第24話 独り
疲れてベッドに横になったのは覚えている。
ここのところ夜はあまり眠れていないから、昼間にうつらうつらすることはあった。だが、日中からベッドで昼寝なんてことは久しぶりだ。
ゆえにベッドの心地良い感覚で意識はすぐに沈んでいった。
夢を見ることも忘れたほど俺はぐっすりと眠っていく。
だから目覚めた時、ふと懐かしい感覚に陥った。
「静かだな……」
そんな独り言を呟いてしまうほど、それは身体が覚えている感覚である。
ベッドの上には俺一人。昨日までは女の子たちと一緒に寝ていたわけで、懐かしいのと同時に少し寂しさを感じる。
女性不信にまでなり果てた俺が、この場にいない女性のことを考えてしまう。いや……あれは人間ではない。けど、だからなんなんだ?
人間という種にこだわることの方が俺らしくもない。
「よく寝たな」
再び独り言を呟いて両手を上げて伸びをする。
ふとベッド脇にある文字盤に目が行く。そこには【18:28】の数字が示してあった。これは時計なのか? 時計だとしたら、ここは俺が元いた世界と同じで一日が二十四時間ということだろうか?
トントンと扉が叩かれる。俺が起きたことがわかったのだろうか? そういや使い魔側からなら、離れていても主人の状態が少しはわかるんだったっけ。
「ああ、起きてるぞ」
俺がそう返答すると、
「ご主人さま。夕食ができたそうです」
「わかった今行く。で、どこで食べるんだ? 食堂とかあったっけ?」
これまでは城の外で食べてたもんな。
「ええ、移住区を出てすぐ右の区画に食堂があるんですよ」
さすがは戦艦ということで、艦内に食堂は設けられていたようだな。俺は舞彩の案内でそこへと向かうと、途中で
「ハルナオさまぁ」
予想通り愛瑠が腕に抱きついてくる。まあ、そろそろ彼女のこの態度にも慣れてきたな。この子の場合は、女性というよりペットが懐いてくるような感じにも似ている。
愛瑠は嬉しそうに俺の腕にすりすりと顔を擦り寄せていた。
その頭は軽く撫でてやると、さらにご機嫌な顔になる。「こいつ、チョロインだな」なんてことを思わず考えてしまった。
俺が描いて生み出した時点で、好感度マックスのゲームのヒロインと変わらない。それがいいか悪いかはわからないが、俺にとっては女性不信を払拭するためのいいリハビリにはなるだろう。
いや……逆に彼女たちに依存し過ぎてリアルな女性には一切近づけなくなる可能性もある。まあ、考えていても仕方がない。なるようになるさ。
食堂に入ると、わりと広い空間が目に入る。二百平米くらいはあるだろうか。そこには大きなテーブルが四つあり、一つのテーブルに十人ほど座れる。壁には時計のようなものがある。これもデジタルだが、表示は【18:35】だった。
その一つのテーブルには、助けた女の子たちがすでに食事を始めていた。
そして俺たちが入ってくるのを見るなり「サエキ! イタダイテイルヨ」「エルサンノリョーリオイシイヨ」「アリガトネ」とカタコトの日本語のような言葉が聞こえてくる。
そういや彼女たちは覚え立ての龍譲国の言葉を喋っているんだっけ。
無理して喋らなくても自国語で通じるのだけどなぁ……あ、俺を龍譲国の人間と勘違いしてるのか。それで彼女たちは感謝の言葉を伝えるのに、気を遣っているというわけか。
俺たちが席に着くと、
それには見たことのないような魚の煮付けのようなものが入っていた。醤油とかみりんはどうしたんだろう?
「ハルナオ。見た目はアレだけど結構美味しいよ」
目の前の魚は、目がデカく飛び出た深海魚のような姿。とはいえ、そういう魚が美味しいというのは知っている。キンキにしてもアンコウにしても深海魚は濃厚な味わいだと聞くからな。
実際口に入れると、出汁が染みこんだ身がぷりっとした歯ごたえを生みだす。鹿や鳥とはまた違った味わい。
「美味いなぁ」
俺がそう口にするだけで、恵留の顔が嬉しそうに綻ぶ。彼女はこういうところがかわいい。
夕食後は腹ごなしに再び艦内を一人で探索。もう日も落ちているので戦艦のメインシステムの起動は明日にすることにしたのだ。
──『ハルナオさまぁ。愛瑠は明日に備えてお休みしますね』
彼女の通信魔法が俺の耳に入ってくる。
「ああ、おやすみ。明日はよろしくな」
──『はい。おやすみです。でも、ハルナオさま! 夜這いに来るのはオッケーですからね!』
そんな脳天気な声が聞こえてくる。とりあえず前向きに考えておくか。いつまでも逃げてばかりもいられないしな。
艦内は気密性が高いとはいえ、夜はさすがに冷えてくる。
さすがにここでたき火とかはできない。明日になって戦艦が動けば、その動力を空調に使用できるだろう。
そろそろ部屋に戻るか、と考えていたところで舞彩を見かけた。
「あれ? 舞彩、まだ起きてたのか?」
艦内にある時計が【23:30】を表示している。今までの舞彩ならもう寝ている時間だろう。
使い魔全体に言えることなのかもしれないが、舞彩も愛瑠もわりとよく眠る。睡眠時間も彼女たちには重要な役割をもつのかもしれない。そもそも人間と余り変わらないからな。
食事ですら、さっき一緒に摂ったばかりだ。
「ご主人さま、お寒くはないですか? 冷えるでしょうからこれを」
そう言って彼女から手渡されたのは肩章のついた外套。提督クラスの人物が着るようなウールのオーバーコートだ。
「これは舞彩が作ったのか?」
「いえ、先ほどご主人さまのお部屋を清掃していたときに見つけたものです。愛瑠からまだ探索をなさっていると聞いて、お召しになってもらおうと探していたのです」
「ありがとな……なるほど、これは温かくていい」
外套に袖を通すと、ぬくぬくとした感覚が伝わってくる。これはウール本来の温かさだけじゃなくて、舞彩がわざわざ温めておいてくれたのか。
メイドとして召喚したわけではないが、メイド以上のことをやってくれる舞彩。というか、おまえ木下藤吉郎かよ。
「ご主人さまもお早めにお休みくださいね」
そう言って彼女は俺の頬にキスをする。
「へ?」
思わず呆けてしまう。
「それではおやすみなさいませ。ご主人さま」
彼女は笑顔で去って行く。
好意を向けられるのは悪くない。ただ、俺は彼女たちに好かれるに値する人間なのだろうか? そんなことを考えてしまう。
それこそ使い魔としての刷り込みで主人に対して好意という反応を返しているだけではないか。
思考のループ。
思わず眉をしかめる。
俺はその考えを一度払拭したはずだった。なのに、また似たようなことを考えてしまう。
もしかして、俺はまだ舞彩たちを信じていないのだろうか。あんなにも慕ってくれる彼女たちを。
その不安はすぐに顔に表れた。それを消すように深いため息を吐く。
「ハルナオ……」
廊下の角からふいに恵留が現れた。彼女は不安そうな顔で何か言いたげに口を開きかける。もしかしたら、さっきの様子を見られたのかもしれない。
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