第7話 小鬼《ゴブリン》
あれから一時間ほどで森から帰ってきた
色はもう少し紅く、斑点模様ではなくて牛に近いまだら模様だ。でも、姿は鹿なんだよなぁ。
やはりここは俺の元居た世界と少し違うようだ。
何を相談したのかわからないが、舞彩は魔法で竈を作り上げた。さらに地中から石やら岩盤を吸い上げて集めると、そこからフライパンやら包丁やらまな板を作り上げる。
そうか、鉄鉱石を集めてたわけね。無から物はつくれないが、原料さえあれば舞彩の魔法は道具を作り出せる。
そう考えると、無から舞彩や恵留を作りだした魔法のペンって、とんでもないアイテムなんだよなぁ。エネルギー保存の法則すら無視する究極魔法とも言っていい。
しばらくすると、とても良い匂いがしてくる。恵留は狩りにいったついでに、香草なども摘んできたのか。
さすがに肉を焼くだけだと思ったけど、料理が得意な設定だから、そういう下ごしらえは欠かすわけがないな。
「ご主人さま、食事が出来たそうですよ」
舞彩がこちらを手招きする。隣の恵留はどこかそっぽを向くように、こちらに視線を合わせない。
近づくと良い香りが漂ってくる。その美味そうな匂いでお腹がぐーとなった。
「さあ、恵留の初めての料理ですわよ。お召し上がり下さい」
舞彩が周囲の木材から作ったであろうテーブルの上にフライパンを乗せる。中には熱々の子鹿肉(っぽい)のステーキがジュウジュウと音を立てていた。美味そうだな。
初対面時、二人の仲は険悪になりそうだったのに、舞彩の方が恵留の気持ちを汲んでいろいろ世話をしているみたいである。
さらに余った鉄鉱石から作ったフォークとナイフを舞彩が用意していた。それで肉を切り口の中へ。
じゅわっと肉汁が口内へと広がっていく。そして、香草の香りが肉の臭みを消し、おまけにちょうど良い塩分が肉の旨みを引き出していった。
「うまい!」
俺のその一言で、恵留の視線がこちらに向き、口元を少し緩めたような気がした。両手の拳を胸あたりで握りしめて「やったー」とでも言いたげである。
「……」
くわえて恵留が「ありがと」と言ったような気がした。確信が持てないのは、はっきりと聞こえる声で言わなかったせいだろう。
「そういえば塩ってどこで調達したんだ?」
「……舞彩姉に海の水から塩を精製してもらったの」
そっぽを向きながら、ちょっと無愛想に答える姿は、変則的なツンデレといってもいいだろう。
しかも、ちゃっかりと姉妹で連携していたのか。これは舞彩が気を遣ったのではなく、恵留が姉に頼んだことだろう。
「なるほどな。香辛料は森の中にあったのか?」
「うん、胡椒の木らしきものがあったの。けど、これってハルナオの知識を借りただけだからたいしたことじゃないんだけどね」
「それでも、こんな美味しい料理は俺には作れないよ。ありがとな」
「……」
そっぽを向いている恵留の顔が段々と俯いて真っ赤になっていく。
「森の中には鹿以外の生物はいたか?」
「うん、見たことのない鳥と、猪に似たケモノと……あとは知的生命体」
「知的生命体?」
「
**
肉のいい匂いが彼らを呼び寄せたのだろうか? 俺が食事を終えてくつろいでいるときにそいつらはやってきた。
「ウキャキャキャ!」
猿のような鳴き声して、数匹の
俺が邪悪な視線を感じていたのはこいつらが原因だったのか。宝物庫に侵入して荒らしたのも奴らの仕業で間違いはない。
あっという間にその数は膨れあがり、数十匹の小鬼たちが恵理の獲ってきた食材や、
俺は一匹のゴブリンに短刀で刺されそうになるが、恵理の蹴りでそいつは吹っ飛んで事なきを得た。
「ありがとな。恵留」
「……」
俺の言葉を無視してゴブリンたちと戦う彼女だが、お礼を言った後の方が動きが軽やかになっている気がする。
「本当に照れ屋なんだな」
恵留のおかげでなんとか城の入り口辺りまで後退すると、舞彩が呪文を唱える。
「聖なる橙の大地の精霊よ。我らを守りし壁を作りたまえ」
壊れた門の代わりに土壁ができて、
だが、土壁を越えて小鬼が侵入してきたので、今度は高く跳躍した恵留が「赤なる炎の聖霊よ。下等な鬼を焼き尽くせ」と魔法を放った。
それは火炎放射のように辺りを焼き尽くし、攻めてきた
しばらく周りを取り囲んでいた
「さて、いかがしましょうか。ご主人さま」
舞彩が俺を見上げて指示を待つ。
「とりあえず追い返せたけど、また来そうだからな。はて、どうするか……」
「
恵留がそう告げる。けど、顔がこっち向いてない。ま、いっか。
「俺の知識といっても、物語の中のものだからな。それがこの世界の
そもそも襲ってきたのが、
辺りが静かになったことを確認すると、俺たちは再び城の外に出て小鬼が去っていた森の奥を観察する。といっても、森が深くてこの先がどうなってるかわからない。
そこで俺は振り返って城を見る。所々崩れかけているが、一番高い所は中央の七十メートル近くはある塔のような所。ノイシュヴァンシュタイン城なら北の塔ってところか。あそこは王族のみが利用する展望台みたいな感じだったっけ。
あそこに登れれば、この辺りの地形を把握できるかもしれない。
この廃城にいる意味はあまりないのだから。
「舞彩。あの塔の上までいく通路を修復できるか?」
「ええ、お安いご用です」
「じゃあ、頼む」
舞彩は軽く頭を下げると、そのまま城の中へと入っていった。
残されたのは俺と恵留。
き……気まずい。
この子は基本的に話しかけにくいからな。愛想ないのは、俺も同じだからしょうがないけど、喋り方も舞彩みたいな優しさはないし……。
悪意がないのはわかっている。が、それでも俺は彼女が苦手だった。
「あ、あたしは何をすればいいの?」
相変わらずこちらを向いてくれない。
「そうだな。夕飯もまた恵留にお願いできるかな? さっきの
「わかった。待ってて、昼より美味しいの作るから」
一瞬だけ、こちらに顔を向け嬉しそうに微笑むと、そのまま風のように俺の前から去って行く。
あれ? 今の表情、かわいかったな。
もしかして、俺は彼女のことをかなり誤解しているのか?
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