43・月の下で


 血液が沸騰しそうなぐらい暑い真夏の夜。

 それでも友人たちと集まり、飲み会。

 くだらない話で盛り上がっていた。




「――ね」



 つん、と、ビールをちびちび飲んでいた俺の脇を突く指。

 見れば、ポニーテールの女の子が笑っていた。

 

 少しばかり、どきり、とする。



 彼女は俺の友人で。

 彼女は俺の遊び仲間で。



 そして、俺の惚れている、女だった。



「暑いね」

 囁く。「皆と一緒に居ると…凄い暑いよね」

「ああ」

 間抜けに頷く俺に、彼女は笑顔を見せる。


「抜け出しちゃおうか?」








「わぁ、プールだ!」

 彼女は弾んだ声を上げた。


 飲み会会場近く。小学校。

 そして、月明かりに照らされるプールに、忍び込んだ。

 水面にゆらゆらと月が浮かんでいる。





「気持ち良さそう!」

「ああ」

 俺は頷くだけ。


 そんな俺をちらりと見上げ、彼女は言う。



「泳いじゃおうか」

「水着持ってないだろ」

「じゃあ、裸で」



 言うなり、彼女は着ていたシャツの裾をぐいっと上に引き上げた。




「ちょ、ちょっと待て!!」

 俺は慌てて手で顔を隠した。

 …指の隙間からちらり、と見ると。



 タンクトップの彼女が笑っていた。




「本当に裸になると思った?」

「……………………」

 こいつだったらやりかねない、とは思った。

 ………それから、ちょっと、期待、した。






「期待したんだ?」

「してねぇよ」

「うそつき。顔が紅いですよ?」

「してねぇったら!」



 言い合いの間も、気付けば笑顔。

 俺たちはプール間際でじゃれあうように会話する。

 暑いけど、そんなのどうでもいいぐらい、彼女の身体を捕らえ、いつも通りにじゃれ合う。



 照らすのは月明かり。

 それだけだった。

 それから、暑くて、正直、色々と訳が分からなくなっていた。



 だから、足下がふっと軽くなった理由を、俺は瞬時、分からなかった。







 水音。





「大丈夫?!」

 プールサイドから彼女が慌てた様子で言う。

 俺は手を上げて大丈夫だと答えた。



 プールの中から。




 ふざけあいに夢中になりすぎて、プールに落ちたなんて情けない。

 上がる為にプールの縁に手を掛けた俺の前で。



 彼女が、ぐっとタンクトップまでも脱いだ。





 ぽかんと見上げる俺に向かって、子供のように無邪気に笑って。




「水の中って気持ち良さそうだよね」



 今行くから待ってて。





 白い身体が月の下、青白いみたいに輝いて。





 俺は信仰者みたいな気持ちで、彼女の姿を、ただ、見上げていた。

 

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