第6話 シナモンの香り
左手の入り口は地下へと続いている。
俺たちは螺旋階段をぐるぐると下り、たどり着いた地下室は倉庫のようなだだっ広い空間だった。三百平米くらいあるだろうか。この感じは学校の体育館を思い出す広さである。
そこは宝物庫だったのかもしれない。
木でできた道具箱や金属製の宝箱のようなものがいくつも置いてあり、中身は……カラだった。だた、中に入っていたであろう、宝石の類がいくつか床に散らばっている。床には何者かが暴れたような足跡が残されていた。
「盗賊にでも入られたのか?」
それはもちろん入り口が大岩で塞がれる前であろう。そもそも、この城はどれくらい昔に建てられて、いつから城主がいなくなったんだ? いや、あのミイラが城主だとしたら、いつ亡くなったのか。
地下室はまるで大勢の子供にでも荒らされたように、陶器でできた食器類が床に割られていたり、掛けてあったローブのような布がびりびりに破かれていたりした。
ふいに何かの視線を感じる。前に森の奥で感じた邪悪な視線だ。あの時は、複数であったが、今感じたのは単体のもの。
それでも、俺は視線を投げかけてくる相手を見つけることはできなかった。これは気のせいなのか?
「どうかされましたか?」
「いや、なんでもない」
非日常に足を踏み入れて精神的に参っているのかもしれない。いちいち気にしていては本当におかしくなってしまうだろう。
さらに奥に行くと、俺の背丈と同じくらいの黒光りする縦に長い石版が見える。近づくと、センサーが反応したかのように石版全体が光り出した。黒い石は透き通ったようになり、それ自体が電球のように白色の光を放っている。
「ご主人さまの魔力を感知したみたいんですね」
「魔力ねぇ……俺は別に魔法使いじゃないんだけど」
思い当たる節がないわけではないが、あれはただの都市伝説だしな。三十歳童貞……いや、たしかに当て嵌まるけど。
「魔法が使えなくても、人は魔力を体内に蓄えています」
「この世界ではってこと?」
「そうですね。ご主人さまの元居た世界だと、また別の言葉になるんじゃないですか?」
「別の言葉?」
「生体エネルギー」
「胡散臭いな」
「それが一番ぴったりくるんですよ」
「気とかオーラとかは?」
「そっちも胡散臭いのは変わらないのでは?」
「まあ、そうだな」
「ご主人さま、あの石版に近づいて触れてみて下さい。あれは何かのスイッチなはずです」
俺は彼女に言われたとおりその石版を右手で触る。と、石版の後ろの壁に隠されていた扉のようなものが開く。そういえば日記に、そんなカラクリの石版の話があったな。
「まだ奥があるのか」
隠し扉を抜けると、そこは六畳もない小部屋だった。
「あれを見て下さい」
部屋の中央にある一メートルほどの台座には、手の平より少し大きめの長方形の缶ケースのようなものがある。色は銀色。だが、蓋は開かれていた。
その缶ケースに近づくと中には赤い色のペンが一本だけ入っている。形状からいってあの魔法のペンだった。
「あれ? あと五本は?」
「誰かに持ち去られたみたいですね」
「まあいいか。赤ならたしか火属性だったな」
「ええ、攻撃魔法が得意な使い魔を設定できますよ」
俺はさっそく壁に絵を描き始める。なぜすぐに描き始めたのかというと、小部屋の壁が真っ白だったからだ。
玉座や控えの間に戻っても紙があるわけではない。どうせ床に描くことになるなら、ここで壁に描いても同じだろう。
まずはイメージだ。
火属性。攻撃魔法が得意な魔法使いか……俺が思い出したのは、とあるアニメのキャラ。スタイルはよく、いかにも大人の女性だが、所構わず魔法をぶっ放すタイプである。
俺の理想とはかけ離れていた。ここは、オリジナルのキャラを描くべきであろう。
高校生の時、思い描いていたイメージがある。
同年代の女子高生に幻滅し、理想の少女を思い描いたのだ。
髪型はツインテールで、ちょいツリ目がち。デレると目尻が下がるっていう設定だったと思う。あどけなさを残した凜々しい顔立ち。
ワンポイントで左目の下に泣きぼくろと。
周りに流されず自分の世界をきちんと確立していて、場の空気なんか気にせずに発言できるような子……と思ったが、性格は決められなかったな。
設定できないのが痛いが、まあ、ある程度は決められない部分があった方がその意外性を楽しめるかもしれない。
まずは、身長は舞彩より少し低いくらい。彼女の妹という設定でいいだろう。なにしろ七姉妹なのだしな。
舞彩が二十三歳くらいだから、その妹であるこの子は十七歳くらい。俺がこの子を最初に考えついたのは高二の頃だからな。
服装は、ゴテゴテしてなくて動き易い格好。かといって、舞彩と同じエプロンドレスも能がない。
となると
どっちも捨てがたいが、俺自身の通っていた高校の女子がセーラー服だったので、悪いトラウマを発動させないようにブレザーに設定しておくか。
色は紺のブレザーに赤いネクタイってことで、ワンポイントで火属性っぽい容姿にしておこう。もちろん、スカートは短めのプリーツで紺と赤のチェック柄。
とイメージしたものの、色は反映できるのかな? まあ、舞彩の時の服装は俺のイメージした通りだったから、そこらへんは俺の想像力次第なのだろう。
ここまで考えると、一切の迷いを捨て描き始める。最初に決めておけば俺の場合は、筆が止まることはない。
「ご主人さまは絵をそうやって描くんですね」
黙々と描き続ける俺を見て、舞彩はたいそう感心していた。
三時間くらいで描き終えると、その周りに設定を書き込んでいく。
魔法使い設定で、使える魔法は攻撃系の火魔法をいくつか……火属性でそこから連想して料理も巧いって設定は……おお、消えなかったぞ。これは良い傾向だ。
あとは、舞彩が大人しめだから、こいつは活発という性格設定は……できないけど、格闘もこなせると書いておくか。武闘派の魔法使いってのも、アリだろ。
補助魔法でも火属性のをいくつか設定してと。
あとは名前だな。プレイアデス七姉妹からとるとしたら、次はエレクトラだが、長い名前だと噛みそうなのでこれもアレンジしよう。
舞彩を漢字にしたのだから、この子も漢字にするか。というか、姉妹なんだから全員統一した方がいいだろう。エレクトラだからエル……そして、漢字表記ならこうなるな。
「
口に出しながらそう書き加えると、イラストが舞彩の時のように光り出す。そして、ホログラムのように立体画像が浮かび上がり、ハンドベルを鳴らしたような甲高い透き通った音が部屋の中に響き渡る。
真っ白になった視界が正常に戻ると、そこには俺の描いた美少女が実体化していた。黒髪のツインテールがふわりと靡く。さらさらとした髪はわずかながら赤い輝きを持つ色味を持っていた。
ちょっぴりスパイシーな甘い香りが漂ってくる。これはシナモンかな。
「あなたがあたしを実体化したのね」
目を細めて気怠げな口調。俺のトラウマが甦りそうな女子高生っぽい感じの言葉使いだった。思わずびびりそうになるのをこらえる。
「ああ、そうだ」
「で、あたしは何をすればいいの? あたしが必要だから作ったんでしょ?」
とはいえ、
「狩りをしてほしい。食材になるような肉を集めてきてくれると助かる。ついでに……」
「料理もしてほしいのね。はいはい、わかりましたよ」
片手を上げて
「
舞彩のその言葉に
「あたしはハルナオの役に立つ為に動くだけよ。それとも邪魔をするの?
苛立った言葉がこちらに突き刺さる。うわぁー、これっていわゆる修羅場っぽい感じ?
「いえ、あなたがご主人さまの役に立ちたいのなら、それを止めるつもりはないわ。行ってらっしゃい、
「……」
舞彩は穏やかにそう言い返すと、
まあ、性格設定ができないってのは一見不便そうに見えるが、それをしてしまうと本当に人間性が薄れてただの人形になってしまう。俺の知らない要素があった方が新鮮味はあって良い。
ある意味ゲームのランダム要素ってことか? 性格ガチャとはまた、けったいな……。
だとしても、あの態度はちょっと苦手である。女性への不信感が再び沸き上がってきそうだった。
部屋から完全に彼女が出て行くと、俺はふうっと深いため息を吐く。
「俺、嫌われてるのかな?」
「それはないですわ。わたくしたち使い魔は、主人に対して絶対の忠義を誓います」
「けど、機嫌悪いみたいだったし」
「もしかしたら、照れてるだけかもしれませんね」
「照れてる?」
「あの子、ご主人さまの目をしっかり見ようとしませんでしたもの。単純に嫌ってるなら、睨むような態度をとるはずです」
「そうなのか?」
まあ、たしかに俺をバカにするような奴らは、俺を見て指差しながら悪口とか言ってたもんな。
「城の外で待ってましょう。あの子が食材を持ってきてくれるでしょうから」
はたして彼女は、舞彩のように親しくなれるのだろうか?
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