第32話 ジェットアンカー

 俺はゴーレムを百八十度回転させ、わらわらとこちらに向かってくるゴブリンに対峙する。


「ヒャッハー!! ここは通さないぜ!」


 グレネード弾は群れの中心に撃ち込みながら、近づいてきたゴブリンをマシンガンで屠る。ここらへんはテンションを上げないとやってられないので、無理矢理気分を高揚させている。


 というか、俺の方が悪役っぽいな。


 魔法のペンで描いた武器は一日限りという制限は付くが、弾切れを起こさないというのがありがたい。これはある意味チートである。


 そういやゲームを改造して残弾無限とかやったことあったっけ。あれはあれでゲームの面白みが減るんだけどね。


「ご主人さま、たぶんこれですよね」


 舞彩マイがこちらに戻ってくる。彼女が手にしているのは黄金色に輝く長方形のカード。わりと簡単に見つかったんだな。


「どこにあったんだ?」

「根に絡みついていました」


 なるほど、舞彩を連れてきてよかった。彼女の土魔法で掘り返す手間は省けたというわけか。


「見せてくれ」


 舞彩が近寄ってきてカードが手渡される。その表面に描かれているのは数字と中央には絵というか、マークのようなものが描かれていた。


 数字は四、マークは【錨】を示すもの。


 そういやあの戦艦、錨がないって言ってたよな。まあ、これで間違いないだろう。


 というか、砲塔じゃないのかよ! なんだか、ガチャでレアが出た時の空しさに似ているな。ありがたみのないレアまれなカードってことだもんなぁ……。


「舞彩、撤収だ」

「了解です」


 来た道をゴブリンたちを蹴散らしながら戻っていく。そして、入り江についた俺たちは。ゴーレムを囮にして急いで高速艇へと乗り込み、戦艦へと戻る事にした。


愛瑠メル。状況を知らせてくれ。恵留エルは大丈夫か?」


 俺は唯一の通信魔法が使える愛瑠メルに呼びかける。


――「はい。こちら愛瑠メルです。恵留エル姉さまは奮戦中。結構、水龍にダメージ与えてますよ」


「くれぐれも無理するなと釘を刺しておいてくれ」


――「わっかりました。伝えておきます」


「俺たちは今から戻るから、回収と出航準備を頼む」


――「了解です。お帰りお待ちしておりまーす」


 愛瑠メルの明るい声が聞こえてくる。まるで緊迫感がないな、こいつは。


 高速艇はそれこそ数分で戦艦へと到着する。途中、恵留エルが水龍と戦っている姿を見たが、けっこう余裕のようだ。


 それほど知能の高い龍ではないので、恵留エルが一方的に痛めつけているようにも思える。その気になればあれくらいの魔物はやっつけられるのかな?


 俺たちは第一艦橋メインブリッジに戻るとすぐに自分たちの席へと座る。


 そして見つけてきたばかりのカードを、引きだしたコントロールパネルにあるカードホルダにそれを差し込んだ。場所は、図の艦首近くに描かれた四番ホルダ。


「ハルナオさま。戦艦が兵装を確認しました。承認ボタンが出てると思うのでそれをタッチしてください」


 右のモニターには【ジェットアンカーをプレイオネに取りこみますか?】という文字が現れていて、その下に【承認】と【棄却】の文字が並んでいる。


 俺は迷わず【承認】をタッチした。


 すると頭の中にその兵装の使い方の説明が流れ込んでくる。


 あれ? もしかして、こいつって結構使える?


「ジェットアンカーって武器にもなるのか」

「はい。燃えますよね!」


 愛瑠メルが親指を立てて応えた。なんだかテンションが上がってる。まあ、これの性能を考えれば仕方が無いか。


愛瑠メル恵留エルに戻ってくるように伝えてくれ。化け物が真っ直ぐこちらに向かってくるように誘導しろと」

「わっかりました!」


 俺は火器管制制御のコントロールを立ち上げる。そして、浮かび上がってきた兵装コントロール用の操作パネルにある錨の部位を選択した。


【ジェットアンカーを使用します。目的は?】


 浮かび上がってきたその言葉の下にはこんな選択肢が出る。


 【艦固定】【障害物除去】【攻撃】


 これも迷わず【攻撃】を選択した。


 すると、パネルには方向を選択しろとの指示が出て、コントロールパネルにあるつまみを回す。これを回すことによって、モニタに表示される方向が変わるのだ。


 恵留エルと、そして水龍が向かってくる方向にそれを向けて画面を固定。水龍へ向けて目標追尾のためのレーダー照射をする。


 あとは水龍が射程内に来た時に発射トリガーを引くだけだ。


 艦内は息を飲む。あの騒がしい愛瑠メルさえも、俺の一挙手一投足に注目していた。


「舞彩、水龍との距離を教えてくれ」

「左舷九時の方角、距離二千、一千九百、一千八百、一千七百……」


 舞彩がカウントを始める。


 ジェットアンカーの射程は千メートルだ。それ以上の距離では届かない。


「一千二百、一千百、千! 九百!」

「ジェットアンカー発射!」


 ジェットアンカーとはその名の通り、錨にジェット推進装置がついたものらしい。本来は海底に沈めて船が流されないように固定するものだ。だが、この錨は任意の指定方向に飛んでくこともできる。


 つまり、錨はそれなりの重さもあるので、チェーンの付いた大砲のようなものと言っていい。いわゆる質量兵器だ。


 射程が限られているのも鎖がついているせいだろう。


「ハルナオさま。水龍に命中を確認。頭部粉砕、敵は沈黙しました」


 思った以上の破壊力だった。


「すげえなコレ」


 これを使えば戦艦相手でも勝てそうな気がする。


「そうですね。ただし、一度に二発しか撃てませんし、回収に時間がかかるんですよね」


 まあ、そうだよな。元々武器じゃない装備に武器の機能を持たせているだけだ。本来は緊急時に使用する兵装なはず。


 大艦隊相手には使えないでだろう。戦艦は一対一で攻撃は仕掛けてこないし、ちょっと期待しすぎだな。


 とはいえ、現状での唯一の兵装だ。使いどころを考えて行動しないと。


「ハルナオ。次の印のところに行く?」


 恵留エルがそう聞いてきたが、時刻を見ると十八時を過ぎている。日もそろそろ暮れかかっていた。


「舞彩。前に見つけた大艦隊に動きはあるか?」

「いえ、動きはありません。他の艦隊も確認できませんし、単独行動している水上艦や潜水艦の類は警戒範囲内にはありません。三十メートル以下の大型海洋生物が範囲内にちらほら見えますが、問題はないでしょう」

「よし。今日はここらへんで停泊して休もう。アイテム探しは明日からだ。恵留エル、錨を下ろせ」

「了解。錨を下ろします」


 恵留エルがコントロールパネルを操作する。先ほどは攻撃に使った錨を今度は船が流されない為の本来の目的として使うのだ。


「舞彩、レーダー監視は自動でできるんだよな?」


 この前、駆逐艦隊が五十キロ圏内にまで迫ってきたときのように設定できると愛瑠メルは言っていたからな。


「はい。先ほどの水龍の件もありますし、艦船だけでなく大型の生体反応にも対応しておきます」

「ああ、頼む」

「三次元レーダー設定、五十キロ圏内でアラート。対象は空中の偵察機、水上、水中の戦闘艦及び百メートル以上の大型生物」


 舞彩が淡々と復唱しながらコントロールパネルに設定を入力していく。


「よし、夕飯にするか。そういや昨日からあんまり落ち着いて食べられなかったからな」


 航行中ということもあり、交代で広い食堂で一人で食べることになったのだ。せめて夕飯はみんなで食いたい。


「ハルナオ。夜は美味しいご飯作るから期待してて」


 恵留エルがとても嬉しそうに笑顔になる。そういや、レギナ島で食材をお礼としてもらってきたと言っていたな。


「ああ、よろしく」

「みんなで食べた方が美味しいですからね」


 舞彩がそんな風に笑いかけてくる。いちおうこいつらにも味覚はあり、やっぱり本当の人間と変わらないのではないか? そんなことを考えてしまう。


 夕飯は恵留エル特製のポークソテーだった。豚に似た種類の獣の肉をわけてもらってきたらしい。味は豚肉そのものだが、豚ではないというのがポイントだ。やはりここは異世界なのだと感じる。


 夕飯後、暇を持て余す。また艦内の探索に出かけてもいいのだが、今日はかなり疲れた。


 そういや愛瑠メルが部屋に遊びに来てと言っていたっけ。俺も覚悟を決めなきゃいけないのかな……。そんなことを考えながら、彼女の部屋を開ける。


「ハルナオさまぁ! 待ってました! メルからのプレゼントを――」


 自分の身体にピンクのリボンをぐるぐる巻いた変な生き物がいたので、そっと閉じた。


 うん、見なかったことにしよう。

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