第22話 巨大戦艦の謎
「
「わかりました」
舞彩が呪文を唱えると、こちら側の土が盛り上がり、海に落下したであろう城の構成物から石造りの橋が作られる。
距離があるので材料が足りなかったのか、幅は人一人が通れるくらいの細い作りだ。とりあえずは壊れることはないだろうが、高さがあるので少し躊躇する。
とりあえず俺たちは、岬から出現した戦艦に乗り込むことにした。
甲板は砲塔の類がないということで広々としている。あるべきものがないということで違和感があった。
「本来ならここら辺に主砲が設置されてるはずなんだがな」
「おかしいですわね。戦艦なのに兵装がないなんて」
舞彩もその事実に不思議がっている。
「ハルナオさまぁ!
いつの間にやら
「恵留でしたら、内部の探索に行きました。どうせお命じになるのでしょう?」
「まあ、そうだな」
「あの子、言われなくても自分から動きますからね」
舞彩には心を読まれているような感じだが、これは単純に彼女らの察しがいいからだ。
俺が愛瑠を見つけ、その後に周りをキョロキョロしたものだから、恵留を探していると舞彩が気付いたのだろう。
恵留は恵留で、俺に命じられる前に自ら考えて行動したと。まあ、どうせ彼女には艦内の探索を命じていたのだからな。
軍隊ではないので、自主的に動いてくれるのはありがたい。それぞれが考えて連携しあうのが理想だろう。その方が俺も楽だし。
俺は舞彩と共に艦橋へと上がる。直通のエレベーターのようなものがあったが、艦の動力が消失しているらしく、動かないので外の非常階段を使った。
わりと狭い場所のように感じる。半径五メートルほどの円形の内部に、席が八つ配置されており、それぞれの席には液晶モニターのようなものがついている。一つは操舵席のようで
水上艦の艦橋というより、昔どこかで見た宇宙戦艦の内部構造に似ている。
愛瑠が座っているのは、前面モニターと、サブのモニターがいくつかある席。PCの分離式キーボードのようなものと、その横にはペンタブレットのようなものがあった。
「愛瑠。おまえ、この機械扱えるのか?」
「ただいま解析中でーす。少々お待ち下さいね。あと、予備動力が入ったみたいなんで艦内の灯りが使えますよ」
愛瑠の目が輝いている。最新鋭の乗り物に触れてワクワクしている感じだった。このまま任せておいていいだろう。
「ご主人さま。これ、なんでしょう?」
舞彩が中央部にある席を覗き、そこにある縁が塗られた小さな穴に注目していた。
「ん? それがどうかしたか?」
「この穴は
「ん? どういうことだ?」
「色は橙、青、黄、赤、緑、藍、紫の七色です。これは魔法のペンの色ですよね? しかもこの穴って、ペンが入ると思いませんか?」
たしかにその穴は直径一センチほどの小さなものである。魔法のペンがぴったりハマりそうだった。
「入れてみるか?」
「おまかせします。けど、もう少し調べてみてからの方がいいかもしれませんね」
舞彩の言う通りだな。ここで軽々しい行動をとって取り返しのつかないことになったら大変だ。
魔法のペンを入れるということは、それで描いて実体化した舞彩たちにも影響があるかもしれないのだから。
ペンの魔力をすべて吸い取られて舞彩たちが消えてしまう、なんて可能性も考えておいた方がいいだろう。
「そうだな。探索が終わってから考えよう」
そうは言ってもこの席の存在も気になる。愛瑠が座る席も含めて周りの七つの席はここを中心に円形に囲っている。
軍艦の艦内とはだいぶかけ離れているが、この中心が艦長席ってことなのか?
俺は椅子に座ってみる。
ここからでも周りの景色はよく見えた。外からだと視界が狭いように見えるが、中からだとほぼ三百六十度の視界が確保できている。どういう材質なんだろう。鋼で覆われていると思ったんだけど。
「ハルナオさまぁ! 恵留姉さまが呼んでます。機関室まで来て下さいと」
「わかった。今行くと伝えてくれ、あと、愛瑠は艦内の区画は把握しているんだろ? 機関室までの誘導を頼む」
「わっかりました! ハルナオさま」
愛瑠にそう指示を出すと艦橋を降りて出口へと向かう。その扉の前には舞彩がいて、彼女も外へと出ようとしていた。
「舞彩はどこへ行くんだ?」
「わたくしは艦内で生活できる区画を探します。当分はここで暮らすことになるでしょうから。あとで合流しましょう」
そう言ってくれた。こういう平時だと、舞彩も俺の指示がなくてもよく動いてくれる。
**
「恵留! 何か見つかったか?」
船体中央の最下層に近い部分に行くと、動力炉らしい円筒形のどでかい(半径は十メートル以上はある)機械の前で、恵留は腕組みをしてそれを見あげていた。
「アレ、見て」
彼女が指差すのは円筒形のほぼ中心部にある絵、いやロゴと言った方がいいのだろうか。女性の横顔をシルエットにしたような単色画。
そういえばどこかで見たことがあるな。
「あの絵、どこで見たっけ?」
「ハルナオって記憶力あんまり良くないよね。というか、記憶を呼び出す能力か。知識だけは、いっぱい詰まっているのにもったいないよ」
嫌味なのか褒められたのか、よくわからない言葉を投げかけられる。
「仕方ないだろ。昔から好奇心は旺盛でいろんなものを見たり読んだりするけど、それを覚えておくのは苦手なんだよ。けど、そういうのはたいてい身体で覚えていて、絵とかにいつの間にか反映されてるんだぜ」
「そういうもんなの?」
「ああ。ただ、気をつけないと、誰かの影響を受けて描いただけで『パクリ』とか言われるんだよ」
「うん、知ってる。ハルナオ傷ついていたもんね」
過去の古傷だ。
同情……いや、俺の過去の記憶を共有しているのだから、自分のことのように傷ついているのかもしれない。
「まあ、その話はいいよ。それよりあの絵はどこで見たんだ?」
「日記帳。ハルナオが魔法のペンの作者の日記帳を見つけたでしょ。その表紙にあったよ」
あ、そっか。なるほどな。ということは、この船はあの魔法使いが関係しているのか。
もう何十年、いや下手すると何百年もこの岬の中に封印されていたわけだから、あの魔法のペンで描いた戦艦というわけではないだろう。
魔法で実体化した無機物なら、一日で消えるはずなのだから。だとすると愛瑠が言っていた「魔法的な技術で作られた」ってのは当たっているかもしれない。
「あの魔法使いが関わっていたとはな……」
「たぶんね。あの女神のシルエットは船の至る処で見かけたんだ。擦れて見えにくいのもあったし、ここのは大きくて薄れてないからわかりやすいと思って呼んだの」
「あの魔法使いがとんでもない存在ということはわかったよ。だとすると、やはりあの穴はペンを入れる場所か」
第一艦橋でのやりとりを知らない恵留が小首を傾げる。
「穴?」
「メインブリッジで見つけたんだよ。この魔法のペンを差し込む穴がある。ちょうど色分けもされてるから、入れろと言わんばかりの穴なんだ」
「ふーん、そうなんだ。で、入れてみたの?」
「いや、何かあったらおまえらにも影響が及ぶかもしれないから、保留にしておいた」
「ハルナオってさ、大胆かと思うと、わりと慎重になる場合もあるよね」
「絵とおんなじだよ。線を引くのも大胆さは必要だし、繊細に描くには慎重さも重要だ」
「ハルナオ、ほんと、絵を描くのが好きなんだね」
恵留が柔らかく微笑む。それは、とても穏やかに俺を見守るような感じだった。例えるなら舞彩の癒しの笑顔にも似ている。姉妹だから、そういう部分も似るのだろうか。
「好きっていうか……うーん、まあなんだろうな『やるべき事』って認識なのかな。時々、面倒になることもあるよ。誰か俺の頭のイメージを描いてくれって。けどさ、結局それができるのは俺だけなんだよ。だから、それを続けているだけ」
「ハルナオらしいね」
「……恵留、こういう話は恥ずかしいから終わりな。他になんか変わったことあったか?」
「うーん、そうだね。艦尾の方の格納庫で、面白い物見つけたよ」
恵留がそう言ったので、彼女に案内されてその格納庫に行く。と、そこは船の中なのに、わりと天井が高くて広々とした場所だった。
格納庫ということで、手前には何かの資材のコンテナが山積みにされ、その奥には艦載艇の格納施設があった。
そこにあったのは軽戦車数台は搭載できる内火艇(上陸・輸送用の小型艇)が二台に水上バイクが二台、モーターボートのような形状の高速水上艇が二台。それと小型の水陸両用軽戦車が五台積み込まれている。
上部に巨大なアームのようなものがあり、両側面にはそこが大きく開くような構造になっているようだ。出撃はここからするのかな?
船体にはいずれも女神のシルエットのロゴが描いてあるので、もしかしたらどこかの国旗なのかもしれない。となると軍用か?
とはいえ、こんな国旗は知らないし、どれも魔力前提で動くのではないかと思われる構造をしている。
というのも液体燃料を入れる箇所がない。水上バイク以外の操縦席の形状は独特だ。これは、俺の知っている世界とは別の文明が作り出したものだろう。
「この船も異世界から来たことになるんだよな。俺とは異なった場所から」
「うーん、そうなのかなぁ。あたしはよくわかんないけど」
「まあ、こいつらの使い方もわかんないし、メインブリッジに戻ろう。駆逐艦に移動させた女の子のこともあるし、これからのことを話さないとな」
超技術の塊のこの船は、俺では力を持て余しそうでもあった。だが、これだけのものであれば外の世界も怖くはない。
船が動けば島を脱出する目処も立ちそうだな。
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