬で流れてきます。分厚い説明書を読まなくていいんです」
「ほぉー、そんな便利な機能があるんだ」
いちおう納得するが、超技術すぎて魔法なのか科学なのかよくわからんな。
「ハルナオさま。艦を起動させますけど、いいですね?」
愛瑠がそう聞いてきた。朝食時に打ち合わせした通り、今日は試験始動の日だ。うまくいけばこのまま出航する予定である。
「ああ、頼むよ」
愛瑠はパネルのスイッチをいろいろと弄りながら、椅子の脇にあるレバーを引く。
「魔導機関始動、フライホイール接続、圧力九十五、九十七、九十八、百、百十、エネルギー充填百二十パーセント。圧力安定。ハルナオさま、行けます。ご指示を」
ん? これ本当に宇宙戦艦じゃないよな? そんな考えが頭を過ぎる。気のせい、気のせい……気のせい?
愛瑠の言葉と同時に、舞彩や恵留の顔もこちらに向く。なにか期待されてる顔だな。仕方ない、ちょっと艦長になりきるか。
「抜錨! プレイオネ発進!!」
恵留もそれに呼応する。
「抜錨! プレイオネ発進します」
わずかな振動が伝わってきた。そして周りの景色が動き出す。
「あ、ハルナオさま。ちなみになんですが、この戦艦には錨がありません」
「ないのかよ!」
思わずツッコんでしまう。抜錨とか言っちゃったじゃないか。恥ずかしいな俺……。
「本来ならあったのですが、他の兵装と同じように取り外されていますね」
「取り外されている? まさか、錨も武器になるとか言わないよな?」
俺が想像したのは、錨にロケット推進力がついていて、それが飛んでいくというものだ。まあ、兵器だから取り外されたと決まったわけではないのだが。
「さあ、それは入手してからのお楽しみということで、イシシシ……」
愛瑠がだらしなく笑うが、まあ、かわいいから許す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます