24・棺桶職人。追。
「どうしたんだい、お嬢ちゃん」
呼びかけに少女は顔を上げる。
死んだばかりの小鳥の亡骸を両手に、その大きな瞳に涙を溜めて。
少女の視線の先には、二人の男。
一人は古めかしい学生服を纏った少年。
もう一人は、学生服の少年よりも幾分年かさ。今時見ないような和服の青年である。右手に持った煙管がよく似合う。
「小鳥が死んじゃったの」
少女が言う。
男たちは彼女の手元を覗き込む。
猫にでも食われたのだろうか。腹部を大きく裂かれた鳥。
男二人は顔を見合わせる。
それから、泣きじゃくる少女に視線を合わせる。
「お嬢ちゃん、良ければ小鳥の葬式をしてやろうか」
「お葬式?」
「ああ、この」
和服の男が煙管で学生服の少年を示した。「男は棺桶屋の息子でね。葬儀の真似事ぐらいなら簡単だ」
まれと、と、和服の男が学生服の少年を呼んだ。
「ちょっくら家まで行って棺桶を準備してやってくれないか」
「分かった」
『まれと』は少女に軽く頭を下げて歩き出す。
さて、と男が促した。
「じゃあ、お嬢ちゃんはこっちにおいで。
小鳥の葬式の準備をしよう」
男の家は大きな通りから外れた、小さな病院のようだった。
少女は促され、小鳥の死体と共に家に踏み入る。
通されたのは、手術室にも似た部屋。
「さて」
いったん奥に引っ込んだ男は、着物の上に白衣を纏うと言う奇妙な格好で現れた。
少女に小鳥の死体を手術台に寝かせるように言うと、男はさっそく作業に入る。
何があったのだろうか、と、その後、少女は幾度も思い出す。
男は様々な器具を、薬品を用いて、鳥の死体の修復を行った。
「エンバーミング、って知ってるかい?」
男は作業の手を休めずに言った。
「屍体の保存と消毒。…まぁ、今やってるのは保存かな。
…葬式してやるのも、キレイしないと可哀想だからな」
裂かれた腹部に詰め物を。傷口を縫い合わせる。
ひとつひとつ。
小鳥を、生きていると代わらぬ姿に変えていく。
「――ほら、出来た」
男が両手で小鳥を差し出した。
生きていると変わらない。まるで眠っているような、可愛らしい小鳥の。
少女は笑みを持ってそれを受け取る。
無意識に、小鳥を胸に掻き抱いた。
ぴぃ、と。
小さく、小鳥が鳴いた。
見れば、つぶらな瞳を少女に向けて、小鳥は緩やかにその身体を動かす。
男を見れば、彼は静かに頷いた。
少女は両手を広げる。小鳥は怯えたようにその翼を広げ、羽ばたかせ、やがて、飛んだ。
男は窓を開けてやる。鳥は少女を振り返る事無く、窓から飛び去っていった。
「――それで」
『まれと』――黒部 希人は、不機嫌そうに差し出されたお茶を受け取った。
「大門、お前は屍体を蘇らせる事が出来ると分かっているのに、俺に棺桶を取りに行かせたのか?」
大門、と呼ばれた和服の男は、いやいや、と大げさな仕草で首を振った。
「いくら巧くやったって、生き返るかどうかは半々よ」
「半々でも、だ」
希人は二人の間にある小さな箱に目をやった。
小鳥用に用意した棺桶である。
大急ぎで用意して戻ってみれば、小鳥はすでに復活し、飛び去った後。
「あまりの仕事の見事さに、屍体も勘違いして蘇る、か」
苦笑。「稀代の天才と言うのも、厄介だな、本当」
「悪い悪い」
かか、と、大門が笑う。
「まぁ、棺桶職人と屍体装飾人。お互い仲良くやっていけって先代からの遺言だ。
仲良くしようや、希人」
「…分かってる」
不機嫌そうに、それでも希人は頷いた。
「所で、希人。
俺が死んだら、お前が棺桶作ってくれるのかい?」
「まだ嫌だ」
「なんだぁ、嫌われてんなぁ、俺」
でもよ、と。
「俺はお前が死んだら、ちゃんと作業してやるぜ。
一世一代。誰も燃やせないような見事な屍体を作ってやる」
「勘違いして蘇ったら大事だから止してくれ」
希人は苦笑交じりにそう答えた。
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