6・人魚


 人魚は陸の男に恋をしました。

 夜の海を眺める男に一目で恋し、彼に会いたい一心で、人魚はたった一度の魔法を使ったのです。

 一日だけ、人間になれる魔法を。



 陸に上がった人魚は、海辺で泣きじゃくる子供と出会いました。

 可哀想に思いどうしたのかと尋ねると、子供は親とはぐれたと言うのです。

 心優しい人魚は、恋しい人に会いたい気持ちを抑え、子供の親を探してあげる事にしました。




 子供の親を見つける事は出来ましたが、気付けば、既に夜。

 お礼を、と言う家族を置いて、人魚は慌てて走り出します。

 彼に会いたい。彼に会わなければ。

 たった一度の魔法なのだから。




 しかし、彼は見つかりません。

 諦め、海に戻った人魚は、自分の目に映ったものを信じられませんでした。



 いつかのように海を眺める男が、一人、立っていたのです。




 人魚の姿に気付き、男は一瞬驚いたような顔をしました。

 だけど、すぐに嬉しそうに笑ったのです。




 男は言いました。



 夜の海を泳ぐ君の姿を一目見て恋に落ちた。

 ずっとずっと会いたくて、こうやって時々海へやってきた。

 君に会えて嬉しいよ。






 男は、人魚と同じように、一目で恋に落ちていたのです。





 人魚は嬉しくて嬉しくて。男の胸に飛び込みました。



 だけど時間がありません。

 人魚は男の唇に自分の唇をそっと重ね、震える声でさようならを告げました。

 必死に、笑みを浮かべて。




 そして、男を振り切ると、海に飛び込んだのです。






 さようなら、さようなら、愛しい貴方。

 好きになって貰えてとても、とても嬉しい。

 でも、人になれる魔法はたった一日。

 だから、さようなら。



 既に下半身は魚に戻っています。

 人魚は、深く暗い海の底へと泳ぎ、向かいます。






 水音。







 既に上になった海面を見上げれば、男の姿。

 彼は、人魚を追って飛び込んできたのです。



 彼は人魚の姿に驚いたのでしょう。

 上に、陸に、戻ろうとしたのです。




 待って。



 人魚はつい、叫びました。

 そして、力いっぱい泳ぎ、彼の足を捉えたのです。





 頭を抱き締め、己が胸に埋めさせ。

 泡がぶくぶくと海面に上がっていきます。踊るように男の身体が暴れます。

 でも、それが何だと言うのです。

 今、彼女は愛しい人を抱き締めているのです。







 やがて男は静かになりました。



 人魚はとても嬉しそうに微笑むと、男の身体を抱いたまま、深い暗い海の底へと向かって行きました。

 

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