62・記憶


 記憶に間違いが無ければ。


 




 兄は幼い頃に死んでいるのです。



 私には兄が一人、妹が一人おりました。

 妹は身体が弱く、いつも家にいたので、私は兄とよく一緒に遊んだものです。

 はたから見れば仲の良い兄弟だったでしょう。

 ですが、事実は乱暴者の兄から離れる事も出来ず、振り回されていたのです。

 虐めにも近い兄の行動。

 私は少しずつ兄に恨みを抱くようになりました。


 ですから、ある日。


 裏庭の井戸を覗き込んだ兄の背を、力いっぱい押したのです。

 兄は悲鳴さえ上げずに落ちて行きました。




 そうです。

 兄は井戸に落ちて死んだのです。






 でも、何故、兄は私の目の前に居るのでしょうか?












 記憶に間違いが無ければ。




 弟は幼い頃に死んでいるのだ。

 俺には弟と妹がひとりずつ居た。

 妹は身体が弱く、いつも寝たきりだったので、俺はいつも弟と一緒に遊んでいた。

 はたから見れば仲の良い兄弟だったろう。

 だが、事実は陰険で嫉妬深い弟から眼を離せなかったのだ。

 ちょっと眼を離せば、何をされるか分かったものじゃない。

 虐めにも近い弟の行動。

 俺は少しずつ弟に恨みを抱くようになった。



 だから、ある日。




 裏庭の井戸を覗き込んだ弟の背を、力いっぱい押したのだ。

 弟は悲鳴さえ上げず、落ちていった。



 そうだ。

 弟は井戸に落ちて死んだのだ。

 




 でも、何故、弟は俺の目の前に居るのだろう?











 記憶に間違いが無ければ。






 兄たちは幼い頃に死んでいるのです。




 身体の弱かったわたしは、いつも部屋に一人きり眠っていました。

 裏庭から聞こえる、賑やかな兄たちの騒ぐ声を羨ましく思いつつ、眠ってばかりいたのです。


 ある日、そっと裏庭を覗いてみると、兄たちは近付くことを禁じられた井戸に近寄り、なにやら覗き込んでいます。

 兄たちは双子でした。どちらが井戸を覗き込んでいたのか分かりません。

 ですが、どちらが勢い良く、井戸を覗き込むもう一人の背を押したのです。

 一人の兄は悲鳴も上げずに落ちていきました。



 わたしはそっと裏庭におりました。



 兄のどちらか分かりません。残った兄が、井戸を覗き込んでいます。

 わたしの存在に気付かぬ兄の背を、私は体当たりするように押しました。




 兄はやはり、悲鳴ひとつ上げずに落ちて行きました。






 わたしは、健康な身体を見せびらかすように生きる兄たちから、ようやく逃れる事が出来たのです。









 出来た、と思ったのです。








 ですが、あれから何年も過ぎた今も、裏庭から賑やかな声が聞こえてくるのです。

 兄たちは死んだのに。





 ねぇどうか、お願いです。

 そこの窓を開けて、裏庭を確認して頂けませんか?

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