第66話 未確認飛行物体
「次の針路はジーマ諸島だ」
艦長席に座った俺は皆にそう告げる。
「ジーマ諸島は百近くの島が散在しますが、目標はどの島に設定しますか?」
「とりあえず、ジーマ諸島の詳細な解析ができる場所まで近づこう。臨安にあったような遺跡があるかもしれない。そこにはたぶん、この戦艦の秘密に迫れる情報が隠されている可能性が高い」
「わっかりました。では、遺跡の類を探知解析できる五十キロ圏内まで近づきましょう。ここらへんかな……座標を共有しました」
目の前のパネルに映し出された地図には愛瑠から送られてきた座標と、それに伴う針路が示される。
「亜琉弓。警戒圏内に艦船はないな?」
「はい。警戒領域五十キロ圏内に艦影なし、針路オールクリア」
「舞彩。光学迷彩を解いて、ステルスモード起動。魔導機関を始動しろ」
「了解しました。光学迷彩オフ、ステルスモード、レベルワンを実行します。魔導機関始動、フライホイール接続、圧力九十……エネルギー充填百二十パーセント。圧力安定」
「
「抜錨します。巻き上げ開始……五、四、三、二、一、巻き取り完了」
「プレイオネ発進!」
「プレイオネ発進します」
艦が緩やかに動いていく。その様子を亜琉弓だけは、寂しげに見つめていた。
海を滑るように進み、発進して一分ほどで現時点での最高速である三十ノットまで上がっていった。この艦の大きさから考えれば加速はかなり良い方である。たたし、急停止できないのは他の船と同様だ。
「
「そうですね。十二時間くらいでしょうか」
「まあ、のんびりいくか」
俺がそう言って伸びをしていると、亜琉弓から焦ったような声が上がる。
「ハルナオさん! 西北西から飛行物体が接近してきます。五十キロ圏内の警戒領域に入りました。方角から計算してこの艦に真っ直ぐ向かってきています」
「
「わっかりました。おまかせください」
「舞彩、念のため魔導防壁を準備しろ」
「了解しました」
「
光学迷彩は速度がゼロにならないと作動しないという条件がある。車のように急停止できないのが船の欠点でもあった。
「うん、わかった」
「ハルナオさま、不十分ですが、だいたいの解析は完了しました」
不十分?
「報告してくれ」
「識別としてはプロペラのないジェット戦闘機ですね。形はグロスターミーティアに似たこの世界の科学力に見合ったものです。ですが……中身は別物です」
グロスターミーティアって、第二次世界大戦時に開発されたジェット機か。でも、中身は違うってどういうことだ?
「別物?」
「材質は未知のもの。速度は……時速三千五百キロを超えます」
速度だけなら米軍の試作戦略爆撃機XB-70にも匹敵する。あれは、俺の元いた世界では一九六〇年代に作られたんだったな。
この世界の科学力でもギリギリあり得ない機体ではない。が、何か引っかかる。
「兵装は?」
「解析不能です」
「
「無理だよ、ハルナオ! 完全に停止するまで、あと十分以上はかかるって」
しかたない。こういう緊急時は無茶するしかないだろう。
「
俺はその間に、火器管制制御を中央席へと移譲させる。
そしてジェットアンカーの項目を開く。モニタには三つの選択ボタンが現れた。
【艦固定】【障害物除去】【攻撃】
「ハルナオさま、二百メートル底に岩礁があります。今、座標を送りました」
岩礁のある座標を照準に合わせ、あとはトリガーを引くだけだ。
海底へと向けて発射されたジェットアンカーは、目標の岩礁に撃ち込まれると鎖を巻き上げ始める。
慣性制御で急激な制動時の衝撃は相殺され、船は急停止した。
「ハルナオ。停止した! 速度ゼロだよ」
「舞彩! 光学迷彩を」
「了解しました」
なんとか謎の飛行物体がこちらに来る前に、プレイオネは光学迷彩を起動させて隠れることに成功した。
「亜琉弓。未確認飛行物体の動きは?」
「変わらないです。まっすぐこっちに向かってきてます」
これは、どう考えるべきか。たまたま進路上に俺たちがいたのか、それとも俺たちの艦を察知できる何かを持っているか。
火器管制の対空砲のコントロールを起動させて、トリガーに指を掛けた。未知の材質ってのが気になる。果たしてこの対空砲で撃墜できるのだろうか?
「亜琉弓。飛行物体との距離を教えてくれ」
「未確認飛行物体までの距離三百キロ。当艦との接触まであと三十秒です。二十五、二十四、二十三……」
艦内が緊張に包まれる。嫌な予感はあった。それは
「四、三、二、一」
飛行物体は俺たちの艦には気付かずにそのまま通り過ぎていく。俺はほっと胸をなで下ろすが、舞彩がふいに立ち上がり通り過ぎていく飛行物体を見つめていた。
「ハルナオさん。未確認飛行物体、本艦との距離百キロを超え、なお遠ざかっています」
「そのまま監視してくれ」
俺は亜琉弓にそう指示を出すと、舞彩の方を振り返って問いかける。
「どうしたんだ舞彩?」
「申し訳ありません。あの飛行物体に魔力を感じまして、つい……」
「魔力だと?」
この世界にも魔法使いは存在するのか?
「ええ、この波動はわたくしのよく知っているものです」
「おいおい、まさかと思うが、あれもこの艦と同じ人間が作ったとでも言うのか?」
「いえ、少し違います。速度が速度だったので一瞬でしたが、これは共鳴です」
背中を嫌な汗が流れていく。
「ってことは、つまり」
「あの飛行物体は魔法のペンで描かれて実体化したものでしょう」
**
「残るペンはあと三本。そのうちの一本が、どこかの勢力の元にあるということか」
考えられなかった事態ではない。戦艦の兵装の封印を解いて高射砲代わりに利用していたキアサージの例がある。
どこかの国が魔法のペンを手に入れていたとしても、おかしくはないだろう。
「回収しないとマズイですね。世界のパワーバランスが崩れてしまいます」
だからこそ、いつものように緊張感のない言葉を軽々しく口にできないのかもしれない。
「魔法のペンを示す×印は今のところ二つ。アトラ大陸にあるキアサージと、南エイジ大陸のさらに西にあるインフレキシブル帝国ですね。どちらかの国が手に入れたのか、それともさらに北にある国のどこかなのか」
舞彩がパネルを弄って皆のモニターへと世界地図を映し出す。これはキアサージの基地から情報をぶっこ抜いた時に手に入れたものだ。
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「でもさ、ハルナオ。相手が魔法ペンを持っているなら、今までみたいな戦いはできないよね?」
「×印のあったキアサージもインフレキシブルも連合軍側だよね? どっちかのペンが使われてたとしたら、臨安はどうなっちゃうの?」
亜琉弓としてはモンファのことが心配なのだろう。
「連合軍側が正義を貫くのであれば、臨安は解放されるだろうけど……正義ねぇ」
俺は「正義」という言葉に皮肉を込める。
圧倒的な軍事力を得た国が、おとなしく世界平和に乗り出すとは思えない。それは、俺がいた二十一世紀でさえ表面的なものでしかなかった。
まだ専制主義が闊歩するこの世界で、そんな生ぬるい政策を行うとも思えなかった。
「ご主人さま。このままジーマ諸島へは向かわれますか? それとも針路を新たに設定いたしますか?」
舞彩が真剣な表情でこちらを見る。ジーマ諸島に行ったからといって、何かがあるとは限らない。先に×印を優先するという選択もあるということを、彼女は示したのだ。
俺はしばし考える。そして結論を出した。
「いや、針路はこのままだ。今俺たちに必要なのは魔法のペンじゃない。この戦艦を含めた世界の情報を得ることだ。この世界に初めて戦艦が現れたという、あの場所に何かあるはずだ」
今のところ、この戦艦は世界を敵に回しているわけではない。強引にアイテムを回収して、わざわざ喧嘩を売ることもないだろう。その前にやらなければならないことは、この世界の情報をきちんと把握すること。
「わかりました。わたくしはご主人さまの意見に異論はありません」
「メルも賛成」
「ハルナオの意見に従うよ
「うん、そうだね。狭い視野じゃなくて、もっと広い世界を見ないとダメなんだよね。ペンを優先すべきと思ったけど、わたしもハルナオさんに従います」
意見の統一はできた。
「よし、改めてジーマ諸島へ向けて出発だ」
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次回 遺跡
ジーマ諸島で見つけた遺跡に侵入。内部に隠された秘密とは?!
※次回、6/18に投稿予定
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