37・シリアル Act.3
「ねぇ」
ビアンカは優しい声を上げる。
目覚めてすぐ、自分の裸の胸に抱きつき眠っている男の耳に唇を寄せ、囁く。
「ナイブズ、起きて。朝よ」
ナイブズはビアンカの胸に顔を埋めたまま、ぐずるような声を上げた。
そんな彼を見て、ビアンカはただ微笑む。
可愛らしい。
男なんて可愛らしい子は居ないと思っていたけど、この子は別かもしれない。
「起きて、ナイブズ」
身体をねじり、軽くこめかみに口付けた。
ナイブズは目覚めない。
昨夜の疲れがまだ残っているのかしら。
昨夜――ナイブズは、たった一本の刃で十数人の人間を殺した。
一般人ではない。本職の…殺しと暴力を生業にする人間たちをだ。
その事を思い出せば、ビアンカはただ微笑む。
ナイブズ。酷く不安定な青年。
彼は刃物に似ている。危うい、だけど、心惹かれる存在。
人を殺し、その後、彼は望んだ。
ビアンカをママと呼び、その胸に抱かれて眠る事を。
彼はただビアンカの胸に抱かれて眠るだけ。それ以上の事を望まない。
鬱陶しい男たちとは違う。
眠るナイブズの顔を見詰める。
紅い髪。それに反して、今は閉じられた瞳の色は、信じられないほど透明感の在るブルー。
アイスブルー。氷のような、その色。
刃物に似たその色を、ビアンカは思い出す。
初めて見た時に、何かを思った。
この瞳になら貫かれてもいいと、そんな不思議な事を、思った。
――つぃ、と。
ビアンカの腹を、何かがなぞる。
すぐに気付く。
ナイブズの指、だ。
「…子宮」
呟き。
ビアンカを、見上げる瞳。
「此処に、赤ちゃんは?」
「居ないわ」
なら、と、ナイブズはビアンカを抱き締める。
「俺を入れて」
「俺を帰して」
切なげな声が愛しくて、抱き締める。
「帰りたいの? ナイブズ?」
「かえりたい」
「私の中に? 私の中でいいの?」
「かえりたいよ、ママ」
「私も貴方を帰してあげたい。私の中に閉じ込めてしまいたい」
「とじこめて。もう、ださないで」
幼いような声にビアンカはナイブズを抱き締め続ける。
ナイブズと一緒に行動するようになって、一番最初に彼の過去を調べた。
彼は、誕生の際に母を失っている。
彼の母親は、臨月間際、腹を裂かれて死んだのだ。
ナイブズはその母親の腹から取り出され、捨てられていたそうだ。
死を持って生まれた。
死が始まりだったのだ、ナイブズは。
紅い幻想。母と言う名の幻。最初に見た景色。紅い…幻想。
「ママ」
ナイブズは泣きじゃくるように縋り付く。
ビアンカは抱き締める。
もしも今、ナイブズが望むのなら、その刃で腹を裂かれても構わないと、心から、思った。
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