34・たれみみさんとねこみみさん


 腕の中に居る子供は、どう見ても人為的に改造されたキメラだった。

 なんせ、その頭に一対にうさぎの耳が付いているのだから。



「…ご主人様、これ、何ですか」

「ホーランドロップ。あ、まだ耳垂れてないけど、これから垂れるから」


 確かに今はゆるりと耳は立っている。



「本当に垂れると思う?

 耳の垂れない子と垂れる子じゃ、全然値段違うんだよねぇ」

「…じゃなくて」





 俺はご主人様に預けられたその子供を、ぐぃ、とご主人様の顔に近付けた。




「どーして、猫科の俺が居るのに、うさぎの子供なんて買って来るんですか!」

「…可愛かったから」

 平然とご主人様は笑みで答える。





「チーアをペットショップで見た時も可愛いと思ったけど、その子も可愛いだろう」

 得意げに言われて、俺――チーアはがくり、と肩を落とした。















 人間に限り無く近い、だけど、動物の因子を組み合わせた生物が居る。

 それが、俺たちキメラだ。

 人間に近い姿をし、人間に近い思考をする。

 だけど、俺たちは決して人と認められず、人間の愛玩動物として一生を過ごす。


 本物の野生動物が失われて久しい、この世界で。




 俺たちは、僅かに残った記録から作り出された動物の遺伝子を組み込まれ、キメラとして生み出される。






 俺は虎の遺伝子を元に作り出されたキメラだ。

 体に薄く黒い縞模様が入り、虎の尾も、耳も有している。爪と牙は人の身体に収まるようにある程度は小型になっているが、それでもあった。




 ご主人様のところに飼われて早6年。

 生活能力がゼロに等しいご主人様の家政婦代わりに働くようになってから、もう何年だろう?

 虎型のキメラは、普通は戦闘用とかだってのに、何が哀しくてエプロン付けてキッチンに立たねばならないんだろう。




 そして、何が哀しくて、まだふぴふぴ言っているこうさぎの面倒を見なきゃならないんだろう。










「たれみみ」

 耳が垂れてきたので便宜上そう呼ぶ。

 ご主人様はまだこの子の名前を考えている真っ最中。人名事典と首っ引きだ。





 抱き上げて、ふぴふぴ言っているこうさぎの顔をまじまじ眺める。

 子供。まだ3歳ぐらいだろうか。首を傾げて俺を見ている。



 にぱ、と笑顔。



「にーた」

「……………いや、チーア。それとも、兄ちゃん、か?」

 どっちでもいいけど。

 とにかく俺はたれみみを小脇に抱え込む。



「よし、庭で日光浴だ」

 ついでにブラッシング。家の中でやると毛が飛ぶからな。







 庭で、たれみみの白い耳にブラシを掛けてやる。触られるだけでくすぐったいのか。かしかしと、自分で掻こうとするのを止める。

 俺がやってやるのに動くな、と言えば、たれみみは動かなくなる。





 やがてたれみみの奴は本当に動かなくなる。眠ってしまったらしい。

 俺は奴を膝に抱き上げ、緩く頭を撫でてやりながら、考える。






 俺たちキメラは、人間が100年以上を生きるのに対し、せいぜい長く生きても十数年だ。

 運が良くてその程度。本来ならばありえない生物である俺たちは、下手をすると、身体のバランスが崩れ、生きながら腐り果てていく事さえある。

 俺と、こいつは、後何年生きていられるだろうか。





「――チーア」

「…ご主人様?」




 片手に本を持ったご主人様の姿を認め、俺はたれみみを抱いたまま立ち上がろうとする。

 が、軽く手で止められ、姿勢はそのまま。

 ご主人様は小さく笑って俺たちの横に座り込んだ。





「名前、なかなか決まらなくてねぇ」

「そうですか」



 俺は考える。

 名前じゃなくて、別の事を。




 ペットショップ。そう言う名前のキメラの販売所。

 ガラス越し。ご主人様は俺の瞳を覗き込んだ。

 




 ――そいつはやめた方がいいですよ。

 店員が言った。


 ――全然人間様に懐かないんで、明日にでも、牙と爪を永久切除する予定なんです。

 ――でも、そうなってしまっては、もうこの子は何も出来ない。

 ――虎型ですしねぇ。まぁ、結構毛色はいいんで、そういう趣味の客に売る予定ですが。


 殺す為に売られる。殺される為に売り飛ばされる。




 ガラスが無ければ、この店員を噛み殺してやれるのに。

 だけど、俺は指一本さえ動かせない。仕置きとして喰らった電流のダメージで、もう、動けない。

 睨み付けるだけ。





 ――ねぇ。



 ご主人様が言った。




 ――私の家に、おいで。



 ガラスに触れる指。


 ――君と仲良くなりたいんだ。







 俺は…。

 真っ直ぐに、ご主人様の瞳を見る。

 その瞳が本当に微笑んでいるのを確認し。



 …ゆっくりと、首を縦に振った。








 買い取られも、俺はかなりの重症で、ご主人様に迷惑を掛け続けた。

 嫌な顔をせず、俺を病院に連れて行き、家でも献身的に介護してくれたご主人様を、俺は、心から敬愛している。





「――このたれみみ」

 俺は長い耳を撫でながら言う。「どういう理由で?」

「うん? ああ、連れて来た理由? 安かったんだよ」

「…安い理由は?」

「四代前の母体に、遺伝子上の不備が見つかったとかで…」

 やっぱり、この子も始末予定だったのか。





「でも、ねぇ。

 遺伝子上の何だかって言われても、こんなにかわいいのに、どうして人間の勝手で殺したりなんだりするんだろうねぇ」

「人間は神様にでもなったつもりなんですよ」

 俺は笑う。

 嘲りの、笑み。

「だから、生命を作り出し、劣った生命を滅ぼして上機嫌になっている」



 ふぅん、とご主人様は頷いて。





「なら、私は神様になんてならなくてもいいね。

 真っ平だ」

 俺は微笑。

 ご主人様の穏やかなそうな顔を見て、笑う。




「えぇ、神様になんてならないで下さい。

 ご主人様は、ご主人様で」

「うん」


 頷いて、ご主人様は本を開く。




「さて、その子の名前なんだけど…」

 沢山の付箋が付けられた本。その中から選べというのか。



 かなり重労働っぽい。

 だが、楽しそうだ。




 俺はご主人様の手元を覗き込んだ。




 気付けば目が覚めたらしいたれみみが、不思議そうな様子で、本を覗き込んでいた。

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