32・ドラッグドール


「まだ子供じゃないか」

 夜の街で袖を引かれ、金と引き換えに案内された部屋。



 そこに居たのは、まだ子供と言える年齢の少女だった。


 ベッドの端に腰掛けた、人形のような端正な顔立ちの少女。

 だが、彼女はあまりにも汚れ、あまりにも哀れだった。




 乱れた金髪。上目遣いにこちらを見据える紅い瞳。

 痩せこけた身体に白いワンピース。肩紐がずるりと落ち、骨の浮き出た胸が見える。

 そこに僅かな膨らみも認められぬほど、少女は子供だった。




「若い子の方がいいでしょう?」

「それにも限度がある」

「そっち方面が無理って言うなら、こっちでもいいのよ」



 案内人の女は、自分の首を絞めるような仕草をした。


「特別料金は頂くけどね。

 本当なら、こんな子相手なら特別料金なんて要らないんだけど…。

 最近ほら…娼婦ばっかりが殺されている事件で、警察がこの辺りうろついてるの。私たちも稼ぎが無くて」




 私は顔を顰める。




「この子を殺してもいいって言うのか」

「もう壊れちゃってるしね」



 女が笑う。

 少女は何も言わない。

 自分の命が取引されていると言うのに、ぼんやりとした瞳を空に向けるだけだ。





「昨日の夜、ちょっと撮影で使っちゃってね。

 それまで普通だったんだけど、壊れちゃったみたいなの」

「……なんて酷い」

 ふん、と女が鼻で笑った。


「女を金で買おうとする男が言う台詞なの?」



 私は何も言えなかった。









「隣に居るわ」

 女が部屋から出て行った。


 私は少女の前に屈みこむ。

 視線を合わせた。

 紅い瞳。ガラスのように何も映さない、透明な、大きな瞳。






「私が分かるかい?」

 続ける。

「私が、此処に居るのが分かるかい?」



 少女に手を伸ばす。

 顔に触れた。唇の端に殴られた痕。それに血が滲んでいる。

 

 可哀想に。

 笑みを浮かべたこの少女の唇に、紅を塗ったのなら、どれほど可愛らしかったろうか。




 乱れた髪を撫で梳き、淡い金色の髪を整えてやる。

 少女は動かない。

 

 私は少女の細い腕に視線を送る。

 そこにはどす黒い注射針の痕。乱れた裾から覗く太腿にも、同じ痕が。

 そして、彼女に危害を加えた愚か者が彫ったのだろうか。

 ナイフで刻まれたらしい、女性を蔑む意味の言葉が、紅い血をこびりつかせている。






「可哀想に」




 私はそっと繰り返し、少女の耳元に己が唇を寄せた。





「私の声が聞こえるかい?」







「お前は…彼らが憎くないかい?」






「お前を壊した、お前を傷付けた、お前を冒涜した彼らが、憎くないのかい?

 殺すだけでは飽き足らない。八つ裂きにして、豚の餌にでもしてやりたくないか?」



 少女の細い指が動いた。

 紅い瞳がざわめき、私を映す。



「……した、い」



 少女の声。






「ころし、たい」







 薬物中毒患者独特の、夢見るような、熱に魘されるような淀んだ瞳。

 それでも、少女は可愛らしかった。



「おいで」

 私は彼女を抱き上げる。「殺し方を教えてあげよう」





 彼女を抱き上げた私は、空いた手にナイフを取り出す。







「さぁ、ご希望はどんな風に?」




 少女は私に縋りつき、可愛らしい声で囁いた。





「ぜんいん、ころして」

「ああ、それは勿論」

 まずは隣の部屋の女からだ。

 彼女から他の人間の居場所を聞きだそう。そして、全てに死を与える。



 今まで娼婦しか殺した事は無かったが、何、同じ事だ。




 小さな死の天使を抱き締めたまま、私はナイフを持ち、鼻歌でも歌いたい気分で、隣の部屋へと向かった。

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