36・魔法


 世界は変わり続ける。





「なぁ、日比野」

「うん?」

 友人の日比野宅に遊びに来て、俺は飲み物を用意してくれたヤツを示し、言った。

 いや。

 正しく言うと、ヤツの肩上で翼を休めている動物を示して、言った。

「何、それ。鳥?」

「こんなウロコだらけの牙在る鳥が居るかって」

 日比野は笑いながら俺に缶ジュースを差し出す。

 受け取りながら、「じゃあ何?」と問いかけた。



「ドラゴン。

 可愛いだろー」

「妙に丸っこいし、妙に小さくないか」

「まだ子供だもん」

 日比野は嬉しそうに、肩上のドラゴン(らしいもの)の翼を引っ張った。

 蝙蝠にも似た翼。ただし色は紅。




 ドラゴン、ねぇ。

 何かを勘違いした小学生が書きそうな、丸っこいドラゴンだこと。




「で、それが何の役に立つんだ?」

「可愛いからいいじゃん」

「もっと役に立つの呼び出せよ。

 中山知ってる? アイツ、この前、天使呼び出してたぜ」

「それこそ何の役に立つってんだよ」

「すげー美人」

「美人、かぁ? 天使って中性的な顔ばかりじゃん」

「いいだろ、それが」

「趣味わりー」


 日比野はけたけた笑った。

 肩の上で、ドラゴンもぴぎゃぴぎゃ騒ぐ。

 よく懐いている。





「まぁ、他のも呼び出せるんだけど。

 俺と一番相性イイのがこいつでさ。一日中呼び出しても疲れないし。

 親もペットだと思ってるみたい。ドラちゃんだって」

「……ドラちゃんって」

 猫か。



 でも、俺の呟きに、名前を呼ばれたと思ったらしく、ぴぎ? と、ドラゴンは可愛らしく小首を傾げた。








「あ、そろそろ買い物行っていい? ドラの餌買ってこないと」

「何食わせてるんだ?」

「肉。スーパーで五時から肉の割引やるから、それを買ってくる」

「……………主婦?」

「いいじゃん」



 何だかんだ言いながら、俺は結局、日比野と買い物に行った。








 通りすがりの小学生が空飛んでいたり、身体が半ばスライム状になった女子高生が歩いていたりするが、ごく日常的な風景。


 世界は変わり、そして、安定する。







「友野」

 俺の名。日比野が呼んだ。






 買い物を終え、帰宅した俺たち。

 日比野は俺に向かい、買ってきたばかりの林檎を放り投げてきた。

「これ斬って」

 当たり前のように。


「あのなぁ」

 俺は吐息。

 それでも、手を動かす。

 俺の両手は何も握っていない。

 だけど、俺はそこに刃を知る。

 日本刀。

 それを、知るのだ。


 右手を、刀を持っているかのように動かす。




 林檎を両断。落ちる前までに更に斬る。


 ついでに軽く弾いて、日比野が用意していた皿にぶつける。





 盛り付け完了。


「皮剥いてよ」

「…今から剥く」

 俺は手を出し、日比野から林檎の皿を受け取った。









 世界の変化。


 魔法の誕生。

 そう、単純に言えば、変な力を持つ人間が溢れかえったのだ。

 日比野のように魔物を召還する力。俺のように見えない刃で目標を切り刻む力。

 人を癒す力を持っているやつも居る。空を飛べるやつも、透明になれるヤツも居る。


 千差万別。




 ただひとつだけ共通しているのは。










「なぁ、何で俺たち、こんな力持ってるんだろうな」

「…何でだろうな?」

「普通、マンガとかアニメだったら、悪い奴が登場して、ソイツと戦ったりするんじゃないのか?」

「いねぇもん、悪役なんて」


 力を持っている人間は、特別な行動を起こそうとは誰もしなかった。

 日比野のように魔物を召還しても、それをペットとして可愛がったり、空を飛べる人間は試しに飛んでみたりするだけ。

 俺だって、最初の頃は面白がって試し切りしてたが、今は何もしてない。

 たまに林檎を切る程度。




 それが、皆に共通している事。






「まぁいいか」

 日比野が笑う。

 肩の上のドラゴンの頬をつついて。

「可愛いもんなぁ、ドラゴンって」




 変な力を持とうと、何が起きようと、俺たちは俺たちでそれだけの事。

 何も変わらないのだ。



 俺も日比野を真似て、紅いドラゴンの翼を軽く突いた。







 …驚いたドラゴンに炎を吹きかけられ、思わず、刀を抜きそうになり、日比野に止められる事になったが。





 慣れない事はするもんじゃない。

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