第70話 交渉成立

「わかりません。その調査の為にシズルを外にやったのですが、帰ってきませんでしたからね。わたくしも外に出られず、衛星とリンクする魔導具も壊れていて、いわゆる『詰み』の状態でした」

「コトミって妹は、いついなくなったんだ」

「実はコールドスリープから目覚めた時、すでにあの子はいませんでした」

「その子はキミと違って、外へ出られるのか?」

「ええ、わたくしの身体だけが特殊なんですよ。そもそも、この次元で造られた身体ではありませんからね」


 状況としては、先に目覚めた妹が何かのトラブルに巻き込まれた。それはたぶん、外の魔導具が壊されたことに関係しているかもしれない、ということだ。


 とはいえ、疑問は残る。


「魔導具は人為的に破壊されていたのか?」

「それも不明です。ですが、自然災害で壊れるような代物ではありません」

「この地は普通の人間にはたどり着けないようになっているはずだ。どう見ても不自然な霧が発生していると思うが」


 人が壊すにせよ、この地にたどり着くのは容易ではないはずだ。


「ええ、簡易結界として霧を発生させていますが、所詮、霧ですからね。何か意志を持って近づこうとしている者を拒むことはできません」


 つまり偶然ではなく、なんらかの意思が介在した。


「だとすると、どこかの魔導師の末裔か、その関係者がここの存在に気付いたのか?」

「ええ、外の世界の様子を確認した限りですと、最初に封印を解かれた魔法のペンは百年も昔のようです。そこから研究されて、封印を解く技術が広まっていったのではないかと考えられますね」


 古代遺跡の遺物を利用・悪用する人間ってのは、どこの世界でもいるらしい。まあ、俺らもその遺物の船を使って旅をしているのだからな。


「稼働した魔導具から、その妹は探せないのか?」

「真っ先にやってみましたよ。コトミの身体は特殊なのでスキャンをかければすぐに見つかるはずなのですが……魔導具が覗ける場所にはいないようです」


 全知の神でも覗けない場所があるのか。


「魔導具が覗ける場所以外にいるかもしれないってことか?」

「ええ、南極にある大陸は、特殊な粒子の影響でサーチがききません。ゆえに、盲点となってしまっているのです。ですから、コトミがいるとしたら、南極大陸のどこかなのでしょう」


 南極に秘密があるってのは、わりとベタな展開だなぁ。邪神とか出てこなきゃいいけど……。


「ユーフォリアの望みとしては、そのコトミって妹が見つかればいいんだろ? だったら先に行くべきは南極方面か?」

「いえ、コトミが絶対いるという保証はありません。それに南極方面は強力な魔物が多いようです。先に兵装を回収して完全体の戦艦で望むのがよろしいかと」


 完全体の戦艦か……なんだか燃えてくるな!


「そうだよな。だとしたら、最初に行くのはシズルって幼女の救出だな」

「ええ、彼女はインフレキシブル帝国の貴族の一人である、エレフォード子爵の地下牢に閉じ込められています。百年前まではこの世界に強力な魔力の存在は確認できてませんでしたから、それ以降に魔力を操る方法を手に入れたのでしょう」


 それは少し厄介な事になる。


「エレフォード子爵ってのは魔法使いってことか?」

「ええ、さらに厄介なのはエレフォート家が帝国の軍事顧問でもあることです」

「なるほど、敵は子爵だけじゃなくて、インフレキシブル帝国そのものってことか」

「ですから、覚悟はおありですか? とお聞きしたのです」


 身体が震えてくる。これは武者震いか。


 これまでみたいに生ぬるい戦いは出来ないだろう。死者を出さない戦闘を行うには、リスクが大きすぎる。やられる前にやるしかない。


 しかも、相手側には魔法使いがいる。今までのように恵留たちの能力で圧倒することは難しくなるだろう。


「ああ、やってやろうじゃないか。もともとペンと兵装の回収は考えていたんだ。どこかの勢力が悪用するってのなら、それを阻止するという明確な目的はありがたいよ」


 正義の味方じゃないからこそ、人助け以外の目的は欲しかった。あのバカでかい戦艦で航行する限り、世界に不干渉だなんて言ってられないからな。


「では、交渉成立ですね。何かありましたら呼びかけてもらえれば、そちらの通信に割り込むことは可能です。あと、これはわたくしからの信頼の証です」


 そう言ってユーフォリアから渡されたのは、スケルトンのカードが三枚。それは見覚えのあるものであった。


「これは、これは兵装カード……じゃなくて、機能付与カードか?」


 火弾島でドリュアスからもらったステルス機能付与のカードと似ている。


「そうです。コンカートから預かった、あの戦艦を一時的にパワーアップさせることのできるものです。きっと戦いのお役に立つでしょう」

「ありがとう。シズルって子をきっと助けるよ。あと南極にいるかもしれないキミの妹も探し出す」

「お願いいたします」


 ユーフォリアは深く頭を下げた。彼女からは殺気のようなものは消え、穏やかな空気へと変化する。


「ハルナオ! 戻ったよ!」


 螺旋階段から恵留エルが下りてきた。


「戻ってきたところ悪いが、すぐに艦に戻るぞ」

「え? あれ? 拘束されてたんじゃないの?」

「話は付いたよ。残りのペンと兵装の場所も教えてくれるらしい。ただし、条件付きだがな」

「ハルナオが無事なら、まあいいや。あれ? 愛瑠は?」


 そういえば、いつもならうるさいくらい口を出してくる彼女が、ユーフォリアとの会話にまったくといっていいほど絡んでこなかったな。


 俺が辺りを見回すと、オベリスクを見上げるように、そこに映し出されたパネルの一つ一つを食い入るように見つめていた。


 なるほど、世界の情報がここに集約されているわけだから、彼女の好奇心をかなり刺激しているのか。


「おい、愛瑠。行くぞ」

「……あ、はーい。もう少しお待ちを」


 と、生返事が返ってくる。視線はパネルに釘付けだ。


「愛瑠! ハルナオが呼んでるんだから、こっち向きなさいよ」


 恵留が呆れたようにそう言い放つ。


「お望みであれば、ここのシステムをあなたたちの艦とリンクさせましょうか?」


 ユーフォリアが愛瑠の方を向き、柔らかな笑みを浮かべる。


「え? いいんですか?!」


 その言葉に即反応する。俺の時と大違いだな。


「ただし、すべての場所を監視できるわけじゃありませんから、ご注意ください」

「はーい! わっかりました」


 と、愛瑠は俺の許可も得ずにそれを承諾する。情報を集められるってのは悪いことではないが、ユーフォリアが何か企んでいたらどうするつもりだ。


 リンクとか言って、戦艦を乗っ取ったりしないのか?


 女性不信が抜けきらない俺は、そんなことを考えてしまう。


 そもそも、ユーフォリアはかなりの美少女だと思うが、それほど俺は彼女に靡いてはいない。身内びいきにはなるが、やっぱり恵留や愛瑠の方がかわいいに決まっているのだ。


 というのは、ただの言い訳。俺がユーフォリアを心から信用できないのは、俺の中にある奇妙な違和感。そしてそれが、彼女の底知れぬ恐ろしさを醸し出していた。



**



「お帰りなさいませ、ご主人さま」

「お帰りなさい、ハルナオさん」


 スバルがプレイオネに着艦すると、デッキ上では舞彩と亜琉弓がわざわざ出迎えてくれていた。


「ただいま。お土産があるよ。といっても、この戦艦プレイオネに対してだけどね」

「何かこの艦の秘密がわかりましたか?」


 頭の回転が速い舞彩がすぐに反応する。


「ああ、この艦を造った魔導師の知り合いっぽい奴と会ってきた」

「知り合い? 勇者の末裔か何かですか?」

「いや、全知の神とも言えるんじゃないか? 何しろ四千年も生きていたという」

「四千年!」


 亜琉弓がその単位に驚いている。


「まあ、あとで詳しく話すよ。とりあえずお土産を戦艦プレイオネにあげないとな」

「兵装カードが見つかったのでしょうか?」

「ああ、兵装というよりは、どちらかというとステルス機能付与のカードと同類だな。愛瑠メル、舞彩に見せ……あれ?」


 と、横にいたはずの愛瑠が、もうデッキの先の方まで駆けていっている。彼女に渡しておいたスケルトンのカードはこの戦艦をパワーアップさせるというが、それを早く見たくて気が焦っているのだろう。


「うふふ、愛瑠メルらしいですね」


 と、舞彩が優しく微笑み、亜琉弓が苦笑いし、そして恵留エルが呆れるといういつもの構図。一時はどうなるかと思ったが、またこの日常に戻って来られたことに俺はほっとしていた。


「それと、次の針路は決まったぞ」

「どこでしょう?」

「バラング共和国経由でインフレキシブル帝国に向かう。あそこには魔法のペンと、あとは囚われの幼女がいるらしい」

「幼女ですか?! ハルナオさん、あの国は児童虐待が酷い国なのでしょうか?」


 正義感の強い亜琉弓が、そんなズレた反応をする。l


「助け出してみないとわからんが、壁画の勇者の一人だ。彼女も四千年以上生きているらしい。幼女というより妖怪ババアだな」

「ハルナオ。それを言うならロリババアじゃないの?」


 恵留エルからツッコミが入る。


************************************


次回 魔導師の末裔


帝国魔導師の末裔『エレフォード子爵』登場。


各国の思惑は複雑に絡み合う!


7/16投稿予定

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