第68話 黄金の瞳

「まあ、結論を急ぐこともない。もう少し探索してみよう」

「そうだね」

「メルもハルナオさまの意見には賛成でーす!」


 その後、愛瑠メルの構造物の解析で地下へと続く螺旋階段を見つける。それを降りることにした俺たちだが、その深さはかなりなものだった。


 百メートルほど下ると、ようやく明かりが見えてくる。そこからは周りに壁がなく、階段と手すりだけの作りだったので、横の視界が広がるのがわかった。


 下を見ると白い床のシンプルな正方形の空間。真ん中に数メートルはあろうオベリスク状の建造物が置いてある。広さは五百平米くらいかな。


 階段を降りると、床は大理石のようにツルツルした材質だ。ワックスがけでもしたかのように、ピカピカである。


 だからといって摩擦係数が大きいわけでもなく、適度に足に吸い付くので歩きやすくもあった。


「ここはどこなんでしょう?」


 愛瑠がキョロキョロと辺りを見回す。


 俺は上を見上げるが、天井画のようなものはない。そこは黒光りするものが貼られているような感じだ。


「読み間違えたか。せっかく苦労して降りてきたのにな」


 ここに来れば戦艦に関する何かが得られると思っていたのだが。


 誰もいないと油断していた俺たちの前に、突如として一人の女性……いや少女が現れた。


 年の頃は十二、三才。金糸で煌びやかな刺繍のされた白い修道服に身を包んでいる。ベールを被っているので髪型や色はわからないが、顔立ちは整った美少女と言えるだろう。

 その瞳は輝くような黄金色こがねいろをしていた。まるで沈む夕陽をその瞳の奥に閉じ込めたような。


「あら、ここにお客さまが来るなんてめずらしい」


 俺は思わず手に持っていた拳銃を向ける。少女の美しさより恐怖の方が勝ってしまったのだろう。


「誰だ?」

「あらあら、不法侵入してきたあなたたちから銃を向けられるなんて」


 少女は余裕の表情で、こちらを値踏みするように見つめる。俺は本能的に悟った、こいつには勝てないと。ならば、慎重に行動すべきであろう。


「いや、こちらから戦いを仕掛ける意志はない。失礼をしたなら詫びよう。すまなかった」


 頭を下げて、恵留エル愛瑠メルにも戦闘態勢を解かせる。


「こちらには何用でしょうか? 見たところ、あなたたちは……そうですね、この世界の人間ではないと。いえ、後ろの二人の彼女はそもそも人間ではないですね」


 俺たちの正体をいとも容易く見破る少女。それが背筋をゾクッとさせて不気味さを植え付ける。


「俺は冴木春直という。この世界の人間でないことは事実だ。いわゆる異世界転移というものに巻き込まれて、まだこの世界の事を把握してない」


 ここは素直に全部ぶちまけてしまうのがいいだろう。下手に隠しても全部見破られそうだからな。


 それに彼女自身からは敵意を感じない。うまくいけば何か教えてもらえるかもしれないのだ。


「わたくしはユーフォリア。そうですね、かつて地上を管理していたものの一人です。今は力を失ってここに引きこもっておりますの」

「管理者? もしかして、あの絵画に描かれていた勇者の子孫かなにかなのか?」

「まあ、……そんなようなものですね」


 彼女はニコリと誤魔化したように笑った。何かを隠しているのか?


「俺たちがここへ来た目的は、ある島で見つけた船の秘密を探るためなんだ」

「船?」

「そう、全長は三百メートルを超える巨大な戦艦。だけど、兵装が取り除かれて各地に封印されているらしい。俺たちはその封印されたカードを回収しているとこだ」

「封印された兵装……まさか、コンカートの船を見つけたというのですか?」


 少女が目を見開き、驚愕の表情を示す。


「コンカート? それがあの船の名前なのか?」

「いえ、コンカートは人の名前です。正確にはエネルド・ギル・マスルド・コンカート。彼はあの船でこの世界へと渡ってきた天才魔導師です」

「じゃあ、遺跡の壁画にあった次元間を航行でき、隕石すら撃ち落とすあの戦艦ってのはその魔導師が造ったということなのか?」

「遺跡? ああ、そういえば、あの出来事は壁画のモチーフとして描かれたこともありましたね」

「ここには戦艦の絵はないようだが」

「それはですね。ここが作られたのはあの船が来る前ですから」


 そういうことか。だとしたら、かなり古い建物であり、かつて魔法があったという証でもある。


「船を作った魔導師の事を知っているのか?」

「ええ。彼には、ある交換条件で、この世界を救ってもらったことがあります」

「やはり遺跡の壁画のように船の超科学……いえ超魔術が、この世界を救ったのか」

「ええ、そうですよ」


 ん? ユーフォリアとかいう少女の笑顔が引きつっていくような……気のせいか?


「船のことを教えてくれないか?」

「ねえ、冴木さん。もしかして、あなたの使い魔である、その二人の子って……あなたが魔法のペンで描いて実体化したのでしょうか?」


 「魔法のペン」という単語に、びくりと身体が反応する。いや、巨大戦艦を知っていたのだからあのペンの存在を知っていてもおかしくはない。どちらも同じ魔導師が関係しているのだから。


「ああそうだ。戦艦より先にペンの方と見つけたんだよ」

「ということは、コンカートの遺物を手に入れたということは間違いありませんね」

「そのコンカートが何者かは知らんが、戦艦があった場所には魔導師のミイラがあったからな。たぶん、そうなんだろう」


 その答えで、彼女の笑みが一瞬で冷笑へとで変わる。それは背筋がゾクリとするほどのもの。


「あなたがコンカートの船を手に入れたというのは見過ごせません。あれは今の人類には手に余るもの」

「はい?」


 まあ、たしかに超技術すぎるってのは理解している。だが、俺たちはそれで世界を征服しようというわけではないんだが……。


「あの船は危険な為に封印したはずです。あの魔法を解析して封印を解いたというならば、あなたは危険人物として処分しなければなりません」


 突然現れた光の輪のようなものが俺の身体に胸から腹あたりで拘束される。振り返ると、恵留や愛瑠も同様に動きを封じられていた。


 無詠唱の魔法か?


「あ、この部屋では魔法は使えませんから、呪文を唱えても無駄ですよ」


 彼女はニコリと笑ってそんな警告をする。恵留も愛瑠も魔法を使えないとなると、かなりマズイ状況だな。


「ちょ……待てよ!」

「ハルナオは魔法は使えない一般人だよ! 魔法を使えるのはあたしたちだけで……それに封印なんて解いた覚えはないよ!」


 それまで黙っていた恵留が焦ったようにユーフォリアに向かってそう訴えかける。


「そうですよ。ハルナオさんはもともと魔法のない世界から来たんです。封印の解析なんかできるわけないじゃないですか」


 愛瑠も同様に必死になってそう告げるが、目の前の少女は涼しい顔で答えた。


「あの船は危ないのですよ。冴木さん。あなたが魔法を使えないなら、なおのことあの船を動かさせるわけにはいきません」

「魔物が溢れてくるからか?」

「あら、ご存じでしたか。でしたら、説明の必要はありませんね」


 たしかにコンカートの遺物を下手に動かせば魔力が漏れて魔物が溢れ出す。けど、それはすでに手遅れだ。


「俺があの船を動かさなくても、もう世界中で魔物は溢れているよ」

「どういうことでしょうか?」


 ユーフォリアが真剣な顔で寄ってくる。あれ? もしかして、この少女は地上での出来事を把握していないのか?


「すでにいくつかの兵装の封印は解かれている。実際、俺が転移した島以外での魔物も確認したからな」

「それはあなたが封印を解除したからではなく、すでに解かれていると?」

「そうだ。実際に俺たちはこの目で確認した。龍譲では魔法のペンを利用した永久機関が作られ、キアサージの基地では独自に兵装の封印を解いて自国兵器として使用してたんだぞ。おまけに溢れた魔物を研究材料として扱ってたしな。俺を処分したところで、世界各国でそのコンカートとかいう魔導師の遺物は再利用され始めている」

「……」


 顎に手を当てて何か考え事をするような素振りをするユーフォリア。その姿は、少女というよりは中年のおっさんのような雰囲気を醸し出していた。


「キミは外の世界の事を知らないのか?」

「ええ、ここ百年の世界情勢に関しては、まったく無知といっていいでしょう」


 百年? 十代の少女の姿は偽りのものなのか?


「百年って、キミはいったい何者なんだ?」

「ご安心を。わたくしはこれでも人間ですよ。いえ、かつて人間だったと言ったほうがいいでしょうか」


 吸い込まれそうになる黄金の瞳。それは神にも相当するほどの厳かさを醸し出している。


「そういえば管理者と言ったな。キミは神にも等しい存在だというのか?」

「神というわけではありません。単なる死に損ない。“自分が愛した人を全て看取る”という呪いで、ここまで生きながらえてきただけの存在ですよ」


 少女は自虐っぽくそう告げると、また顎に手を触れて考え事をするかのように固まる。


 しばらくして、彼女は恵留の方を向いてこう口を開いた。


「えっと……そこの子が素直そうでいいかもね。あなたにお願いがあるわ。この魔導具を近くにある山のいただきに設置してきてほしいの」


 ふいに恵留エルの拘束が解けると、ユーフォリアは槍のようなものを彼女へと渡す。


「これはなに?」

「この惑星の衛星軌道を回る魔導具とリンクするためのもの。百年くらい前に壊れちゃってね。シズルに頼んだんだけど、何かトラブルがあったらしくて魔導具は設置されなかった。おまけに帰ってこなくて困っていたのよ」

「あなたが直接行けば良かったのでは?」

「わたくしはね。ここから出られないの」

「出られない?」

「そう。正確には、ここから出たらこの身体を保てなくなる」


 自分の身体を愛おしく抱き締めるように彼女は言った。俺は思わず口を挟んでしまう。


「保てなくなるって、どういうことだよ? その身体は紛い物か?」

「ええ、もう四千年近く生きていますからね。地上で稼働するには、この身体は無理があるのよ」

「四千年……」


 それは俺の想像を遥かに超えていた。せいぜい数百年と思っていたからだ。例えばお伽噺とぎばなしに出てくるエルフはそれぐらいの長命だったと思う。


「本当はこんなに長生きするつもりはなかったのだけどもね」


 恵留の顔がこちらに向く。少女の命令に従うかどうか指示を仰ぎたいのだろう。


「ハルナオ、どうする?」

「構わないよ。それくらいの仕事は手伝ってやれ」

「わかった。行ってくるね」


 少女から魔導具を受け取ると、そのまま螺旋階段の方へと歩いて行く。その背中にユーフォリアはこんな脅し文句を投げかける。


「まあ、あなたは冴木さんの使い魔であるから、逃げるようなことはないでしょう。けど、下手な真似をしたらマスターの命はないわよ」




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次回 責任


黄金の瞳の少女の目的とは?!


※7/2投稿予定となります

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