第23話 兵員区画

 舞彩マイが生活できる区画を見つけてきてくれたおかげで、この艦が動かなくても最悪ここでも暮らしていけそうだった。


 艦内は寒くも暑くもないので過ごしやすい。なによりスキマ風がないのがいい。


 助けた女の子たちはこの艦に連れてきて、兵員室の一部に住まわせることにしよう。この艦が動くようになれば、彼女たちの故郷にも戻してやることができる。それまでの一時的な仮住まいだ。


 まあ、彼女たちのことは舞彩がいるので大丈夫だろう。なにせ神と崇めているのだからな。


 というわけで、第一艦橋メインブリッジでの簡単な話し合いのあと、舞彩と共に兵員室のある区画に来ている。


 あれから俺もいろいろ歩き回ったので、少し疲れていた。兵員室を最後にしたのは、ここに来れば少し横になることもできるだろうと思っての事だ。


 他の二人に関してはそれぞれの仕事をしてもらっている。


 恵留エルは当面の食材の確保、愛瑠メルはまだ艦を解析中。まあ、解析というか、マニュアルのようなデータを見つけたのでそれを熱心に読み込んでいるようだ。


 艦内ということで狭い廊下を想定していたが、兵員室の区画はわりとゆったり目に作られている。通路の幅は二メートルくらいで、その両側に各部屋の扉がある。


「わたくしたちは、それぞれ個室なんですよね?」


 隣にいる舞彩にここの部屋を割り振ろうと提案すると、彼女はそれが不満そうな表情を僅かに見せる。


「不満か?」

「ご主人さまの世話ができないじゃないですか。夜、ご主人さまを温めてあげることができません」

「いや、艦内あったかいし夜に冷え込むこともないだろう」

「ですが……その、一人で寝るのは寂しいです」


 まさか、舞彩がそんなことを言うなんて予想外だった。彼女は基本的に俺に忠実であり、ワガママなんて言わないはずだった。これが愛瑠だったら納得できるのだが……。


「……」


 思わず、どう反応してよいのかわからず固まってしまう。


「うふふ、冗談ですわ」


 舞彩は時々こういう冗談を言うのであった。通常はメイドのようにふるまうのに、たまにこうやって俺をからかってくる。まあ、悪くはないけどね。


「一番奥が艦長用の部屋だな。その手前に各部屋があるのか」

「助けた子たちも一人一室でも問題ないですね。部屋数的には」

「そうだが、兵員室の区画ってここと下だけか?」


 その兵員室だが、軍艦としては数が少なかった。個室は三十で、下の区画の十人部屋が二つあっただけだ。明らかに五十名ほどの人数しか想定していない作りである。


「ええ、わたくしが探した限りではそこだけですね。他にもリクリエーションルームもありますよ。そちらは宿泊できるような作りではありませんが」

「そんなのもあるのか?」

「ええ、他にも屋内プールもありますし、室内競技のできるような運動コートもあります」

「クルーを多く乗せるのではなく、そっちにスペースを割いているのか」

「そうみたいですね」


 本来ならそんな区画は作らずに兵員用の部屋を用意するのが、二十世紀前半くらいからの軍艦だろう。この艦より小さな駆逐艦でさえ総員は二百名を超えるというのに。


 この船は超技術が使われているということで、少人数で動かせる作りなのかもしれない。だからこんなにも部屋が少ないのだと納得することにした。


「ご主人さまの部屋はここでいいですよね」


 艦長というわけではないが、まあ、少し広めの部屋の方がいいだろうと、俺は奥の部屋を選んだ。


 ところがそこは士官の部屋……というよりどこかのホテルのスイートルームのようであった。


 扉を開けてチラ見した時は、他よりちょっと広い部屋と思っていたが、中に入るとその広さに驚かされる。


 リビングやダイニング、キングサイズのベッドがある寝室。おまけにシャワールームまであった。これ、ホントに戦艦の中の一室なのか?


「少し埃がしていますね。後で掃除させていただきます」


 と、まるでメイドのような舞彩。まあ、彼女は働きものだしな。きれい好きの性格もあるのだろう。


「あ、ああ。頼むわ」


 俺としては部屋の豪華さに、ただただ唖然とするだけだった。


 それ以外の部屋も観て回るが、こちらは六畳ほどの兵員室としては少し広めの部屋。まあ、舞彩たちなら窮屈にならないだろう。


 そういや、彼女たちが添い寝してくれるようになってから、俺の睡眠時間ってかなり減っているんだよな。


 疲れも溜まっているし、久々に一人でゆっくり眠りたい気分でもあった。


「ハルナオさまぁ!」


 部屋の割り振りの為に、扉のプレートに名前を書いている作業をしていると愛瑠がやってきた。


「どうしたんだ?」

「このプレイオネの秘密がわかりました?」

「プレイオネ?」


 ギリシャ神話に出てくるオーケアノスの娘。というか、偶然かもしれないが、愛瑠たちの名前の元ネタとなったプレイアデス七姉妹、その母親がプレイオネだったな。


「戦艦の名前ですよ」


 戦艦としてはおとなしめだなぁ。それに戦艦と言ったら――。


「ヤマトじゃないのか?」

「ハルナオさま、それはちょっと安易過ぎません? まあ、ヤマトに改名してもいいですけど、愛瑠は反対に一票投じておきます」


 反対するのかよ! 


 とはいえ、やっぱ安易かな……。


「名前はまあ、おいといて。で、何の秘密だ?」

「恵留姉さまのおかげで起動パスワードがわかったんですよ。あの魔法使いと関係があるとすればこれしかないですからね」


 パスワード?


「ん? 最初っから詳しく説明してくれないか?」

「だから、この艦を動かすための起動パスワードですよ。それが『アリシア』なんです。恵留姉さまが魔導エンジンのロゴを教えてくれたので、そこから導き出しました」

「ということは動くのかこれ?」


 超文明が作り出したこの艦が動くというのは確かに興味深いが……。


「動きます。とにかくメイン・ブリッジまで来て下さい。舞彩姉さまの言ったとおり、あの穴が魔法ペンを差し込む穴です」

「けど、ペンは三本しかないぞ」

「出力は七分の三しか出ませんが、通常航行なら問題はありませんから。さあ、早くメイン・ブリッジに行きましょう」

「そんな急ぐこともないだろ? 明日でいいんじゃね?」

「えー? せっかく愛瑠が一生懸命解析したんですよ。早く動かしましょうよ」


 俺の腕を引っ張るように第一艦橋へと連れてこうとする愛瑠。


 まあ、俺もこの戦艦は気になるけどさ、少し休ませて欲しかった。なにせ、この艦のでかさは尋常でない。歩き疲れてヘトヘトだ。


「まあ、待てって」


 船を動かすのに、そんな緊急性はないだろう。


 テンションの高い愛瑠だが、彼女を落ち着かせるためだろうか、舞彩が助け船をだしてくれる。


「ご主人さまはお疲れよ。それに恵留も戻ってきていないし、助けた女の子たちも乗船していない。大丈夫だと思うけど、念のためみんながこの船に乗ってからにしましょう」

「そう……だね。うん、愛瑠の部屋はどこかな?」


 切り替えの早い愛瑠は、そんな風に俺に聞いてくる。彼女も緊急性のないことに気付いたのだろう。


「愛瑠はここだ」


 と、斜め前の扉を指す。


「ハルナオさまは?」

「こっちだが」


 と、奥の扉を指すと、愛瑠は急にむくれたような顔になる。


「ぶー、ハルナオさまと同じ部屋じゃないんですか?」

「一人一部屋にしたんだ。みんな平等の方がいいだろ。それにペンが見つかって他の子が増えたら、どちらにせよ一緒の部屋なんて無理なんだからさ」

「まあ、いいですけどね。ハルナオさまが愛瑠の部屋に遊びに来てくれるなら」


 まだむくれたままの彼女の機嫌をとるように、頭を撫でてやる。


「ああ、遊びに行ってやるよ。それで我慢しろ」

「はい、我慢します。魔力の注入もその時に『お願い』ですね」


 と、ぴたっと俺に抱きついてくる愛瑠。


 あ……そういえば忘れてた。舞彩とは勢いでしちゃったけど、こいつにも注いでやらんと消えてしまうんだよな。


 と、別な事も思いだし背筋が凍えそうになる。そういえば舞彩も側にいるんだっけ。


 俺は恐る恐る彼女の方を見るが、舞彩は穏やかな顔で愛瑠の背中を見守っていた。そして、俺の視線に気付きニコリを笑う。純粋に妹を見守る姉という感じであった。


 嫉妬とかそういうのは感じない。


 考えてみれば魔力の注入は、彼女たちにとっては食事のようなもの。もともと俺らと彼女たちは恋愛関係にあるわけではない。


 ハーレムだなんて思うのは、愚かなことなのかもしれないな。

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