56・砂時計


 弟の部屋の床には、横になった砂時計が転がっている。



 それに手を伸ばした俺を、弟の声が引きとめた。


「駄目だよ」

 小さな、声。



「砂時計を起こしたら、砂が落ちちゃう」

「そういう目的のものだろ」


 俺は笑いながら、上下に半分ずつほど砂が残った砂時計を、正しい位置に直した。




 砂が落ちていく。




 さらさら、と。







 さらさらと。








「……あ?」





 俺の指先も、さらさらと、砂になっていく。






「――あーぁ」


 弟が言った。



「だから言ったのに」





「砂が落ちちゃうって」




「時間が、動き出しちゃうって」





 霞んでいく俺の視線の向こうで、最後のひとつぶが酷くゆっくりと、落ちた。

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