第69話 責任
恵留が出て行ってからしばらく経つと、中央にあったオベリスクのような物体が青白い光を放ち始める。
「設置がうまくいったようね。では、久々に世界情勢を見てみることにしましょうか」
少女が手に持っていた杖のようなものをオベリスクに向かって掲げると、PCのウインドウのように、映像を流すパネルが空中にどんどん開いていき、周囲を埋め尽くす。
そのうちの一つを拡大させると、海上に浮かぶ船が見えた。形状からして、俺たちの乗ってきたプレイオネだろう。
「なるほど、たしかにコンカートの船ね。けど、安定していて魔力漏れがまったくない。彼でさえ、ここまで完璧に制御できなかったというのに、どういう魔法を使ったのかしら?」
ユーフォリアの顔がこちらに向く。その目には未だに俺を危険視する視線だ。
「俺たちはただ船を発見しただけだよ。見つける前は、ペンも船も魔物を吐き出してたけど、俺が触れたらそれがぴたりと止まったんだ。回収した兵装も同様だ」
「……ふーん。プレイオネの航跡を調べたけど、なるほど、あなたの言葉に嘘はないようね。まあいいわ。ついでに世界の様子も確認させてもらうわよ」
パネルに映像として映し出されるのは戦争の風景。鋼鉄の船や戦車が咆吼し、破壊と殺戮が繰り返されていく。
「あらあら、まるで第二次世界大戦のようね。魔法を失った文明は、似たような歴史を刻むのかしら」
彼女の放った『第二次世界大戦』という言葉が引っかかる。
「第二次とはどういう意味だ?」
「あなたの世界でもあったでしょ? 多くの国が参加した世界を二分するような戦争が。近世に入って二度も世界は過ちを繰り返した。兵器の開発具合から見て、第二次世界大戦に酷似していると思っただけよ」
「おいおい、まるで俺の元居た場所の世界大戦を見てきたような言い方だな」
「ええ、実際に見てはいないけど知っているわ。わたくしもね、いわゆる異世界転生に近いのよ」
「転生だと?」
「まあ、その話は長くなるから省くわよ。で、気になるのはここの土地ね」
その映像には、数千体の魔物で埋め尽くされた大地と、人々の屍が映っていた。
小鬼のような雑魚ではなく、見たこともないような巨大な魔物が大地を蹂躙していた。そして、その奥にちらりと映ったのは数百メートルはあろうドラゴン。あれは、プレイオネの倍以上はある大きさだ。
「ここはサル・エ・ヴァラン諸島のスウェーグ島。主砲が封印されていたと聞きます。なるほど、あなたたちが触れていない場所でも、何者かによって封印が解かれているのですね」
現地の映像とともに別のパネルには世界地図が映し出され、サル・エ・ヴァラン諸島の場所が示された。
「誰がいったい?」
「魔法がなくなったといっても、伝統的な魔導師の家系には魔法を解析した書物が残されているはずです。それらを受け継いだ子孫が、封印された兵装に気付いたのであれば、どうにかしてそれを手に入れようとするのかもしれませんね」
そして次に映し出されたのは、黒髪の幼女。地下牢のようなところでボロボロの衣服を纏って死んだようにうつ伏せに倒れている。生きてはいるようで、呼吸のためにわずかながら背中が上下していた。
「あら、シズル。こんなところにいたのね。これは、バーラム帝国……いえ、今はインフレキシブル帝国に名前を変えたのかしら? あそこの場所は古い魔導一族の血筋が残っていたのは知っていたけど、彼女の魔法を封じ込められるほどの罠を作れたんだ……困ったわね……」
シズルというのは、百年前に魔導具を修復するためにここを出て行って戻ってこなかったと言ってたな。
そういえば、ここの天井画に描かれていた『魔女を倒した幼女』の名もシズルといったような気がする。彼女もまた、ユーフォリアのように、数千年を生きたという人外なのか? となると、いわゆるロリババアということになるのか。
ユーフォリアは宙に映像パネルを開きながら、次々と世界の情報を映像を見ながら入手していく。
他の封印された兵装はどこにあるのかが映像によって映し出され、同時に各勢力の軍事力や戦況の情報が吐き出されていく。
「なるほど、冴木さんの仰ることは、まんざら嘘でもないようですね。各地で魔物が溢れ出しています。これでは戦争をしている場合ではないかもしれませんね」
「そんな状況でも他国を出し抜こうってのが人間ってものだろ?」
俺はあえて皮肉を言う。
「うふふ、そういえばそうでしたね。ところであなたは、どうしてあの島にいたのですか?」
パネルの一つが目の前に移動して、そこに映し出されたのは、あの始まりの島だ。
「そもそも、俺は異世界転移に巻き込まれたんだよ。気付いたら、知らない場所に居ただけだ」
「それがたまたまコンカートの遺体の近くだったと? 偶然にしては出来すぎですね。何かの力が働いたと考えた方がいいでしょう。わかりました、あなたたちを信用してみることにします。ただし、あなたたちにはあの戦艦を操る責任を負わなければなりません?」
「責任?」
「本来ならば、永遠に封印されるべき危険な代物です。それを動かすのですから、それなりの責任は必要でしょう? あの戦艦には、かつてのこの世界の魔法技術を超えたものが使用されているのですから」
「やはり、ここは大昔に魔法はあったのか」
「この惑星は、三千年前に魔法は失われて、魔物は消滅したはずでした。それが今、魔力の暴走で魔力を半永久的に生み出す事態となっています」
「その魔物をどうにかしろってのか?」
「ええ、あなたの使い魔とあの船があればそれも容易でしょう」
「恵留や愛瑠たちは頼りになるが、あの船は碌な兵装がないんだ。魔物と渡り合うには、少々不安もあるぞ」
不完全なゆえに、苦労も多かった。積極的に仕掛けるとなると本格的に戦略から考えなければならない。小手先の戦術で乗り越えられるものではないだろう。
「わたくしが情報を提供いたしますわ。設置した魔導具が完全に機能すれば、兵装の封印された場所はすぐにわかりますからね」
「それを回収しながら、魔物退治ってわけだな?」
「敵は魔物だけではありません。おそらく残りのペンの封印が解かれていることから、どこかの勢力に利用されているのは可能性は高いです。それらを回収することもあなたたちの責任でもあります」
ここに来る前に見かけた謎の戦闘機。あれは魔法のペンで描かれたものだと舞彩は言っていた。ならば、すでに利用している人間がいることは間違いがない。
「つまり、敵は人間でもあるってことか?」
「あなたも言ったじゃないですか。こんな状況でも他を出し抜こうとするのが人間だと。そんな人間相手でも容赦せずに戦えますか? その覚悟があなたにはありますか?」
不殺を貫いてきたわけじゃないが、なるべく戦いは避けてきた。だけど、責任を負うのであればそれらは避けられない。
「その質問に答える前に、一つ聞かせてくれ。あんたの目的はなんだ? 神でないなら、なぜ世界に干渉する?」
目の前のこの少女を敵に回したくはない。だが、だからといって邪悪な存在であればそれに従うのは俺の心情に反するからだ。
「そうですね。わたくしは、この世界を正常化したい。魔物のいない平和な世界にしたい。それは、ビイタスの修復にも影響していることですから」
「そのビイタスとはなんなんだ?」
「この世界のイレギュラーのものを排除するシステムだとお考えいただければ解りやすいかと」
「解りづらい説明だな」
「わたくしの長年の相棒でもあり、大昔この世界を救った勇者の一人でもありますよ」
勇者自体がシステム化されてるのか?
「そのビイタスが正常になったら、何をする気だ?」
「何もしません。世界にはなるべく干渉せず、地道に人捜しをするまでです」
その言葉に嘘があった場合、俺はそれを見抜くことができない。だから、彼女の答えなんて、正しい判断ができる材料にはならないだろう。
けど、これは気分の問題でもある。いかに気持ち良く、依頼を引き受けられるかが大切だ。
「わかったよ。その魔物退治は引き受けてやる。そういえば世界中の情報がここに集まるんだよな?」
俺はいくつも開かれた映像パネルを見渡しながらそう聞いた。全知全能……いや、今は全知の存在か。彼女ならば、俺が求めている答えを知っているかもしれない。
「ええ、映像でしたら、地下数百メートルくらいまで覗けます。ただ、音声は拾いづらいので相手が何を企んでいるかまではわかりません」
「今の情報ではなく、コンカートに関することだ。彼は使い魔を人間にしたという。その方法を知らないか?」
日記には使い魔を人間にしたという話が書かれていた。
「ああ、アリシアのことですか。申し訳ないのですが、わたくしはどうやって彼が使い魔を人間にしたのかを知りません。ただ、彼は言っておりました。次元を何度か超えることで使い魔の体組織に変化が表れたと。それが直接人間になることなのかはわかりませんが、何かしらヒントにはなるでしょう」
「ということは、あの戦艦を完全な形に戻せば、次元をも航行できる船になると?」
「そうですね。魔導エンジンを安定化できるあなたであれば、それも可能かもしれません。あなたも元の世界へと帰ることができるかもしれませんよ」
一筋の光明。舞彩たちを人間にするという約束は、守れるかもしれない。とはいえ、別に元の世界に帰りたくはないけれど。
「教えてくれないか? 残りのペンの場所と兵装の位置を」
「ええ、お教えしますが、こちらにも条件があります」
「条件? 魔物をぶっ倒せばいいんだろ?」
「シズルを助け出していただけませんかね?」
「シズル? ああ、魔女を倒した幼女か。そういえば囚われていたんだったな。それくらいは構わないが」
それくらいの人助けなら、世界への干渉も最低限で済むだろう。l
「あと、これは出来ればでかまいません。わたくしの妹を探し出していただけるとありがたいです」
そういえば、愛した人を看取るという呪いで、生きながらえてきたと言っていたな。彼女から伝わる切々とした想いは、妹が思い人であるかのようだ。
「キミの妹? そういえば未だに生きながらえているのはその妹に会うためなのか?」
「ええ、名前をコトミと言います」
目の前のパネルに映し出されたのは、十歳くらいの黒髪のおかっぱの女の子だ。
「この子もキミと同様に四千年も生きてきたのか?」
「ええ。とはいっても、わたくしたちは百年くらい前に目覚めたばかりで、それまでずっと眠っていたのですけどね」
「そういえば百年前に魔導具が壊されたと言ったな。何があったんだ?」
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次回 交渉成立
第三章完結! 謎の美少女との出会いから何かが始まる
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