第30話 警告音

 突如として第一艦橋メインブリッジ内に、甲高い警告音のようなものが鳴り響き、愛瑠メルの席にあるランプが赤く点滅する。


「愛瑠、この警告音はなんだ?!」

「ちょっと待って下さい」


 飛び跳ねるように俺の身体から離れると、愛瑠は自分の席のモニターを操作する。


「西北西五十キロの地点に艦隊を発見。設定したアラートが作動したようですね」

「島の反対側か。数は?」

「駆逐艦のみの編制で数は八です。龍譲帝国の艦隊だと思われます」


 マズいな舞彩マイ恵留エルがまだ戻ってきていない。


「舞彩たちは今どこらへんだ?」

「西北西に三キロの地点ですね。あと数分で戻ってきますね」

「駆逐艦の電探はどれくらいの性能だ?」


 電探。つまり電波探信儀レーダー。あの駆逐艦の性能から昭和初期レベルだと思われるが、それでもこの大型艦なら発見される可能性は高い。


「今、解析します……性能は、そうですね。この艦の大きさなら三十五キロあたりまで近づかれると発見されてしまいます」


 ペンが三本しかない今のこの戦艦では簡単に追いつかれてしまう。


「舞彩たちを回収次第、出航しないとまずいな。操舵は俺がやる」


 コンソールパネルから操舵管制を中央のこの席へと移譲させると、前方にあったコンソール類が変形し、中央から左右に分かれると、下部から操舵用の舵輪と出力調整用のレバーがせり上がってくる。


「わかりました。出航準備に張ります。魔導機関始動、フライホイール接続、圧力九十、百、百十、エネルギー充填百二十パーセント。圧力安定」


 艦橋内に緊張が走る。頑丈な艦とはいえ、武装がまったくない。駆逐艦の砲撃は問題ないだろうが、魚雷の波状攻撃をしかけられたらこの艦だってただじゃすまないだろう。


 なので、今は逃げるしかない。


「内火艇を回収。姉さまたちが乗り込みました。ハルナオさま、お願いします」

「プレイオネ、発進!」


 右手で操舵ハンドルを握りながら、左手で機関出力の調整レバーを前に押し出すと、船はゆっくりと動き出す。進路は南南東へととった。


「艦隊は西北西だけだよな? 他に不審な艦影はあるか?」

「今のところありません。このまま進路直進で問題はないかと」


 そんな緊張感の漂う中、舞彩と恵留が戻ってくる。


「ご主人さま、どうしたんですか?」


 そういや、愛瑠の通信魔法で状況を伝えておいてもらえばよかったな。とはいっても、艦隊を解析したり、他の場所にも艦がいないか探してもらうので忙しかったから、そんな暇はなかったか。


「龍譲の艦隊を見つけたんだよ。この艦が見つかるわけにはいかないから、ちゃっちゃと逃げ出したってのが今の状況」


 落ち着くためにも多少おちゃらけて答える。


「ハルナオ。操舵を変わるよ」


 と、恵留が駆け出すように操舵席に戻り、舞彩が「愛瑠、レーダーの監視はわたくしが引き継ぐわ」と落ち着いた足取りで席に着いた。


 俺はパネルを操作して恵留へと操舵のコントロールを移譲する。


 しばらくすると舞彩から声があがる。レーダーが何かを捉えたようだ。


「ご主人さま、北北東五百キロ地点に大艦隊あり、大型艦は六、中型艦は八、小型艦は十一。脅威になりそうな艦隊はそれくらいですか」


 ヘルプの知識を読み込んだ限りでは、この戦艦のレーダー性能は半径五百キロだ。それだけ離れていれば脅威ではない。


 ただ、この世界の艦船のレーダー性能を考えると五十キロ以内には近づきたくないので、先ほどはそのように愛瑠が警報アラートを設定していたそうだ。


「ハルナオ、進路はどうする?」


 恵留の質問に俺は少し考える。


 助けた女の子たちは島に帰したし、あとは地図の印を順番に回っていけばいい。


 俺は、例の地図をコントロールパネルの上に載せ、現在位置から一番近い印の場所。東北東に進んだ所にある△印の場所に指を載せる。


「愛瑠、例の地図はこの艦のシステムに読み込んであるんだよな?」

「はい、どの箇所に進むか指示していただければ、恵留姉さまの方に座標を送れます」


 俺のモニターに地図をスキャンしたような画像が現れる。


「よし、東北東にある△印の場所を目指そう。ここが一番近いからな」


 俺はその場所に指を触れてタッチすると【目標設定】という文字が出た。


「確認しました。恵留姉さま……はい、座標だよ」

「ありがと、愛瑠」


 恵留が舵を切り、航路を修正する。


 それから十数時間、交代で船を走らせようやく△印のある島が愛瑠の解析の範囲内に入った。単純な艦船の識別ではなく、島ごとの解析なので二百キロ圏内に入らないと愛瑠の魔法と戦艦のリンクが使えなかったのだ。


「印のある場所は島なんだよな? 人は住んでるのか?」

「今解析しています。えーと……そうですね、生体反応はありますが、これは人間とは言えませんね」

「動物か?」

「いえ、ゴブリンのような小さな魔物かと」


 なるほど。この戦艦から漏れ出した魔力からゴブリンが生まれたように、兵装からも魔力が漏れて、魔物が発生してしまうというわけか。


 とはいえ、ゴブリンくらいならなんとか対処できるだろう。


「到着までどれくらいだ?」

「今の速度を維持できれば五時間くらいでしょうか」

「そういや、この世界での一日はどれくらいなんだ?」


 気になっていたのは世界の仕組み。艦内に表示されていた時計のようなものも気になる。解析魔法を使えて、この艦をほぼ把握している愛瑠ならわかるだろうと質問してみる。


「ハルナオさまが元いた世界と同じですよ。基本二十四時間。多少の誤差はありますけど」


 日本に似た国もあるし、考えてしまうのは一つの可能性。


「俺の異世界転移って、タイムスリップとかじゃないよな? この世界は、本当は何万年も前の世界とか、何千年も先の世界とか」

「でも、大陸の形が全然違いますよ。水面が上昇したとか、そういう類の変化でこんなに形が変わるとは思えません」

「うーん……たしかに別世界と思った方が合点がいく。ただ、あまりにも謎が多い世界だ。この戦艦にしたって」

「それでしたら、ご主人さま。地図にある印のアイテムを回収するだけでなく、この世界の人たちと交流して情報を集めていけばいいのではないでしょうか。そうすれば、謎も解けましょう」


 舞彩が落ち着いた口調でそう提案する。


「そうだな。俺たちの冒険はまだ始まったばかりだ」


 思わず打ち切り作品の主人公が最終回で言いそうな台詞を言ってしまう。


「豪華客船じゃないけど、大型戦艦で世界一周の旅なんていいよね」


 恵留の顔にも笑顔が浮かぶ。こいつもだいぶ軟化してきたよな。


「メルは世界の国々の人たちと出会いたいです。人間そのものが情報の塊ですからね」


 艦内が一時的に和やかな雰囲気となる。が、それもすぐに打ち破られた。


「ご主人さま! レーダーが不審な物体を捕らえました」


 舞彩が声を上げる。


「不審なもの? 漁船でもいたか? 方向と距離は?」


 今まで探知できなかったってことは、そうとう小さなものなのか、それともイレギュラー的な存在か。


「真下です。距離五百メートル。魔導防壁を直下に集中します」


 その時、船体が大きく揺れる。何か下からぶつかったような音だ。


「魚雷? ……そんなわけないな。鯨か何かか?」

「ハルナオさま。ぶつかってきたのは生物です。大きさは……ウソぉ……三百メートル以上もあります」


 不審物を解析していた愛瑠から驚きの声が上がる。


「ご主人さま! 前下方からまた迫ってきます!」


 さらに舞彩からの報告だ。


「恵留! 回避できるか?」

「わかんない!」


 恵留が思いっきり右に舵を切って出力をあげたところで、なんとか衝撃を避けられ、船にぶつかり損なった生物が海上に顔を出す。


 水しぶきを高く上げて姿を現したその生物は、爬虫類のような頭に鋭い多数の牙を持つ魔物だった。


 それは巨大なウミヘビのような……いや、水龍といった方がいいだろうか。洋風の竜ではなく、和風の胴が長い龍であった。

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